阪急電鉄株式会社  代表取締役社長 角 和夫 氏

財部:
この分野は関西全体として大きく関わっていくとか、支援していこうという機運はあるのですか。

角:
私は関経連(関西経済連合会)の副会長という立場ですが、関西が生き残っていくうえで、そこが最重要ポイントだというのは、関経連のみんなが思っているところです。

財部:
私もさまざまな地域再生の取り組みを見てきましたが、何の伝統もないところに、全く異質なものを根付かせようとすることは無理があります。大阪には、江戸時代に薬問屋が集積し、明治時代の終わり頃から大正時代初期にかけて製薬産業が勃興した歴史があります。そういう歴史を持っている地域が、これまでに受け継いできたものを今の時代に合わせた形で発展していくのは自然な気がしますね。

角:
以前は、環境技術に力を入れていましたが、国はグリーンテクノロジーとライフサイエンス分野について予算を重点配分するというので、関西でも両分野を成長の柱に定めています。

人生も囲碁も目一杯戦う。逃げてはならない

財部:
もう一度アンケートに戻りたいのですが、「学生時代に取り組んだこと」に対するお答えが非常に珍しいですね。「囲碁、麻雀、エレキギター」という組み合わせは、これまで聞いたことがありません(笑)。

角:
1つは、私たちの期に、灘高の東大入学者数が全国で1番になったのです。同級生が227人いて、半分は東大に行くのですが、私は早稲田大学に入学し、慶應大学に行った人もいます。そこで、東京で毎日同窓会をやっていたのです。当時、早稲田大学は学生運動でロックアウトされていて暇だったので、昼間は囲碁を打ち、夜になったら灘高の友達と居酒屋で酒を飲み、徹夜で麻雀をしていました。また、エレキギターというのは、中学3年の時にギターを買ってもらってバンドを組んでいたのです。メンバーが進学した大学がバラバラになり、結局高校3年で終わってしまいましたが、3年間エレキギターをやっていて楽しかったし、曲も作りましたね。今でも宝塚の生徒や主演男役が退団する時に、ディナーショーで曲をプレゼントしていますよ。

財部:
そうなんですか。また「よく聞く曲」に「スーパーフライ」(Superfly)というお答えがありました。ボーカリストの越智志帆さんが結成したソロユニットということですが。

角:
私は、越智さんは「平成の美空ひばり」だとよく話しています。昭和の時代は、美空ひばりよりも歌唱力のある歌手は出ませんでしたが、たぶん平成の時代はスーパーフライだろうと思います。越智さんの書くあの歌詞が素晴らしい。(多くの場合)曲は作れても、なかなか詞は作ることができないものです。私たちは素人だから曲が先に出てきてしまうのですが、あとから歌詞をつけようと思ってもなかなかつきません。なぜこんなに若いのに、あれほど素晴らしい詞が書けるのかと驚いています。

財部:
私はよく知らないのですが、有名な歌手なのですか?

角:
歌唱力のある人です。非常に若い歌手なので、曲を聴くと驚きます。多分お父さんを思って書いたのではないかという詞があるのですが、この詞はなかなかできないですよ。

財部:
なぜ角社長はスーパーフライを聞くようになったのですか?

角:
以前、ケーブルテレビかCSで音楽番組をつけた時、たまたまスーパーフライが出ていて、本当に歌がうまいなと思ったのです。それでCDやDVDを買ったりしたのですが、コンサートのMCにも性格が良く出ていて。

財部:
たしかに、お父さんのことに思いを馳せながら、散文調にならずに歌詞をまとめあげているというのは、言葉の選び方は繊細になりますね。しかし、角社長がスーパーフライにたどり着いておられることが驚きです。昔、音楽をやっていた人はその時代の音楽に止まってしまったりします。そういう感性と囲碁とを同時に掛け持ちでやっている方に、私は会ったことがありません。

角:
私が小学校4年の時に、弁護士だった父親が亡くなりました。それゆえ父との接点はあまりなかったのですが、子供の頃に(父が) 囲碁を1人で並べていた記憶が頭にあったのです。私が東京に出て下宿したところの親父さんが、大の囲碁好きで、その姿を見ていて「親父も好きだったんだな」と思い、私も囲碁を始めました。やはり魅力に取り付かれますね。

財部:
私が今から囲碁を始めても、何とかなるものでしょうか。

角:
定年後に始める方もおられますが、一生懸命やれば5段までいきますよ。その代わり、かなり集中する時期が要りますけれどね。囲碁は、ルールはほとんどないに等しいぐらい単純なので、まずは布石、定石といった型から入らなければなりません。

財部:
角社長は6段ですよね。5段と6段の差はどこにあるのでしょうか。定年後に頑張っても5段までというお話ですが。

角:
早く始めたかどうかによるところが大きいですね。大学から始めたら6段、小学校から始めたら8段(笑)。

財部:
そういうものなのですか。単純に頭の良し悪しの問題ではなく、若い時からしっかり身に付けてこないと到達できない領域があるわけですね。

角:
頭の良し悪しだけではないでしょう。やはり頭が柔軟な若い時に碁に親しむと、強くなる人が多いですから。私の先輩は、30代半ばぐらいで一生懸命囲碁をやろうとしたのですが、全然強くならなかった。ああいう人は珍しいですが、財部さんなら一生懸命やれば5段いきますよ。

財部:
どういう部分が重要なのでしょう。イマジネーションですか?

角:
囲碁は戦いでもあるわけですから、戦う時は戦って、逃げたら駄目ですね。一手逃げたらその碁はもう負けるという局面があります。だから目一杯戦って、負けたら仕方がないという、ある種のあきらめも必要です。私はプロの先生に打ってもらうのが好きで、今ある先生に3子置いて打たせてもらっています。目一杯先生に挑んでいって、駄目ならそれで「参りました」というわけです。

財部:
最後に「天国で神様にあった時に、なんて声をかけてほしいですか」という質問ですが、これは、皆さんがどういうイメージで回答されるかはまったく自由です。角社長は「オツカレサン」とお答えになっていますが、どういう理由なのでしょう。しかも片仮名で書いてありますよね。

角:
私は楽天家だし、権限委譲もしていますから、割合に暇なのです。当社は「鉄道も不動産もあり、歌劇団まであるからセグメントが多くて大変でしょう」とおっしゃる方が多いのですが、まったく逆です。ベースになる経営計画はもちろん私が中心になって作りますが、経営計画を決めたあとは、各セグメントごとに責任者がいるので、私はあまり執行面では口を出さない方が良いという方針を取り、できるだけ権限を委譲しています。私は、夜はほぼ定時に帰りますし、お酒は好きですが取引先とはお酒を飲みません。そのかわり土日の割り勘ゴルフが多いのですが。だから私の秘書は一番暇なのです。そう言うと、ずいぶん楽をしているのかもしれませんが、もう40年も会社に勤めていたのだから「オツカレサン」で良いのではないかと思いますね(笑)。

財部:
片仮名で「オツカレサン」というのは独特の味がありますね。

角:
それと、私は家内にとても助けられたのです。先ほど、組合とは非常に信頼関係が厚かったという話をしましたが、それは若い時にどれだけ酒を飲んだかということなのです。私が総合職として会社に入った時、(私の周囲には)課長と係長、人事係と助役の4人しかいませんでした。その4人で1000人の部隊をマネジメントしていくわけですから、それはもう大きな責任を負わされます。

財部:
そうですよね。

角:
現場人事も経験しましたが、たとえば誰を運転士にするかという人事によって、その人の人生が決まってしまうこともあるわけです。100点満点の人事はできないにしても、1人の人の人生を預かっているという点では一緒なのだから、少しでも公正な人事をしたいと思うと、謙虚さが必要になってきます。「上から見ていればわかる」という姿勢では絶対に駄目ですからね。それで組合の方からのお誘いがあったりすると、私自身もお酒が好きだったこともあり、よく飲みに出かけました。そのため「カードの支払いが給料を超えることがあった」と、家内に言われることがよくあったのです(笑)。だから私が家内に「オツカレサン」って言いたいんです。

財部:
じつは、これは角社長が奥様に語りかけている言葉だったのですね(笑)。

角:
その代わり、私も神様に「オツカレサン」と言ってもらってね。

財部:
そうですか。今日は長時間、本当に楽しい話をありがとうございました。

(2012年10月10日 大阪市北区 阪急電鉄株式会社 本社にて/撮影 内田裕子)