TAKARABE
JOURNAL本質を捉える視点

豊田章一郎さんの慧眼

長いジャーナリスト人生のなかで、数えきれぬほど多くの方々に取材してきた。
その過程で強く心がけてきたことは、歴史に対する責任感だ。
悠久の歴史の中で私が果たせることなど、瞬きにも等しい一瞬の出来事にすぎないことは重々承知している。
それでも、その時々の時代を象徴する人物に迫り、本質的な価値を
引き出し、正確に言葉として残していければ、歴史に対する責任の一端を果たせるはずである。
豊田章一郎さんの取材もそんな思いで臨んだ。経営や財界活動からも完全に退かれた70代の終わりの頃である。時を経るごとに、その時に章一郎さんが語った話が輝きを増してくるのだ。
「トヨタは遠い将来、どんな企業になっていると思うか?」という問いかけに対して、
章一郎さんは穏やかに驚くべき返事をした。
「遠い将来、トヨタはクルマを作る会社ではなくなっているかもしない。ただし、何かはわからないが、人の移動手段を提供する会社になっていることは間違いない」
慧眼である。
息子である章男社長が退任を決め、次世代に託したミッションは「モビリティカンパニー」への進化だ。
これが創業家の責任と覚悟なのかもしれない。
豊田章一郎さんのご冥福を祈る。