岩谷産業株式会社  代表取締役会長兼CEO 牧野 明次 氏
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環境に優しい「水素エネルギー社会」が目前に迫っている

岩谷産業株式会社
代表取締役会長 兼 CEO  牧野 明次 氏

財部:
岩谷産業さんは、私が1度取材に伺いたいと思っていた会社の1つです。今回ご紹介いただいた川崎重工の長谷川聰社長のお話でも、一番力が入っていたのが水素の話題で、「これからは水素の時代」だと強調されていました。その意味で、御社が50年以上にわたって取り組まれてきた水素事業の話も楽しみにしていましたし、御社の基幹事業であるLPガス(LPG/液化石油ガス)も「災害に強い分散型エネルギー」として、まさに時代の中心に位置するものになっています。最初に、長谷川さんとのご関係についてお聞かせ下さい。

牧野:
川崎重工さんには造船部門(現・船舶海洋カンパニー)にお願いして、約4万5000トンのLPG運搬船を坂出工場(香川県坂出市)で造って戴くなど、昔から永いお付き合いがございます。また、私どもが扱っております酸素やアセチレンガス等の工業用ガス、溶接棒などは逆に川崎重工さんに納入させて戴いており、深い互恵関係にあります。とくに昨今では、私が関経連(関西経済連合会)で、同社の大橋忠晴会長と一緒に副会長を務めさせて戴いており、その関係で大橋さんとは公私ともに親しくさせていただいております。近年は、水素ホルダー(水素貯蔵用のタンク)も川崎重工さんに造っていただいておりますので、大橋さんや長谷川さんとは水素事業についてよくお話をしています。

財部:
どんな話をしているのですか。

牧野:
長谷川さんは「原料の高い今の日本では、水素をエネルギーに転換しながら市場を開拓するのは至難の業ではないか。これからは、(水素の生産量を)増やす一方で、燃料電池用の水素需要を開拓するなどして販売量を拡大し、石油と同程度の価格にしなければ難しい」とおっしゃっています。長谷川さんは私なんかよりもっと大きな夢をお持ちで、「LPGにしろ石油にしろ、われわれは中東諸国あるいは国際メジャーの掌の上で踊らされていて、彼らの好きなように価格が決められている。しかし水素は日本が自前でできるエネルギーであり、儲かるか儲からないは別にして、これが日本の総エネルギーの10%〜15%程度を占めるようになれば、かなり面白くなるだろう」というような言葉が、長谷川さんのお話によく出てきます。

財部:
この「経営者の輪」の取材でも非常に印象深かったのですが、確かに長谷川さんは「水素のことをよろしくお願いします」と話していました。今の牧野会長のお話を聞いて、非常に納得したのですが、長谷川さんの言葉はそれだけ力の入ったものでした。

牧野:
はい。こういう事業を手がけていく上では、やはり将来的に利益が出なければ企業として持ちませんから、ある程度は利益に繋がるものでなければなりません。但し、目先については、利益が少々伴わないこともあるのは仕方がないと私は思います。いずれにしても、夢を夢だけで終わらせずに、現実のものにしていこうという長谷川さんの力は非常に強いですね。長谷川さんの水素への惚れ込み方には、私も負けそうになるぐらいです。

財部:
私はテレビ朝日の「報道ステーション」で時々特集をやっていて、一度水素をテーマにした特集を提案したのですが、企画倒れになってしまいました。ところが、こうして川崎重工さんや岩谷産業さんから水素事業のお話を聞くことができ、その一方で、福岡県の「福岡水素戦略」(Hy-Lifeプロジェクト)、あるいはその目玉事業である「北九州水素タウン」も着々と進行しています。トヨタも2015年に日本と北米で燃料電池自動車を投入する予定ですから、今のお話を聞きながら、もう1度企画を出そうという気持ちになりました。

牧野:
そうですか。日本の技術をもってすれば、水素は、原子力や油燃料、他のガス燃料と比較しても、価格次第で浸透していくと思います。われわれも(水素を多くの方に)お使い戴けるようなアプリケーション(応用)技術の開発や、安全性の問題について、一生懸命研究を重ねていますが、これらは昨日今日始まったものではありません。これまで半世紀余りにも渡る長い時間をかけて積み重ねてきたものであり、安全性は十二分に担保できると思います。その意味で水素は、実現がすぐ目の前まで来ているエネルギーなのです。

財部:
そうなんですか。

牧野:
はい。具体的に何も準備がないのに長谷川さんに対して、「水素の運搬船を受け入れられます」と言うわけにはいきません。既に受入基地を建てる為の土地は確保できています。口で言うだけでは「本当か」と疑われますから、ともかく「事前にきちんと土地もあり、バースもあるから、これでできる」というように、事前にやれることをすべてやります。「これから(液化水素の)タンクを建てれば、1年から1年半後には受け入れ可能」というぐらいの気持ちでおります。

財部:
ただの夢ではなく、手の届くところまできているということですね。

牧野:
はい。

水素は災害にも強い「分散型エネルギー」

財部:
昨日も「脱原発デモ」がありました。いろいろな考え方を持つ人がいるのは当然ですが、脱原発だと言っても代替エネルギーはどうするのでしょうか。風力発電や太陽光発電も、それはそれで進めるのは大いに結構ですが、もっと大量のエネルギーを供給できるリアリティのあるエネルギー源を、国を挙げてさまざまな技術を投入したうえで、探っていく必要があると思います。

牧野:
おっしゃる通りですね。

財部:
その意味で、水素がもっと前面に出てきていいはずなのですが、出てきていないことに少々もどかしさを感じます。

牧野:
太陽光発電については、シャープさんやパナソニックさん、京セラさんなど各社が一生懸命に取り組んでおられ、広告やコマーシャルを通じて一般ユーザーにもかなり理解が広がっています。CO2を出さない環境に優しいエネルギーと言うのはその通りなのですが、太陽光発電は家庭用のエネルギーを賄うことはできても、資源のない日本の中で産業全体を支えるだけの力になるかと言えば、それはかなり難しいですね。

財部:
はい。

牧野:
将来的に技術革新が進んでいけば、太陽光も風力も大きな力になるとは思いますが、それよりも水素のほうが、底辺ではもっと進んでいます。水素を100%でエネルギーとして使用しなくても、石油との混焼や、LPGやLNG(液化天然ガス)に水素を混入して混合ガスにしてやれば、石油やガスの使用量を減らせます。しかも、水素を燃やしても元々C(炭素)を元素として持たないのでCO2を排出せず、水素を石油と混焼させたり、LPGやLNGに混入させることで、CO2の排出量を抑制するという使い方もできるのです。

財部:
それは初めて聞きましたね。

牧野:
今後はできるようになります。私は、エネルギー関連の大手企業に対しても「ぜひ商品化してください、自社で水素を作ると言ってください」と一生懸命に話しているのです。自社で水素を作って売るとなれば、各社がさまざまなアプリケーションをお考えになるでしょう。うち一社だけで考えていても弱いのです。競合他社がたくさん出てきて、お互いに切磋琢磨することで初めて良いものが世に出てきます。ところが、今水素をやってもすぐに利益にはなりませんので、実際、「儲からないからやらない」というところもあります。「そう言わずに、『鶏が先か、卵が先か』という話ですから、駄目で元々だと思って水素エネルギーに挑戦して下さい」とお願いするのですが、なかなか取り組んで下さるところが出てこないのが現状です。

財部:
そうですか。

牧野:
それが少し寂しいですね。競合他社が数多く出てきて裾野が広がれば、もっと良い製品や、もっと多種多様のサービスが、発想豊かに出てくるのではないかと思っているのですが。

財部:
確かに、理屈だけではなく、商品化されて初めて「こういう時代が来たのか」と、一般には理解が進むわけですからね。

牧野:
イメージだけで、水素は危険だと言われる方がおられます。しかし、重油も軽油も灯油もガソリンも、取り扱い方を誤ればどれもみな危険です。むしろ分子が小さく拡散性の高い水素は、きちんと扱えば非常に安全なガスです。本当は、安全でクリーンなエネルギーであることをよく理解してもらえるように、引き続き一生懸命努力しなければなりません。

財部:
本当にそうですね。このリチウムイオン電池も、使い方次第では爆発する危険性もあるわけです。ところがリチウムイオン電池は安全で、水素は爆発するものだという極端なイメージが定着していますよね。

牧野:
極端に言えば、100%安全なものはありません。その意味で、水素を扱うわれわれとしては、水素はこう扱えば安全で、こうすれば危ないと、説明しなければいけないと思っています。

財部:
私は先日、あるLPガス協会で講演を依頼され、これから景気はどうなるのかという話をしました。その時に「LPガスの将来について、考え方を聞かせてもらえないか」と言われたので、今の社会では、脱原発という単純なフレーズだけではなく、今は「集中型エネルギーから分散型エネルギーへ」が、安全安心のキーワードになっていると思います。

牧野:
そうですね。

財部:
何があっても自分の家では灯りが点いていてほしいとか、ガスが使える状態であってほしいというのが、日本人が持っている正直な気持ちだと思うのです。その意味でLPガス、プロパンガスほど今の時代の要請にかなったものはなく、(LPガス業界がまさに)安全安心、分散型エネルギーという時代のキーワードの中心にいるわけです。にもかかわらず「協会として、あまり発信力がないのではないか」という話をさせていただきました。その意味で、岩谷産業さんは今の日本のエネルギー事情の中心におられるのではないかと認識しています。

牧野:
財部さんにお越しいただいたのは、全国エルピーガス協会ではないかと思います。ちょうど3年前に、私が会長を務めていた全国エルピーガス卸売協会と、日本エルピーガス連合会、全国エルピーガススタンド協会の3つの協会を1つに統合しました。LPガスは分散型の素晴らしいエネルギーですが、私はLPガスの卸売・小売業者の皆さんは、考え方を変える必要があると申し上げています。「LPガスは衰退産業だ」とか「LPガスは十分に行き渡ったエネルギーで、もう伸びない」と皆が思っていますが、まだまだ大きな役割を担う重要なエネルギーであるというように、頭を切り換えなければ駄目なのです。

財部:
そうですね。

牧野:
LPガス業者は、規模の小さな事業所を含めて全国に2万3000社あります。私はこれらを全部統合するか、3つの選択肢から1つを皆さんに選んでいただきたい、とお話しています。

財部:
3つとは、どんな選択肢なのですか。

牧野:
1つは、M&Aに応じて会社を売却してしまう方法です。というのも全国に2万3000社あるディーラーのうち、6割が顧客数が500軒程度で、規模があまりにも小さすぎるのです。せめて1社で一般顧客5000〜1万件ぐらいを管理する単位にしないと、十分な顧客サービスができません。もう1つは、10社か20社が統合し、地域毎に協同会社を作る。それなら皆さんが仰るように「小が大に食われる」ということはないでしょう。それ以外にも、経営権だけは持っておきたいということでしたら、大手に経営委託をしてはどうか、と。