11月29日に行われた石破茂総理の所信表明演説は気の毒なほど中身がありませんでした。全文9745文字、8分間にわたった演説は、石破カラーはおろ
か、無味乾燥な官僚文章の寄せ集めでした。自分自身で手を入れたのは冒頭「はじめに」の737字だけでしょう。
います。この変化に対し、政治は十分に責任を果たしてきたでしょうか。政治資金問題で失われた政治への信頼を取り戻すとともに、これまで以上に、我が国が置かれている状況を国民の皆様に説明し、納得と共感を頂きながら安全安心で豊かな日本を再構築する。それが政治の責任です。そのために、私は、『ルールを守る』、『日本を守る』、『国民を守る』、『地方を守る』、『若者・女性の機会を守
る』、これらの五本の柱で、日本の未来を創り、そして、未来を守ります。」
「この度、第百二代内閣総理大臣に就任いたしました。『すべての人に安心と安全を』。私は、日本国内閣総理大臣として、全身全霊を捧げ、日本と日本の未来を守り抜いてまいります。この決意を申し上げるに当たり、まずは、政治資金問題などをめぐり、国民の政治不信を招いた事態について、深い反省とともに触れねばなりません。政治資金問題に際し、岸田総理は、自由民主党内の派閥解消や政治資金規正法改正などに取り組まれた後に、所属議員が起こした事態について、組織の長として責任を取るために退任されました。これらは、全て、政治改革を前に進めるとの思いを持って決断されたものでした。また、岸田内閣の三年間は、経済、エネルギー政策、こども政策、安全保障政策、そして外交政策
など、幅広い分野において、具体的な成果が形になった三年でありました。岸田総理のご尽力に、心より敬意を表します。その思いや実績を基に、私は、政治資金問題などにより失った国民の皆様からの信頼を取り戻し、そして、すべての人に安心と安全をもたらす社会を実現してまいります。
千年単位で見ても類を見ない人口減少、生成AI等の登場による急激なデジタルの進化、約三十年ぶりの物価上昇。我が国は大きな時代の変化に直面して所信表明冒頭が岸田前総理に対する“ヨイショ”で始まったのは驚きです。つい最近岸田前総理と会食した開成高校の同期生の一人は「あんな饒舌な岸田を見た事がない」というほどご機嫌だったと話していましたが、まさにそれを裏付けた所信表明演説でした。岸田政権の政策をすべて引き継ぐ約束が両氏の間で交わされたことは間違いありません。もっとも少数与党に転落したいま、引き継ぎたくても引
き継げないものも多々ありますが、石破政権の後ろ盾は岸田前総理であることは間違いありません。岸田前総理は石破政権の人事には大いに不満を持っているそうです。「あれほどドリームチームを作って欲しいと言ったのに、コバホークも高市もいないうえに、村上誠一郎のような男を起用するのはもってのほか」だと不満を漏らしていたそうです。
数少ない側近ですから石破総理が村上氏を総務省に起用したくなる気持ちはわからなくはありませんが、彼は安倍元総理を国賊呼ばわりして役職停止1年の処分を党から下された人物。旧安倍派議員はもちろん自民支持者の多くも離反しました。村上氏の起用だけでも、多くの自民党票が失われたことでしょう。国民民主党の飛躍の一因は村上氏の起用だったのではないかといいたくなるほどです。
昔から「苦労は買ってでもしろ」と言われますが「過ぎたるは及ばざるが如し」。あまり苦労しすぎると、被害者意識や他者への不信感が高まるばかり
でろくなことになりません。
第2次安倍政権が誕生した2012年以降、菅政権、岸田政権に及ぶ13年間もの長きにわたり、政権運用には1ミリも関わってこなかったツケがいままさに回ってきたとしか言いようがありません。与党内野党としてお気楽な政権批判繰り返し、マスコミに利用されていることにも気づかなった13年間。そのブランクは重すぎました。政権運営にノータッチのうえ、自民党内の情報すら共有できぬままでしたから、ペ
ーパードライバー歴13年の人間がいきなり都内中心部を走るようなもの。ナビがあっても車線変更もできず、ルートに沿ってクルマを走らせることができないのと同じです。外交上の非礼の数々、答弁棒読み、自説完全封等々、見るも無残。今週から始まった国会の論戦では野党議員から「石破らしさが消えた」と揶揄される一幕がありましたが、「石破らしさ」の本質は何の責任もない野党的批判ですから、消えるべくして消えただけです。
対米外交に活路はあるか?私が一番危惧するのは日米関係です。好き嫌いが
激しいトランプ次期大統領と安倍元総理のような特別な人間関係を石破総理が構築していけるのでしょうか。石破総理は前のめりでトランプ氏との早期会談を探っていました。11月中旬にペルーで開催されたアジア太平洋経済協力会議(APEC)首脳会議、ブラジルで開催された主要20カ国・地域首脳会議(G20サミット)の帰途、トランプ氏側に強い要望をだしていましたが「大統領就任前はどの国の首脳とも会わない」と断られています。しかしそれは建前で、事実は違います。アルゼンチンのハビエル・ミレイ大統領は11月14日にドナルド氏と会っています。トランプ次期米大統領が主催した催しに出席し「史上最大の政治的カムバック」と称賛した彼こそ、選挙後に最初にトランプ氏と会った首脳です。ちなみにミレイ大統領は「南米のトランプ」との異名を持つ人物です。
またトランプ氏がカナダとメキシコに25%の関税をかけると公言したとたん、カナダのトルドー大統領と夕食を共にしています。もっとも会えば良いというわけでもなく、カナダには厳しいものだったと共同通信は伝えています。
「米FOXニュースは2日、トランプ次期大統領が11月29日に南部フロリダ州の私邸でカナダのトルドー首相と会談した際、カナダが関税を回避したいなら米国の『51番目の州』になるべきだと述べたと報じた。出席者は冗談と受け止めたとしているが、『米国第一』を掲げ、同盟国に対しても主従関係を明確にする外交姿勢の一端をのぞかせた。会談は次期政権の閣僚候補らを交え、夕食会形式で約3時間実施された。トランプ氏はトルドー氏に対し、カナダから流入する不法移民の対策が取られ、米国の貿易赤字が改善しなければ、来年1月の就任初日にカナダからの全輸入品に25%の関税を課すと伝えた。トルドー氏は関税が強化されればカナダの経済が崩壊すると訴えたが、トランプ氏は米国から貿易で大金を巻き上げなければカナダは生き残れないのかと嫌みを言った上で、カナダは米国の州になりトルドー氏は州知事を務めるべきだと主張。トルドー氏はぎこちない笑みを浮かべたという」
第一次トランプ政権よりもはるかに暴力性が増しているように思われます。もっとも短いFOXニュースの記事の引用だけでトランプ次期大統領の本音がすべてわかるはずもなく、とりあえず、こんな報道があると認識しておけば良いでしょう。そこへいくと安倍元総理のトランプ対応はいまさらながら見事でした。世界で最初にトランプ氏を訪ねたことも秀逸でしたがら「アメリカ第一主義」を掲げて日本車への関税引き上げに躍起となっていたトランプ氏に「米国からの農産物輸入拡大」でトレードしたのです。その後、ゴルフを通じて個人的な信頼関係を構築していった外交手腕は歴史的な成果でした。
同じことが石破総理にできないことは議論の余地がありません。安倍元総理と石破総理では、ネアカとネクラ、重圧に耐性の有無、国家レベルのトレーディングをスムーズに行えるだけの権力基盤の有無等々、違いすぎます。もちろん、だからお先真っ暗だと決まったわけではありませんが、トップ外交は外務省の振り付けだけでは限界があります。トップ同士の信頼関係をどう構築できるか。人間、石破茂の真価が問われるところです。