TAKARABE
JOURNAL本質を捉える視点

野町和嘉「人間の大地」の衝撃

世田谷美術館でやっている野町和嘉の写真展「人間の大地」に圧倒された。私も世界各地に飛び、それなりに“現場”を歩いてきたつもりでいたが、野町が捉えた世界は異次元だ。
文明の恩恵から完全に切り離された過酷な自然環境の中で、人々が大地そのものと一体化して生きている。サハラ砂漠、エチオピアの高地、チベットの辺境——そこに暮らす人々の営みは、もはや風土と人間の境界線が消失した究極の姿である。
家畜の牛が放尿すれば、人々は駆け寄ってその生温かいシャワーで顔を洗い、頭を濡らす。そこには不浄感はない。子どもたちは朝一番に牛の乳房に直接口をつける。それが彼らの朝ご飯だ。
自然界と人間社会を隔てる一切の境界が存在しない原初的な生の在り方を野町は切り取っている。
しかし自然は慈悲深くない。野町の代表作「遅かりし雨」が物語るのは、三年ぶりに待望の慈雨があったエチオピアの山間地では、すでに多くの幼い生命が力尽きてしまった後だったという残酷な現実である。そこに映し出されているのは、慟哭でも絶望でもない。運命を受け入れる静謐のみだ。
各地域にはそれぞれ固有の歴史と文化が息づき、生活様式も多様だが、共通するのは人々の深い信仰心である。彼らが求めるのは現世利益ではない。来世においても人間として生を受けることを願い、輪廻転生に希望を託す。生きること自体が祈りであり、信仰そのものなのだ。
この企画展を象徴する写真がある。そこにはこんなキャプションが添えられていた。
「乳漿を煮詰めたトチャと呼ばれる乾燥除けの化粧をした遊牧民の娘。カイラス山巡礼に訪れていた」
ヒマラヤ西部、チベット高原にそびえるカイラス山(標高6,638メートル)は聖なる山として崇められ、登頂は厳格に禁じられている。巡礼者たちが標高4,500メートルから5,000メートルの「コーラ(kora)」と呼ばれる周回路を目指す。一周52キロメートルの道のりは、そこに辿り着くだけでも命がけだ。遥か彼方の地から20年の歳月をかけてカイラス山を目指す者もいる。まさに巡礼が人生そのものである。
トチャで化粧を施した少女が野町のカメラに向ける眼差しは、好奇心溢れる柔らかさをたたえている。
野町の作品が捉えた世界はじつはもうこの地球上に存在しない。内乱や戦争による破壊もあったが、それ以上に決定的だったのは、デジタル機器の普及による文化の均質化だと野町は語る。それは生活の向上であり、一概に悪しきことだというつもりは毛頭ない。文明の進歩は人類の歩みでもあるからだ。
しかし、二度と目にすることのできない世界があったということ、そして幸いにも野町和嘉という稀有な写真家によって、悠久の時の流れが一瞬のうちに切り取られ、永遠に保存されたということに、深い感動を覚えずにはいられなかった。