岩谷産業株式会社  代表取締役会長兼CEO 牧野 明次 氏

財部:
会社は所有して経営は任せるのですね。

牧野:
はい。その委託先が、各地域で1万件、2万件、3万件のお客様を管理して保安サービスをきちんと充実させ、新商品をPRするなどして事業を進化させていくのです。お客様は、今まで通りのディーラー機能では満足しません。したがって、M&Aに応じて会社を売却するか、地域の協同事業会社に移行するか、あるいは経営委託するか、いずれかの道を選ばないと、小規模事業者さんは生きていけなくなり、LPガス産業は衰退してしまうでしょう。この3つの選択肢のうちの1つを選ぶのは、流通の合理化を通じて顧客サービスを向上させるためであると、私は皆さんに話しています。

財部:
そうですか。

牧野:
財部さんが先ほどおっしゃったように、LPガスは分散型エネルギーで扱い易いのです。圧力も18キロぐらいで非常にコントロールしやすく、マイナス42℃で液化します。一方LNGは、マイナス162℃まで冷やさないと液化しないので、扱いにくいのです。

財部:
最近では温水機器などにもいろいろな方式がありますが、あまり難しいことをやらなくても、LPガスで良いのではないかという話ですよね。

牧野:
そうなのです。都市ガス会社が集中配管でガスを供給しておられる地域(都市部)では、LNGをお使いになったらいいわけです。ところが、地方には集中配管が来ていないところがありますし、(そういう場所で)配管を敷設しますと設備投資がかさみ、固定費が非常に高くつきます。その点、分散型エネルギーのLPガスをお使いいただければ、山の上や離島など、どこにでもエネルギーを供給できます。これとよく似たものが、水素を使う燃料電池。私がいつも思っているのは、LPガスのように燃料電池を分散型エネルギーとして利用することなのですが、電気事業法では電線を支える電柱などを含めた「電気工作物の能力がその供給区域又は供給地点における電気の需要に応ずることができるもの」でなければ、経済産業大臣は電気事業の許可を出してはいけないということになっているのですね。

財部:
そうなんですか。

牧野:
ですが、私は電力会社さんに「皆さんが燃料電池を各ユーザーに貸し出して、われわれが液化水素なり水素ガスをそこにお持ちして充填すれば、それだけで電気が生まれます。電柱なんか建てなくてもいいではないですか」と申し上げています。そう考えれば(設備を)合理化できますし、たとえ途中で電柱が折れた場合でも、電力を供給することができます。

財部:
電柱を修理する必要もなくなりますね。

牧野:
修理がいらない。「そういうことをお考えになったらいかがですか」と電力会社さんに提案しています。

財部:
それは革新的ですね。

牧野:
水素は、それ自身をエネルギーとして利用することもできますが、燃料電池として利用することで、(現場に)水素を持って行けば電気を起こせるようになるのです。 こういう形で分散型エネルギーを普及させれば、コストも非常に安くなるのではないかと 思います。

財部:
その場合の燃料電池は、家庭向けというイメージですか。

牧野:
ええ。最初は家庭用からということですが、もう少し技術開発を進めれば、もっと大型の産業用のものも可能になると思います。残念ながら、現在はまだそこまで大きな燃料電池はありませんので、産業用として使えるだけの電気は製造できませんが、燃料電池の大型化には是非取り組むべきだと、私は思うのです。

財部:
電気には品質がありますからね。

牧野:
これまで電力会社がやってきたような、電圧や周波数が一定で短時間の停電や瞬時電圧 降下などがきわめて少ないという、工場が求めるような高い電力品質をクリアできるだけの燃料電池はまだできていません。これからの話になりますが、今後はそのようなことも可能になると思います。ただ私は、良質な電力を安定的に供給する為には、原子力発電所はやはり必要で、水素だけで日本のエネルギーをカバーできるとは考えておりません。 とはいえ、その一部、すなわち日本の全エネルギーの10〜15%程度を担うことができる ようになれば、中東諸国や石油メジャーに少しはプレッシャーを与えられると思うのです。

財部:
なるほど。

牧野:
また、日本には水が豊富にあるので、たとえば原子力発電所の夜間電力を使って海水もしくは淡水を電気分解して低コストで水素を作り、そこで作った電気を水素という形で貯めておく。それを燃料電池に供給すれば電気が生まれるわけですから、取り組み方次第で もっと面白いことができるようになります。(水素は)日本で作ることができ、日本の中で消費できるエネルギー。価格が安ければ、海外からタンカーで輸入してくるのもひとつの手だと思いますね。

財部:
いずれにしても、多様なリソースを組み合わせ、「合わせ技」で新しい技術を生み出して いくと考えればいいのですね。

牧野:
そうですね。先にも話した通り、水素と石油、もしくは水素とLPG、LNGを混焼することで、石油やLPG、LNGの使用量を減らすことができます。化石燃料の使用量を減らせれば、 それだけCO2の排出量を削減できるのです。他の化石燃料と「合わせ技」で利用すれば、非常に効率の良いボイラーを焚けるようになるでしょう。ただし、そういう意味で水素が良いと一概に申し上げても、現状では水素を作る能力が限られていますから、今後もう少し大きなプラントを建てていくことが必要だと思いますね。

財部:
水素の製造能力の問題も大きいのですね。

牧野:
はい。私どもは、既に稼動している大阪府堺市(株式会社ハイドロエッジ)と千葉県市原市(岩谷瓦斯千葉工場)の液化水素製造プラントに加え、来年の春の完成を目指し山口県周南市に第3工場(山口リキッドハイドロジェン株式会社)を建設中です。これら3拠点で全国をカバーしていきますが、あとは首都圏にもう1基を新設する案や、既存プラントの複数系列化による増設を行っていくことが、次の段階だと考えています。

財部:
今、具体的に動かれている水素の最終的な使用形態とは、どんなものですか。

牧野:
今、それに近いのは半導体分野ですが、液化水素の需要が大きく伸びています。具体例でいきますと、たとえばニコンさんでは生産の過程で水素ガスを使用するのですが、以前は都市ガスのLNGを改質し、水素ガスを作って供給していました。ところが保安上の規定で、 1年に1回プラントを止めて定期修理を行う必要があるので、停止期間中は、私どもが 大量の圧縮水素(ガス)を何台ものトレーラーで運び、供給してきたわけです。

財部:
そうなんですか。

牧野:
そこで、われわれは液化水素に切り替えていただくことをご提案し、液化水素の貯蔵タンクを建てて、われわれがローリーで液化水素を運んでタンクに充填することにしました。 お客様にはそれを気化させた水素ガスをお買い上げいただく。この形態ですと、液化水素タンクは私どもがお貸ししますので、保安上の責任は当社が負います。ガスだけを使え、 毎日ローリーを何十台も数珠つなぎで受け容れる必要がなくなります。地域によっては、住民との協定があって、毎日工場に出入りするトラックの台数を制限されたりしていますので、トラックの出入りが少なくなることは大きなメリットになるのです。

財部:
そういう利点があるのですね。

牧野:
もう1つは純度です。液化水素は気体の水素に比べて純度が高いのです。気体水素の場合、目に見えない不純物を取り除いて「フォーナイン」(99.99%)まで純度を高めていますが、液化水素はもともと純度が「シックスナイン」(99.9999%)」あり、純度を高めるための精製装置が不要です。製品の品質によい影響を及ぼすこともあり、お客様にとっては大きなメリットですので、最近は気体水素から液化水素への切り替えがかなり進んでいます。

財部:
ほかに液化水素にはどんなメリットがあるのですか。

牧野:
液化水素トレーラーは、圧縮水素(気体水素を圧縮したもの)トレーラーの10倍の水素を1度に運ぶことができ、大量貯蔵が可能ですので、オンサイト設備(水素発生装置を使用場所に設置し、現場でガスを製造して供給すること)を置く必要がありません。 また、複数の供給基地があるので、安定供給が可能です。液化水素は純度が高くて1度に輸送できる量が多く、現場で安全かつ簡便に保管できる点をお客様が気に入られまして、半導体や光ファイバーの製造現場など、多くのお客様に大量にお使い戴いております。

財部:
トヨタは2015年に燃料電池自動車の販売を開始しますが、水素を供給する体制は十分に できているのですか。

牧野:
ええ。それは可能です。昨年1月に自動車メーカーとエネルギー関連13社が「燃料電池 自動車の国内市場導入と水素供給インフラ整備に関する共同声明」を発表しました。 当社やJX日鉱日石エネルギーさんもそのメンバーに入っています。 この声明では、2015年に4大都市圏を中心とした燃料電池車の導入および一般ユーザーへの販売開始、2015年までに100カ所程度の水素ステーションを先行整備することを申し合わせて発表しました。ただ、今現在は、水素ステーションは全国に16カ所しかありません。 正直申し上げて、今は作ってもまだ採算が合わないので、積極的におやりにならないのです。

財部:
先行整備ですから、採算ベースでは難しいのでしょうね。

牧野:
そうですね。もうひとつは規制の壁があることです。本当は、今あるガソリンスタンドに水素ステーションを併設する方法が最も簡単なのですが、それには厳しい規制が課せられます。規制緩和をしていただければ、燃料電池自動車は爆発的に普及していくと思います。

財部:
規制緩和も大きなポイントですね。

牧野:
先の申し合わせにある100カ所の水素ステーションのうち、私どもは20カ所を自社でやらせていただくと宣言しています。これも「鶏が先か、卵が先か」ということですから、 儲かるかどうかは横に置いて、燃料電池自動車の普及を図るためには水素ステーションを整備しておかないといけません。当社では、かつてLPGセンターがあった用地を何箇所か将来の水素ステーション建設用にとってあります。保安距離(安全確保のために水素ガス施設と近隣施設との間に設けなければならない一定の距離)の確保が難しい場合でも、 障壁を設ければ許可されるなど、規制緩和さえ進めば、お約束の20カ所はすぐにでも工事ができる体勢が整っています。

財部:
私も水素のことはそれなりに知っているつもりでしたが、「水素社会」が目前に迫っていることを、今日は実感できました。

牧野:
そうですね。大事なことは行動に移しているかどうかです。うちは、製造拠点の拡充や、水素の運搬船を受け入れる湾岸基地やバースの準備など、テキパキと準備を進めています。「水素社会が目前に迫っている」と言うだけで、何もできない、何も用意していないと言われないよう、「これだけのものはできます、準備してあります」と言えるようなことをしておきたいと思って取り組んでいます。