TAKARABE
JOURNAL本質を捉える視点

なぜ日本の給料は上がらないのか? 下村治の訓え

🔴総量規制こそがすべての元凶

なぜ日本の給料はあがらないのか?

経済学者や野党議員からも「アベノミクスの失敗の結果だ」だという声が少なからずあります。しかし30年間も平均給与が上がっていないのだから、それを「アベノミクスだけのせいにするのはお門違いです。結論をまず申し上げましょう。その元凶はバブル経済を鎮静化させるために財務省(当時は大蔵省)が行った“総量規制”がすべての失敗の端緒だったのです。日本の賃金が上がらない理由は、長い時間軸のなかで起こった複雑骨折なのです。

低賃金問題の端緒は1989年に日経平均が38,900円のピークをつけたバブル経済を当時の大蔵省が明確な意図をもってつぶしたことです。1990年3月に当時の大蔵省から金融機関に対して行われた総量規制です。行き過ぎた不動産価格の高騰を沈静化させることを目的とした行政指導です。ここが株価暴落、不動産価格暴落とそれに続く金融危機の入り口でした。都市銀行、長期信用銀行がすべて消え、日本中の金融機関が貸し渋り、貸し剥がしを始めたのですから、財務基盤の弱い企業は、大企業もふくめ倒産続出。社会不安がいっきにひろがりました。

この金融危機は表向きは小泉政権下の2004年に決着しましたが、企業と銀行の信頼関係はここで断絶します。一方、マクロ経済はデフレスパイラルに陥ったまま抜け出せない。2004年以降、多少良くなった景気も2008年のリーマンショックを機に再び低迷。さらに2011年には東日本大震災の痛撃です。不幸にしてその間は民主党政権。経済再建どころではありませんでした。

そして迎えた2012年末の解散総選挙で自民党が政権復帰を果たし、その後8年近くに及ぶ長期政権につながる第2次安倍政権が発足。超金融緩和へと舵が切られ、ご存知の通り、円安・株高へと導かれていきました。ざっとこの30年間を振り返ってあらためて私が痛感するのは、すべての元凶は旧大蔵省銀行局がやらかした総量規制だったということです。

その裏返しが中国の不動産バブルへの神対応です。日本では中国の不動産大手、恒大集団の経営不安が引き金になり、中国も不動産バブル崩壊し、金融不安へとつながると懸念されていますが、中国指導部はそんな間抜けなことは絶対にやりません。上海に拠点をおく日系企業の経営者に電話で取材してみると、そんな心配は一切ないと断言されました。

「中国政府は日本のバブル経済の顛末から多くを学んでいます。政府主導でバブルをつぶしにいく愚行はしません。総量規制をするのではなく、個社ごとに対応しています。恒大集団はその象徴です。投資家保護も整然としており、住戸として購入した人への補償はしっかりやるが、法外な利益を求めて恒大集団の金融商品に手を出した投資家は自己責任を課すというようなやり方だ」

不動産バブルを一網打尽にぶっ壊したらどうなるか。中国の指導者たちは日本の失敗を学習済みなのです。愚かな日本の二の舞にはならぬように、用意周到にオーバーシュートした投機熱を鎮静化させているのです。IMF(国際通貨基金)や世銀の幹部OBや日本の長期信用銀行の元幹部などを北京に集め、1990年代後半には日本経済がバブル化していったプロセスや崩壊の原因、その後に続く深刻な金融危機について中央指導部は徹底的に学び終えています。日本人は「バブル崩壊」の一言で、世界中で起こったバブル経済をいっしょくたにしますが、日本のバブル崩壊現象はきわめて特殊な例なのです。2年ほどで異動をくりかえす役人には将来にわたる責任感も、長期ビジョンも持てないし、本当の意味での当事者意識など持ちようがないのです。それは官僚だけではありません。政治家も同じです。

ここに民主主義の最大の欠陥があります。

対照的に中国の国家主席は任期が2期10年です。習近平はそのルールを撤廃し、3期15年に挑もうとしていますが、その是非はともかく、国家の最高指導者が最低でも10年、安定的に政治を行えます。しかも共産党幹部は選りすぐり役人が地方の行政官となり、徹底的に競争させられ、のし上がった者だけが国家指導部入りができるシステムです。日本の政治家や役人など鍛えられ方が違うのです。

🔴「歴史と常識で考えろ」

旧大蔵省が総量規制をした1990年(平成2年)以降、日本経済がどうのように推移してきたか。振り返ってみましょう。その時の総理大臣は海部俊樹です。1990年の経済成長率は4・9%でした。総量規制の衝撃が表にでてくるのは宮沢政権の92年で、成長率は0.8%。翌93年(宮沢-細川)にはマイナス0.5%まで落ち込みました。94年(細川-羽田-村山)にはかろうじて0.8%。95年(村山)には2.6%、96年(村山-橋本)は3.1%まで戻しましたが、金融危機で一気に崩れます。

山一証券が破綻した97年(橋本)が0.9%、長銀が破綻した98年(橋本-小渕)はマイナス1.2%、99年(小渕)時には日銀が短期金利をはじめてほぼゼロにする金融緩和を実施しましたがマイナス0.3%。

小泉政権が発足した2001年が0.4%、02年が0.04%、03年が1.5%、不良債権問題に決着をつけた04年が2.1%、05年が1.8%。第1次安倍政権が誕生した06年が1.3%、安倍-福田の07年が1.4%、福田-麻生の08年はリーマンショックでマイナス1.2%。さらに09年には民主党政権が誕生しましたが麻生-鳩山政権でマイナス5.6%と戦後最悪を記録。10年(鳩山-管)は前年の反動で4.1%成長となったものの、11年(管-野田)に東日本大震災が起こり0.02%。年末に第2次安倍政権が誕生した12年は1.3%。

そしてアベノミクスが実質的にスタートした13年以降はつぎのような経過をたどっています。13年2%、14年0.3%、15年1.5%、16年0.7%、17年1.6%、18年0.5%、19年0.02%、20年マイナス4.5%、21年2.3%(予想)という実績です。

経済成長は低迷したまま超金融緩和策による円安誘導、株高誘導がアベノミクスの本質です。日銀やGPIFに日本株を購入させることまでやって株価を上げたことも事実です。持てる者と持たざる者との格差を拡大させた要因は間違いなくアベノミクスです。しかし円安が企業努力を削ぎ、技術革新が起こらず「賃金が上がらなかった」と主張する経済学者もいるようですが、これは暴論です。

それどころか、安倍政権は連合の存在感がなくなるほど、大企業に賃上げを迫り、むりやり最低賃金も引き上げました。それでも賃金は上がらなかった。

なぜでしょうか。

答えは明白です。総量規制でいきなりバブルをつぶして銀行を追いつめた旧大蔵省の歴史的失策だと考えます。そこから貸し渋り、貸し剥がしで追いつめられた企業が分配よりも内部留保に走ったことが低賃金の原因です。景気拡大→企業業績アップ→賃上げ→消費拡大→景気拡大という当たり前の好循環が日本だけ壊れてしまったのです。さらに小泉政権が実施した非正規雇用の範囲の拡大によって生まれた大量の派遣社員が企業の収益調整弁に使われたことも大きかった。

私は若い頃に、池田内閣の所得倍増計画の立役者である経済学者、下村治さんを取材したことがあります。晩年の下村さんは東京プリンスホテル内に事務所をもっておられましたが、そこで聞いた下村さんのひとことが、その後の私の経済ジャーナリスト人生に大きな影響を与えました。

「財部君、経済はね『歴史と常識』で考えればいいんだよ」

まさに至言でした。