阪急電鉄株式会社  代表取締役社長 角 和夫 氏

ぎりぎりの局面でこそ、人間としての誠実さが求められる

財部:
先ほど触れていただいたアンケートの中で、「尊敬する人物」として小林一三さんを挙げていらっしゃいましたが、一番尊敬する部分はどこでしょうか。またそれは、社長になられてからと社長になる前で変化はあったのでしょうか?

角:
もともと阪神の方が先行優良会社で、阪急はベンチャー中小私鉄です。小林一三の時代にも阪急と阪神との合併の話があったり、阪神が手がけると思われていた路線が阪急に回ってきたり、ある種の混乱も生じた中で、小林一三は嘘をつかない誠実な対応をしてこられたと思います。私はぎりぎりの局面でこそ、人間の誠実さが求められるのであり、手練手管では大きな事業は絶対に成就しないと思うのです。

財部:
小林一三さんと言えば、奇抜なアイデアを出す人という印象が強いですね。

角:
もちろんアイデアマンとしての小林一三は素晴らしいと思います。余談になりますが、小林が創設した宝塚歌劇団が2014年に100周年を迎えます。小林は「箕面有馬電気軌道の乗客数を増加させるには沿線を住宅地として発展させる以外にない。だが住宅経営を短期間で成功させるのは難しい。そこで沿線が発展して乗客数が増えてくるまでの間、遊覧施設を造って乗客を呼び寄せよう」と考えました。その遊覧施設の1つが宝塚新温泉だったのです。ところが小林は、温泉内に室内プールを造って失敗した。室内プールの水が冷たかったとか、若い男女が同じ室内で水着になるのはいかがなものかという当時の風潮があった為ですが、今度は失敗した水泳場を利用して温泉場の余興をやろうという話になった。ちょうどその頃、三越百貨店がイベントで少年音楽隊のコンサートをやっていて非常に人気が高かったので、「三越さんが少年でいくなら阪急は少女でいこう」ということになり、1913(大正2) 年に宝塚唱歌隊が設立されたのです。

財部:
そうなんですか。もっと芸術的な経緯があって、宝塚歌劇団が誕生したのではないかと思っていました。

角:
ただ失敗して「困った」と言うのではなく、そこから次のアイデアを出していく粘り強さに、アイデアマン以上のものがありますね。小林一三はほかにも、企業の幹部社員クラスに郊外に住んでもらうため、日本初の住宅ローンを考えだしたり、数々のアイデアを出しています。そこも凄いのですが、 阪急電鉄の創業時にはすでに南海も走り、阪神も走っていて、先行鉄道会社はみんなうまくいっていました。そこにあとから田舎の閑散としたところに鉄道を敷き、阪神が手がけると思われていた路線を阪急が運営することになったり、私は小林が誠実で嘘をつかなかったから(こういうことができたのだと)だと思います。箕面有馬電気軌道の大株主で北浜銀行の頭取だった岩下清周が、箕面有馬電気軌道と阪神電気鉄道の両方の役員に名を連ねていましたからね。

財部:
「誠実」と言えば、角社長は座右の銘として「流水先を争わず」挙げられていますね。

角:
いわゆる「流水先を争わず」(流水不争先)とは、「川を流れる水は先を争わない」ということです。私が社長になった時、好きな言葉は何かと言われたので、その座右の銘と「誠実・謙虚・バランス感覚」を挙げました。私は囲碁が好きなのですが、昭和30年代に高川秀格という、本因坊を9期連続で取った棋士が、この言葉を好んで揮毫したのです。囲碁には「地に走る人」のタイプもいれば、地よりも先に厚みを築き、あとで戦って勝つ人もいるように、さまざまな形があります。高川さんは、ごく普通に自然な手を打って、知らない間に勝ってしまうのです。高川さんの碁の力が弱いのではなく、でも強いという印象でもなく、自然に勝つのです。

財部:
そうなんですか。

角:
その意味で、この人の囲碁の戦いには序盤から中盤、終盤、寄せまで人生のような流れがあります。川を流れている水が、その先に流れる水を追い越すことはあり得ないと言って、自然の摂理に反することをやると失敗すると戒めている。私がサラリーマンとして生きてきた中で、何度か自分の思うように行かない局面もありましたが、そういう時にはこの言葉を思い出しました。精神安定剤みたいなものですね。

財部:
角社長も、会社を辞めようと思われたことがあるのですか?

角:
それはないですね。

財部:
角社長ご自身にそういう要因があるのでしょうか、それとも阪急という会社が良い会社だったのでしょうか。いろいろな経営者にお話を伺っていると、サラリーマン人生の中で、会社を辞めようと思った人が結構多いのです。

角:
そうですか。阪急電鉄はグループとしてはそこそこの規模の会社ですが、私の時で総合職は10人ぐらいしか採用していませんでした。旅行は旅行、ホテルはホテルで、東宝も百貨店もそれぞれが独自に採用しているので、阪急電鉄本体で採用している総合職は今でも20人程度。ですから役所で言う「キャリア組」のようなところがあって、若い時からそれなりに大きな仕事を与えられるし、責任を持って仕事を担当する部署に放り込まれます。責任を与えられると、なかなか辞めることはありませんし、私は基本的に楽観主義者です。私はアンケートの「人生に影響を与えた本」に中勘助の『銀の匙』を挙げましたが、その次に読んだのが『龍馬が行く』で、「男ならたとえ溝のなかでも前のめりで死ね」という精神がとても好きで、やるだけやって駄目なら仕方がないという思いもありますね。

財部:
(この「経営者の輪」で)『銀の匙』を挙げられた方も何人かおられまして、ある世代に共通のメンタリティがあるのかと時々思うことがあります。あの本の中に登場してくる主人公の繊細さのような部分に共感するのでしょうか。

角:
そうですね。それと(主人公は)自分に対して非常に正直です。やはり自分に対して正直というのは、ある意味で誠実に通じます。灘中の名物教師で100歳になられた橋本武先生の国語の授業は、中学校3年間で教材が『銀の匙』1つでした。神奈川県知事の黒岩祐治さんが私の6年後輩で、彼も同じ橋本先生から学んでいます。

財部:
じつに凄い教育だと思いますね。

高付加価値を創出する都市・大阪を目指す

財部:
ところで今、世の中全体が閉塞感に満ちあふれていますが、本当に客観的に見ると、じつはそんなにひどくもないのではないかと私は思っています。たしかに国も民間も、手の着けられないような問題をいろいろ抱えていますが、良い部分もたくさんあって、私はそこを客観視していきたいと思うのです。そこでお聞きしたいのですが、これまで大阪は長期低落傾向にありました。それがここにきて、難波地区の再開発や梅田の再開発なども含めて、阪急さんも非常に大きな役割を果たしながら、新しい面が見えてきたような気がします。この点について、角社長はどう捉えられていますか。

角:
おそらく長期的には人口減少傾向は止まらないので、基本的に経済のパイは小さくなっていくのでしょう。最近、地方でコンパクトシティがよく話題に上りますね。情報化社会、少子化の中での教育や医療、介護などのさまざまな問題が顕在化している今、都市機能も含めてコンパクト化を進めて行く必要があるというのです。大阪であればキタとミナミを2つの核にして、コンパクトに機能が集約されていきます。いまは南北の軸が御堂筋線だけなのですが、私は同線の西側に、もう1本、南北軸が必要だと主張しています。

財部:
ほう。

角:
その次の成長としては、いわゆるアジアの人が行き交う街をつくらなければ大阪に未来はありません。その方向に向けて「大阪維新の会」について、さまざまな意見を持っている方もいるし、思うことがあっても口に出さない方もいます。ただ、少なくともこれだけは正しい方向を向いていると思うのは、以前は大阪府と大阪市が縄張り争いを繰り返して、WTC(旧・ワールドトレーディングセンター、現・大阪府咲洲庁舎)、ATC(アジア太平洋トレードセンター)、関西国際空港に隣接した「りんくうタウン」を始め、府があれだけのビルを建てるのなら、市も「負けてはいられない」とビルをたくさん建てるという、とんでもない縄張り意識が大阪の街を駄目にしました。

財部:
そうですね。

角:
ところが2012年8月30日に、大阪府と大阪市が合同で大阪の成長戦略を出したのです。この内容を見ると、たとえば府と市の二元行政をなくす、さまざまな規制改革を実施するというのは、まさに関西経済界がこういう方向に進んでほしいと思えるような内容で、経済界が作ったのかと感じるほどです。2012年9月6日に、大阪府知事、大阪市長、国の出先機関、経済団体などが出席し、この梅田(の再開発)を含む議論のキックオフ(「大阪駅周辺・中之島・御堂筋周辺地域都市再生緊急整備協議会」の初会合)を行ったのですが、その時に東京都市大学の小林重敬教授がBID(都心環境改善地区) 制度の大阪駅周辺地区への導入について提言されたので、私は大いに賛成しました。BIDの一番の問題は税制ですね。アメリカのマンハッタンでは、日本の固定資産税評価額換算では0.2〜0.3%(日本の都市計画税率の上限)と同程度の特別税の徴収をしているケースが多いようですが、実際の都市計画予算に加えて、プラスアルファの税金を不動産保有者などから集め、そのエリアをより良いものにしていこうというわけです。

財部:
BIDの対象となるエリアの線引きはどうするのでしょうか。

角:
「特定都市再生緊急整備地域」という線引きが(国内に)あり、この地域内ではたとえば、道路の上空に建物を建てることも可能になるなどの規制緩和が行われています。地域内の地権者がプラスアルファの税金を納めることで、ニューヨーク市のブライアント・パークのような施設ができます。例えば、BID組織が、冬に公園内に屋外スケートリンクを開設して、賑わいと集客を作っています。このようなBID組織の年間予算は税金とイベント収入等と合わせて10数億円の予算で運営しているとのことです。これから梅田では大阪駅周辺のビルも綺麗になるというのに、松下幸之助さんに寄付していただいた、あの大阪駅前にかかる「梅田新歩道橋」は汚れたまま。ですから、そういうことがやれれば、同歩道橋を綺麗にすることも可能になります。先の協議会でその話をしたら、市長も「この梅田の最大の地権者である阪急さんがやろうと言っているのなら、BIDは早急に検討しなければいけない」と言って、その場で大阪市の計画調整局長に指示してくれました。そういう方向には進んでいるのです。

財部:
規制改革についてはどうですか。

角:
今回の京都大学・山中教授のノーベル賞受賞で変わってくるかもしれませんが、残念ながら規制改革はまだほとんどできていません。この規制改革を本気になってやってくれれば、大阪の創薬産業の将来も少しは明るくなるのですが。私は以前、神戸医療産業都市を視察に訪れたのですが、同都市におけるライフサイエンス分野のクラスター(集積拠点)形成の促進を手がける先端医療振興財団の理事長は、京大名誉教授で元総長の井村裕夫先生でした。(当時の)専務理事は大阪大学の方で、当然、神戸大学の医学部の先生も理事になっておられました。私はその時、専務理事の方に「京都大学、大阪大学、神戸大学の医学部にはかなりバリアがあるのではないですか」と聞いたのですが、彼は「京大も阪大も神戸大も医学部は1つです」と答えたのです。実際、神戸ではそういう認識で通っています。かつては創薬の治験はメーカーが行い、エビデンスは欧米が確立させるものだと思われていましたが、2000年頃から日本の医師たちの間でも、それに取り組もうという動きが起こり、神戸ではその試みがスタートしているのです。ちょうどスパコンの「京」もでき、インフラが良くなってきています。あとは国が本当に真剣になってやっていけば、うまくいきそうな気がしています。

財部:
神戸の先端医療都市構想については、詳しく取材したことがないですね。もっと大きく動いてくれることを期待しているのですが。

角:
再生医療では、口の中の粘膜から取った細胞を培養して角膜を再生し、視力を回復させるとか、薬剤をしみこませた生体吸収性材料を使って鼓膜の穴が空いた部分を再生する、加齢とともに磨耗したり変形する膝関節の半月板を再生するなど、かなりのところまできています。ただし、そういう世界なので、急に事は運びませんが、難治のがんや小児がんなどについても再生医療の研究が進められています。

財部:
そういう成果を情報発信していくことも大事ですよね。東京に住んでいる人には、正直言ってよくわからないという部分もあります。

角:
ですから、今回の京大・山中伸弥教授のノーベル賞受賞は大きいですね。松本紘総長も大喜びですよ。

財部:
しかも、従来のノーベル賞とは違い、山中さんの研究は一般の人が期待できる、わかりやすいものでした。たとえば傷ついた臓器を再生できるという研究成果に対して、万人が期待できることは何なのかが理解しやすいということも手伝って、もの凄い反響が起きたのですね。

角:
また、人物が良いでしょう。講演を聞くと、彼の「人となり」が本当に良く出ています。

財部:
今日の角社長のお話とも通じるところがありますが、テレビの会見を見ているだけでも、山中さんには、誠実さや「流水先を争わず」という部分で共通するイメージを抱いてしまいます。自分の利益に焦って何かをやるというよりも、自然に出てきた結果に基づき、その結果に促されながらiPS細胞にたどり着いたという話を聞いても、人として素晴らしいと思えるところが多々ありますね。

角:
そうですね。

財部:
「ここから先は難しいです」という山中さんご自身の言葉も聞いていますが、創薬や臓器再生についても、山中さんの話を聞いていると「本当にできるんだな」という期待感が湧いてきます。

角:
昔のお医者さんは、自分の技術では患者が救えなかったということを非常に残念に感じていたものです。だから、そういう人たちを何とか救えるようにしたいという強い思いが山中先生にはおありだったのでしょう。それが素晴らしいですよね。