TAKARABE
JOURNAL本質を捉える視点

打倒ナイキなるか。アシックスの「Cプロジェクト」

廣田康人がアシックスの社長に就任した2018年、陸上長距離界には革命が起こっていた。カーボンプレートをミッドソールに入れたナイキの厚底シューズをはいたトップランナーたちが次々と世界記録、ナショナル記録を塗り替えていた。1秒でも速く走りたいトップランナーの本能に響く“魔法”のシューズの登場はまさにイノベーションであった。
箱根駅伝の景色も様変わりになった。2020年の箱根駅伝ではナイキをはいたランナーたちが区間新記録を連発。10区うち7区で区間新記録が生まれたばかりか、同じ区間を走って上位3人が新記録という異常事態まで起こった。誰が見てもナイキの厚底効果であることは明白だった。
翌2021年の箱根駅伝はナイキ一色となり、アシックスは消えてなくなったのである。その異常事態を
テレビ中継を見ていた社長の廣田は、あらかじめ予想されたことではあったが、その光景に衝撃をうけたという。しかし廣田の心のうには屈辱とは真逆の思いも去来していた。
「ナイキへの対抗するシューズ開発のため、2019年12月に社長直轄のプロジェクトチームを起ちあげおり、箱根駅伝はその成果が出る直前だった。悔しいかったが、今に見てろよという反骨心が横溢してしました」
廣田は2019年12月に過去に前例のない社長開発のプロジェクトを起ち上げていたのである。従来の開発セクションだけでやるのではなく研究部門、マーケティング、販売、知的財産など関連する部署すべてから、実力派の中堅・若手を招集し「Cプロジェクト」と名づけた。
“C”は日本語の「頂上」をローマ字読みした「CHOJO」の頭文字である。アシックスの創業者、鬼塚喜八郎のマーケティング戦略はトップアスリートから獲っていけというもので「頂上作戦」と呼ばれている。アシックスの背骨となる企業文化だから選び抜かれた社内横断チームは瞬時にして社長の本気を感じとった。2019年12月スタートだからTOKYO2020には間に合わない。照準は2023年7月に米国オレゴンで開かれる世界陸上に合わされた。
ところがコロナで東京オリンピックが1年延期となったために「Cプロジェクト」の戦略シューズの完成がギリギリ間に合ったのだ。保守的な長距離ランナーは簡単にはシューズを替えないが、トライアスロンの選手たちは進取の気性に溢れる。メーカーにとってトライアスロン市場は新商品の感触を探る先行指標なのだ。
手ごたえは十分だった。トライアスロン選手たちからメタスピードは大好評となり、男女ともアシックスをはいた選手が金メダルを獲得。さらに女子のパラマラソンて金メダルをとった道下選手もメタスピードである。ナイキに一矢報いた格好だ。その後「Cプロジェクト」はメタスピードをさらにブラッシュアップした第二世代を開発し、7月の世界陸上を迎える。
何を隠そう世界陸上の開催地オレゴンはナイキの本拠地である。
頂上作戦からとりにいけという創業以来の伝統と若手横断チームの革新性が生んだメタスピードでアシックスは再びランニングシューズ世界一の座を取り返せるのか。世界陸上への興味がかぜん高まってきた。

※アシックスの廣田康人社長との対談は6月24日の『タカラベnews&talk』(BS11午後11時)でご覧いただけます。