TAKARABE
JOURNAL本質を捉える視点

ラグビーW杯 最強の日本代表を創ったリーダーシップ

  • 歴史を変えたジェイミー・ジョセフ

「このチームが変わったのはジェイミー・ジョセフのおかげだ。彼がチームを引っ張り、ラグビーを教えてくれた」

日本代表チームはベスト4をかけた南アフリカ戦に敗れはしたものの、予選リーグではラグビー強豪国のアイルランドとスコットランドを撃破、4戦全勝で史上初の決勝トーナメント進出を果たしました。世界に通じる堂々たる実力を備えたことを証明してみせました。冒頭のコメントは南ア戦直後に、キャプテンのリーチ・マイケルがBBCラジオのインタビューに答えた時のものです。

10月25日にスタートしたBSイレブンの「タカラベnews & talk」でも触れましたが、ここまで日本代表を強くした理由はリーチ・マイケルの冒頭の言葉に集約されます。ジェイミー・ジョセフ(James Whitinui Joseph)ヘッドコーチの見事な戦略とリーダーシップがここまで日本代表を変えたのです。

「恐ろしいまでの加速力と俊敏性をもつウイングの松島幸太朗と福岡堅樹や、雄々しいリーダーシップでチームを引っ張る主将リーチ・マイケルが称賛に値するのはその通りだ。

だが、このチームの底力は、目立つ選手たちに限られたものではない。背番号1番から15番までの全員、それにベンチで控える選手たち全員の能力が高いのだ。フォワード陣は、敵のバックス並みのボールさばきを見せる。そのことは、スコットランド戦でフッカーの堀江翔太が見せたオフロードパスでも明らかだ」

鮮やかな解説記事を掲載しているのはBBCニュース。さすがラグビー誕生の地のメディアです。ハーベイロード・ウィークリーの「ひとりごと」にも書きましたが、ラグビーの強さはフォワードの力量で決まります。極論すれば、勝敗の9割はフォワードで決まってしまうのです。物事を単純化しヒーローを創りあげることにしか興味のないマスコミは、当初、華々しいトライゲッターの松島幸太朗や福岡堅樹にばかりにスポットライトを当てていました。しかしそれは薄っぺらな理解にすぎません。バックスの両サイドにいるウイングの松島や福岡は他の選手が身体を張ってつないでくれたボールを「トライする役割」なのです。逆に言えば彼らにいかに安定的にボールを供給し続けられるかが大きなポイントになります。

じつは私は高校時代、都立高校の弱小ラグビー部の主将でした。ポジションはウイング、センターなどバックスでプレーしていましたが、基礎体力強化の一環でフォワードとして紅白戦に臨むことがありました。それはもう同じ競技とは思えぬほどフォワードはキツイのです。「自ら進んでフォワードになりたがる奴の気が知れない」というのが実感でした。

昔と今ではラグビーの戦術も大きく変わっており、私の実感とはかなり変わっていると思いますがバックスは楽です。なんだかんだ言っても試合中に呼吸を整え、それなりに休息がとれる時間帯があります。ところがフォワードに休む間がまったくありません。

全力でスクラムを押したかと思えば、素早く走り、モールだ、ラックだ、タックルだとボールにからみ続けます。しかも今大会の日本代表チームを見ると、バックス顔負けのスピードと高いボール回しのスキルでトライまでとってしまう。凄まじいハードワークです。それが出来るフォワードを持ったチームが、オールブラックスやイングランドなど「ティア1」と呼ばれる世界の強豪チームなのですが、日本代表のフォワードは彼らと比べても遜色のないレベルに達していました。ベスト8は奇跡でも偶然でもない。必然だったといってもよいでしょう。もちろんフォワードだけではなく、バックスの守備力が驚くほどあがりました。松島や福岡はトライゲッターとしても活躍しましたが、守備での貢献も素晴らしかった。センターの中村亮土力は目立たないけれど、そのタックル力でどれほど貢献したかわかりません。

 

  • 壮大な構想と緻密な計算

日本がこれほどまでに強くなった背景としてBBCはサンウルブズ効果をあげています。

「大きな効果をあげたのは、スーパーラグビー(15チームで争う国際リーグ戦)に2015年から、日本のサンウルブズが参加するようになったことだ。これによって日本の選手たちは、国内リーグでは体験できない、南半球のレベルの高いチームのプレーを体で学ぶことになった。日本がW杯で見せる突破力のある攻撃や器用なボールさばきが、スーパーラグビーで培われたものであることは間違いない」

その通り。自分たちに足りないものがなんなのか。世界最高の選手たちのレベル感を体感できた経験は何にも代えがたいものでした。日本代表の司令塔、田村優もサンウルブズで鍛えられた一人です。そしてこのサンウルブズの監督を務めたのもジェイミー・ジョセフでした。日本代表のヘッドコーチとサンウルブズの監督を兼任(2018年まで)し、世界と闘う力とスキルを選手自身に学ばせていったのです。

代表チームは選手自身が目まぐるしく変化する局面ごとに、自分たちで考えながらプレーできる自律性をもったチームだということを言っています。また日本代表OBからもそんな発言が多く聞かれました。しかしそんな自律的な組織が一朝一夕にできるはずがありません。キャプテンのリーチ・マイケルだけではなく、5~6人のグループリーダーが中心になって、練習中のグラウンド上で、いまのプレーは何が問題だったのかと繰り返しレビュー(検証)をさせることを通じて、自律的なプレースタイルを培っていった結果なのです。

また日本代表の強さの源泉となったスクラムの強さをけん引したのは、スクラムコーチの長谷川慎です。1999年のW杯で日本代表としてジョセフと共に戦った長谷川は、体格で劣る日本がスクラムで負けないためにはどうしたらいいのかを徹底的に研究していました。この点もBBCは具体的に踏み込んだ記述をしています。

「長谷川は体格に劣ることが多い日本のスクラムを、『重いパンチ』ではなく『速いパンチ』を放つことで相手に勝つスタイルへと変えていった。その効果は、2017年6月のアイルランド戦2試合で表れた。1試合目では押し負けたが、2試合目ではフッカーの角度を微妙に変更。すると、互角に押し合うことができた。日本のフォワード陣はこの時、長谷川コーチのおかげで自分たちのスクラムが変わったことに気づいたのだった」

スクラムは選手同士で勝手にスタートするわけではなく、レフリーの「バインド!」の掛け声で組み、「セット!」の声で押し合います。この「セット!」の声に素早く反応することで相手チームの重量フォワードに負けない強さを身に着けていったのです。またフッカー(前列の真ん中)の堀江選手によれば組み合う角度をミリ単位で調整するそうです。

こうした4年間にわたる壮大な構想と緻密な計算が多様なコーチングスタッフによって行われたことでラグビー日本代表はとんでもない実力をつけたのです。日本代表は選抜に漏れた選手も含め皆が心をひとつにして「ONE TEAM」になれたことが一番の勝因だと語られることが多々ありました。多様な国籍の選手が集まったことが良かったという人もいます。でもそこで見落とされているのは、多様なコーチングスタッフが多様な選手たちをまとめて自律的な「ONE TEAM」を創り上げたことです。その原動力は言うまでもなくヘッドコーチのジェイミー・ジョセフです。すべての組織はトップのリーダーシップで決まってしまいます。

2015年のW杯で世界をあっと言わせた日本代表を率いたヘッドコーチのエディ・ジョウンズは、その後、自国開催ながら予選落ちの屈辱を味わったイングランドのヘッドコーチに転じました。そして見事にイングランドの決勝進出を果たしています。

ラグビーも企業経営もトップしだいなのです。

(HARVEYROAD WEEKLY 1134号を転載)