TAKARABE
JOURNAL本質を捉える視点

官邸官僚主導から本物の政治主導へ

🔵ロケットスタート

憲政史上最長の任期を務めた官房長官の力量は尋常ではなかったというのが、私の正直な実感です。第99代内閣総理大臣となった菅新総理の国民への発信にの仕方、組閣に込められた深謀遠慮を見ると驚きを禁じえません。官房長官就任以前から親しくさせていただいてきましたが、スタートダッシュから総理としての凄みを発揮していることに驚いている人が少なからずいるのではないでしょうか。政権発足からわずか1週間で菅政権がどんな政策をどのように行っていくのかを国民に周知させる手腕は歴代首相のなかでも群をぬいています。

「一般国民にわかりやすい具体性あるアジェンダ(課題)設定とスピード感ある実行に向けた明確な指示。それに基づき一斉に各大臣が本格稼働している姿を見ると期待が持てますね。これまでと異なり、民間の声を直接聞いて武装して役所を動かすことは大変健全で良いやり方だと思います」

私が最も信頼する経済人は、新聞の「首相動静」欄(9月21日)に私の名前を見つけてこんなメールを送ってきました。この人物の洞察眼は深く、まさに菅新政権発足直後の動きを端的に伝えています。

ではこのコメントを因数分解してみましょう。

まず「一般国民にわかりやすい具体性あるアジェンダ」とはなんでしょうか。それは総裁選の時から繰り返し言ってきた「行政の縦割り、既得権、前例踏襲主主義」を打ち壊す規制改革のことです。「国民がおかしいと思うこと」をただしていく。その象徴が「高額な携帯電話料金」であり「高額な不妊治療」であり「デジタル化の遅れ」です。河野行政改革担当相は任命当日に「縦割り110番」を起ち上げ、武田総務相は「携帯電話料金の引下げ」に言及し、平井卓也デジタル担当相は「デジタル庁の早期起ち上げ」に全力で臨むと明言しました。総理が設定したアジェンダに各大臣が一斉に本格稼働を始めたのです。こんな内閣の発足シーンはかつて見たことがありません。総理は総理で自分の思いを語り、各大臣はそれぞれが勝手に思いのたけを語るというのが、これまで私たちが目にしてきた光景です。

ところが菅政権は発足と同時に閣僚全員が総理のアジェンダを共有してロケットスタートをしたのです。菅総理から具体的で明確な指示があったであろうことが一目瞭然です。

またこの経済人が「これまでと異なり、民間の声を直接聞いて武装して役所を動かすことは大変健全で良いやり方だ」と評したのは総理就任直後の4連休中での民間人との面会です。

9月24日に朝日新聞デジタルが報じた「菅首相、4連休に田原総一朗氏ら『知恵袋』10人と面会」という記事を報じました。

「菅義偉首相は就任後初めての週末となった19日からの4連休で、各界の専門家らと会食や面会を重ねた。官房長官時代から朝、昼、晩と幅広い分野の人々と面会を重ねてきた菅首相。官僚や与党議員のみならず、民間有識者らを『知恵袋』にする手法は、トップに立っても変わらないようだ。首相は23日、就任1週間を受け、『手応えを感じている。アンテナを高くし、スピード感を持って国民の期待に応えたい』と記者団に語った。首相は4連休で、トランプ米大統領ら各国首脳との電話会談などの外交日程をこなしながら、有識者との意見交換を重ねた。20日はデジタル庁創設に向け、『日本のインターネットの父』と呼ばれる慶応大の村井純教授と会食。21日には不妊治療に詳しい杉山力一医師と懇談した。デジタル庁や不妊治療への支援拡大は、自民党総裁選での自身の政策の柱だった。このほか、高橋洋一嘉悦大教授やジャーナリストの田原総一朗氏、サントリーホールディングスの新浪剛史社長や経済ジャーナリストの財部誠一氏らと面会。4連休中に会った有識者は10人に上った」

10人の知恵袋のひとりにカウントしてもらったのは甚だ光栄の限りですが、私はこの記事を眺めながら、2つのことを考えました。ひとつは記事にある通り、菅さんは総理になっても官房長官時代と情報収集のスタイルを変えずにいくのだなということです。官邸という特殊環境の中だけにいるとリアルな社会の現実がどうしても見えなくなってしまいます。民間の声を直接聞いて役人に向き合っていく姿勢はきわめて健全です。

その一方で、こうしたニュースが流れることを計算づくで、やっていたのではないかと考えると慄然としました。番記者たちが必死で総理の動静を追っかけまわしている時に、民間人と面会をすれば方々で記事になり、ニュース番組でも取り上げられ、政策決定の健全性が可視化されるのです。そして可視化された情報は規制改革に抵抗する官僚たちに対する無言のプレッシャーにもなります。そこまで計算してやっているのではないでしょうか。

 

🔵官邸官僚の排除

じつは菅総理に関する単行本を緊急出版します。そのために元官房長官秘書官をつとめた官僚にも取材をしていますが、そのなかにこんな証言がありました。

「2年半もカバンを持ちやったのに、よしわかった、お前がそこまで言うのなら後は任せたと、一任してもらったことがありませんでした。私の能力のなさかもしれませんが、長官は危機管理能力が飛びぬけて高い方でした」

危機管理は、最後はトップの責任です。責任感があれば任せきりには絶対にしません。安倍政権を継承すると宣言した菅総理ですが、役人に対する態度はじつに対照的でした。安倍前総理は典型的な「あとは任せた」型で信頼して起用した経産省出身の補佐官に任せ過ぎました。コロナの感染が広がった3月以降は、もはや補佐官の言いなりでした。卒業式を間近に控えた小学校、中学校、高校に対する突然の一斉休校宣言は、事前に内閣にも与党にも相談なく、安倍総理と補佐官たちだけで決められたのです。世間の失笑をかったアベノマスクや星野源さんとの動画コラボなども補佐官がやらかした天下の愚策です。

官房長官時代、信頼していた秘書官に対しても「あとは任せた」とはしなかった菅総理とはまったく違います。危機管理意識の決定的な差です。一斉休校、アベノマスス、動画の3点セットの笑い話ではすまされない、安倍政権が内包していた深刻な問題の象徴だったのです。

安倍政権は「政治主導」を掲げ、岩盤規制を打ち破るとして立ち上がったにもかかわらず、実態は「官邸官僚による政治主導」という極めておかしな構造を作ってしまったのです。安倍総理を取り囲む経産省出身の補佐官たちが霞が関全体をコントロールし、各省庁の幹部が「官邸官僚」にごますりを始めるというありえない現象が起こってしまったのです。菅官房長官の図抜けた危機管理能力がなければ、安倍政権はとうの昔に瓦解していました。安倍前総理は金融緩和や外交政策で大きな実績を残しました。それは歴史に残る偉業でしたが「官邸官僚」による誤った政治主導に陥ったことは残念しごくでした。菅総理はそこを明確に正し、本当の政治主導の政権運営をしていくでしょう。

HARVEYROAD WEEKLY 1175号より転載