日本生命保険相互会社 代表取締役会長 岡本 圀衞 氏
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今こそ長期の視座が求められる

日本生命保険相互会社
代表取締役会長 岡本 圀衞 氏

投資先の企業の発展とともに日本生命も成長

財部:
今回ご紹介をいただきました、阪急電鉄の角和夫社長とはどのような関係なのですか。

岡本:
はい、日本生命は大阪発祥で120年以上、本店を大阪に置いている会社です。阪急電鉄さんも大阪発祥でございまして、小林一三翁が明治40年(1907年)に箕面有馬電気軌道として創業された会社です。現在は阪急阪神ホールディングスですが、同じ大阪の会社として100年以上も前から様々な面で企業同士親しくさせて頂いています。

財部:
そんなに古いお付き合いなのですか。

岡本:
そうなのです。さらに現在では2011年5月より角さんと私は関経連(公益社団法人 関西経済連合会)の副会長に就任しておりまして、関西の財界活動でご一緒させて頂いています。また、角さんと一緒に、政府の財政制度等審議会の委員もやらせていただいていますが、あの方の広い知識に裏打ちされ、筋道立てたご発言は卓越しています。角さんは資料を何も見ずにきちんとしたお話をされ、毎回感心しています。尊敬する経営者のおひとりです。

財部:
円高トレンドが終わりました。「アベノミクス」の経済効果は劇的でした。異論、反論、多々ありますが、円が安くなり、株価が上がることの経済効果は歴然です。私が驚いているのは、地方の経営者の顔つきが明るくなったことです。地方の経営者の表情がこんなに明るくなるのをもう何年も見たことがありませんでした。こうした中で、日本最大の機関投資家である日本生命、そして岡本会長はこの現象をどうご覧になっているのでしょうか。

岡本:
確かに経営者の表情が明るくなったのは私も実感しています。また、私共は50兆円の資産を国債をはじめ国内株式や外国債券などで運用していますので、現在の株高、円安は本当に助かっています。まさに「恵みの雨」と申せましょう。ただ、経済を見る目は短期的に見た場合と長期的に見た場合の二面性があると思いますが、日本生命も私も仕事柄、長期的な視点に立って考えています。当社の個人保険の契約(個人年金除く)のうち保障期間が終身あるいは30年以上の契約は8割を超えているなど、当社の事業は「長期」という特性を持っています。ちなみに、30年の長期にわたり保障する生命保険をご契約させていただくということは、ご契約者様の生活を30年間お守りしなければならないということであり、当然ながら、当社が30年より前に潰れてしまってはお話になりません。

財部:
そうですね。

岡本:
当社では資産運用においても、「長期」という特性を持っています。ですから株価が上がったところですぐに株式を売却して儲けるという発想はありません。株式を長期保有して配当をいただきながら、投資先の企業の発展とともに当社も成長させて頂いています。そこは一般の投資家と立場が異なります。

財部:
為替の影響はどうご覧になりますか。

岡本:
また、輸出産業が円安で助かるのは嬉しいのですが、その一方で原油の輸入価格の上昇も進みます。原油高になると、企業の負担も増えます。為替はどこが理想的なラインかというのはなかなか難しいものです。株式にしても瞬間的にある銘柄の株価が上がっていても、長期の株価の推移を考えて、売却せずに保有し続けることもあります。さらには株式だけではなく、長期的に国債価格はどうなるのかということも同時に考えています。以上のように、資産を運用するにあたっても色々な面から考えていかなければならないと思いますが、私は総じて長期の目がとても大切だと思っているんです。

財部:
株式市場を短期的に眺めてみると、意外なことに輸出関連株よりもむしろ内需株が大きく値上がりしています。長期か短期か。視点をどこにおくかで見え方が変わりますね。

岡本:
そうですね。例えば、先ほど話に出ました阪急電鉄さんについて長いお付き合いだと申し上げましたが、株式を何年ぐらい保有していると思いますか? 当社は前身の箕面有馬電気軌道の時代から100年以上、阪急電鉄さんの株式を持っているのです。

財部:
100年以上ですか!

岡本:
当社は今の阪急電鉄さんが生まれた翌年から株式を持っていて、そのあと保有を増やしたりしています。つまり、明治時代から株式を持っているのです。

財部:
ケタ違いの長期投資ですね。日本生命の株式保有は平均すると何年くらいなのですか。

岡本:
当社の株式の保有期間は平均で35年になります。投資先の企業とともに発展するということは、長期にわたる投資を意味します。企業には沢山の従業員もおられますし、お取引先も大切です。長期にわたって発展していくためには一定の内部留保も必要です。その説明をお聞きして、「適正な経営がなされている」と判断されれば、やっぱりお付き合いは長くなります。いずれにしても、短期的な利益を追求するという考え方とは一線を画しています。

長期の視座が重要

財部:
長期的な視点から、アベノミクスについてどうお考えですか。

岡本:
最近アベノミクスでマインドがかなり改善してきていることは事実ですし、良いことだと考えています。今までの株価は企業の清算価値よりも低いという極端な状況にありましたから、マインドであれ、改善されたということは喜ばしいことです。ただ、実体経済がキチっと良くなったことをベースにした株価上昇が最も望ましいのですが・・・。

財部:
あくまでも手堅く、現実を評価する姿勢を崩しませんね。

岡本:
私が申し上げた30年という長期のスパンで見た場合、今の動きが大きなトレンドとしてどんなことを意味するのかを冷静に考えなければいけません。また、アベノミクスの二本目の矢である財政出動についても効果が高いものを選んで実施するという原則がきちんと守られることが重要です。

財部:
アベノミクスは歴史の評価に耐え得る施策なのか、どうか。冷静に見ておられる。

岡本:
実体経済の改善は様々な要素がありますから、すぐに火が点くわけではありません。公共投資にしても、インフラはどんどん傷んでいきますから、その補修ももっと行わなければいけません。一方で、国際競争力を高めるため、港湾や空港などのインフラ整備も大切です。ただ、財政規律の問題もありますから、何が有効なのか民間からも積極的に意見を出していくべきだと思います。また、お金をあまりかけずに経済を良くするという意味で、TPP(環太平洋戦略的経済連携協定)は本当に体を張ってでもやらなければいけないと私は思っており、実際にそういう発言もしています。

財部:
角社長も岡本会長も社会的な影響が非常に大きなテーマに対しても、スパッとお答えになりますね。今の(TPPの)お話にしても、あまねくお客様がいらっしゃる御社のご事情を考えると、触れずに済ませたいところでしょうけれど。

岡本:
先送りを続けていては駄目だと思います。社会保障制度改革についても同じことが言えますね。国の担当者は通常2年ほどの短期で担当が変わってしまいます。そのため社会保障制度などの抜本的な改革ができないまま、次の人が担当になるのですが、われわれは一度生命保険をご契約頂いたお客様については、当社が一生守り続けていかなければなりません。公的年金の賦課方式(現役世代が支払った保険料を現在の年金支払いの財源に充てる方式)を続けるのであれば、財源確保のために必要なことを何もやらずに社会保障の充実を求めるのは難しいでしょう。月額6、7万円の基礎年金は、その人の生活全体を守るのではなく、あくまで補助するためのものであり、その意味でやはり自助努力というものは必要です。

財部:
私はこの先、リアリティのある成長戦略が必要になってくると思うのですが、1つ気になるのは、インフレ目標を2%とするインフレターゲット政策を打ち出しておきながら、金利が上がることによるプラスマイナスがほとんど議論されていないことです。

岡本:
私もそう思います。しかもCPI(消費者物価指数)の2%上昇がどういう形で達成されるかも重要で、原油価格が上がるだけでもCPI が3%になることもある。経験則で見ていくと、金利がCPIよりも高い割合は75%を超えています。今でも、CPIがマイナスなのに一定水準の金利があるわけですから、今後景気が良くなれば、基本的に金利は上昇していきますよね。

財部:
そうですね。

岡本:
金利が過度に上昇すれば、われわれ生保はもちろん、地方の金融機関まで含めた金融業界すべてが金利上昇に伴う債券価格の下落で生じる損失によって大変な目に遭うでしょう。ものづくり企業は、金利上昇によって金融機関からの借入利息がどんどん増えていきます。もちろん国債の利払い費も大きくなり、国の財政再建も妨げてしまいます。経済成長は一般的に金利上昇をともなうものであり、適切なレベルの金利であるかどうかが重要だと思うのです。