TAKARABE
JOURNAL本質を捉える視点

安倍晋三と菅義偉

【  “安倍復権”を確信できたのか?】

7月25日に菅前総理と対談しました。放送日の前 日という異例のものでした。安倍元総理の事件から 17日目でした。じつはこの短期間に菅さんとお目に かかる機会が二度ありました。以前から約束してい た会食がたまたまその間に入っていたにすぎないの ですが、最初の会食は7月13日。事件からわずか5日 目でした。自民党内が大混乱のさなかですから、会 食はキャンセルされるものと思い込んでおり、案の 定、会食前日に菅さんの携帯から電話がかかってき ました。

「明日は時間を早めてくれないか」

 こんな時でも約束したことは守るのです。政治的にも複雑きわまる事態だというのに、時間を18:00 から19:30に短縮し、そのままやろうという電話に 心底驚きました。政界は安倍さんの非業の死を悲し む一方で、一気に政局へ走り出します。自民党最大 派閥の領袖でもあり、日本の保守の頂点に立ってい た安倍さんの急逝で自民党の流動化は避けがたい状 況です。連日連夜、永田町では密会が繰り返されて いたはずです。私たちにとっては非常に意義の大き な会食でしたが1日、2日を争う緊急性はありませ ん。まさか予定通りの開催とは思ってもいなかった というのが参加者全員の偽らざる気持ちでした。

麻布の中華料理店で行われた会食の冒頭、私が 「献杯」の発声をしましたが、その後が続かず、雑談風に安倍さんの事件に対する驚きを皆が口にして いると、菅さんが問わず語りに安倍さんとの出会い について話し始めたのです。

 「安倍さんが副官房長官で、私が当選2回の時、自民党総務会で北朝鮮へ米支援をするかどうかの議論になった。私は拉致問題もあるのに米支援などとんでもない。断固反対だと強く意思表明した。翌日それが新聞記事になった。記事を見た安倍さんが私に電話をくれて『難しい局面もあるかもしれないが、怯まずがんばれ』といってくれた。これをきっかけ

に話をするようになり、政治は国民の命を守ることが第一義だという安倍さんの国家観に共鳴した」

にわかには信じがたい安倍さんが凶弾に倒れると いう事件直後の会食で、事件には一切触れずに、政 治家としての出会いに言及した菅さんの心中は推し 測れるものではありませんでした。またそれ以後、 安倍さんについて私たちは一言もふれずに、当初の 会食の目的である自然エネルギーについてのみ話 し、あっという間に19:30を迎え、菅さんは去って いきました。個人的には7月25日の対談をひかえて おり、事前に具体的な事柄をいくつか尋ねておきた かったのですが、それを阻む空気感が流れていたか らです。

 あまり公にはしていませんでしたが、菅さんは自分を初めて国務大臣に抜擢してくれた安倍さんに特別な感謝の念を抱いていました。第一次安倍政権で総務大臣となり、地域創生の絶対的な支援策となった「ふるさと納税」制度を短期間に起ち上げ、政治家としてメジャーデビューするきっかけになったのが第一次安倍政権だったのです。その恩義を菅さんは強く感じていました。国家観を共有し、恩義もある。第一次安倍政権が倒れたことを誰よりも悔しがり、捲土重来を期して第二次安倍政権を発足させる原動力となったのも菅さんです。

2012年12月の衆議院選挙で自民党が圧倒的勝利を おさめられることが目に見えていましたから、9月の自民党の総裁選に勝った人物が総理大臣になるこ とは確実でした。よって菅さんは何度も安倍さんに 出馬を促しましたが、安倍さんは「時期尚早」だと なかなか首を縦にふりません。それを菅さんが粘り 強く説得し、第二次安倍政権の発足へとつなげたこ とは有名な話ですが、菅さんはなぜ安倍さんが総裁 選に勝てると確信をもてたのでしょうか。 菅さんを勝てると確信させたのは共同通信社が 2012年8月に行った「次の首相に誰がふさわしい か」を問う世論調査でした。民主党政権下ですから 結果は自民・民主が入り乱れました。

➀ 石破茂 9.8%

⓶ 石原伸晃 9.6%

⓷ 岡田克也 7.4%

⓸ 枝野幸男 7.2%

⑤ 前原誠司 7.2%

⑥野田佳彦 6.9%

⓻ 安倍晋三 6.7%

⑧ 谷垣禎一 4.0%

⑨ 玄葉光一郎 2.1%

⑩ 細野豪志 1.3%

⑪ 林芳正 0.9%

⑫ 町村信孝 0.7%

「当時は石破、石原の2人が総裁選出馬を明言して 『石石戦争』などとメディアは読んでいましたが、 安倍さんはこの世論調査の時点ではまだ出馬表明し ていなかった。にもかかわらず6.7%も支持する人 がいたわけですから、私はこの数字を見て確信が持 てました」

菅さんは用意周到で、この世論調査が行われた 時、事前に「安倍晋三を候補者の一人にいれてく れ」と頼み込んでいたというのです。その後、石破 さんは2度総裁選に敗れ求心力を失って派閥解体と なり、石原さんにいたっては昨年の衆院選で落選。 10年前総理総裁を目指したことが嘘のような凋落ぶ りです。一寸先は闇。政界は民間人にはうかがい知 れぬ怖いところです。

【日米同盟を機能させることに執念】

そのなかで復権を果たし、憲政史上最長の7年8か 月間、政権を維持した安倍晋三という政治家は希代 の政治家です。正直な気持ちを吐露すれば、私は安倍さんを全面的に肯定はできませんでした。世間の評判とは無関係に、私自身のモノサシで評価した時に納得のいかない事も多々ありました。しかし国家の最高権力者に求められる資質は国民の命を守りぬ

く覚悟です。そのために経済は絶対譲れぬ国益ですが、それ以上に重視すべきは安全保障以外のなにものでもありません。

 日米同盟があれば安全は担保されるというのは幻想だということがロシアのウクライナ侵攻でよくわかったでしょう。米国が他国のために米兵の血を流す時代は終わりました。対中戦略上、台湾を守ると言っていますが、いざ中国が台湾に攻め入ったときに米軍が台湾と一緒に戦うことなどありえません。「第三次世界大戦を回避するため」などもっともらしい言い訳をして武器供与だけするウクライナ型支援にとどまることは目に見えています。なぜなら「米国が守りたいのは米国だけ」だからです。

ウクライナを守っているのではなく、米国はロシアを叩いているのです。同様に台湾の後ろ盾になるのは、米国の対中国戦略であり、台湾は駒のひとつにすぎません。もちろん同盟国である日本の立ち位置はウクライナや台湾とは当然違いますが、米軍が守りたいのは日本人ではなく、在日米国人でしょう。

 対中国への備えとして日本は地政学上きわめて大切ですが、いざという時に本当に米兵の命を危険にさらして日本の国土防衛に手を貸してくれるとはとうてい思えません。尖閣諸島に中国軍が上陸したら、米軍は動いてくれるでしょうか。甚だ疑問です。集団的自衛権行使が認められていなければ、米軍の艦船が攻撃を受けていても、自衛隊の艦船は傍観せざるをえない。

菅さんに安倍政権7年8か月でもっとも印象深い出 来事は何かと、番組出演時に問うと「2015年に安全 保障関連法案が国会で成立した時だ」と即答しまし た。

「戦争法案」とか「徴兵制復活」とか批判さ れ、もうダメかと思う瞬間もあったそうですが、かろうじて成立。集団的自衛権の一部行使が法的に担 保され、日米同盟が機能するものになったことが安 倍政権最大の成果だと語っていました。安倍政権の 本当の評価は後世の歴史家にゆだねるしかありませ んが、安全保障関連法案の成立だけは時を待つこと なく、絶対的に評価されるべきものだと考えます。