TAKARABE
JOURNAL本質を捉える視点

菅義偉元総理の引き際

議員会館のこの部屋を訪ねるのも今日で最後かと思うと、感慨深いものがあった。
菅義偉さんとの出会いは、民主党政権下の2010年。それからほどなくして、菅さんは「史上最強の官房長官」として安倍政権を支える存在となった。
個人的な忘れられない思い出がある。2015年、私が脳梗塞を患い、初台リハビリテーション病院に入院していた時のことだ。
官房長官として初めて沖縄を訪問した帰り、羽田空港に降り立った菅さんから電話が入った。「今から見舞いに行ってもいいか」と。
病院に到着するなり私の部屋へ直行し、ひとしきり言葉を交わすと、足早に車寄せへと向かわれた。その際、受付に立ち寄り「院長はいるか」と尋ねたという。
あいにく不在だと分かると、菅さんは「官房長官 菅義偉」の名刺を取り出し、その裏に一筆したためた。
「財部さんをよろしく」
翌朝、驚いた院長が飛んできた。菅さんの一筆が効を奏したことは、言うまでもない。
その後、2020年に思いがけず菅政権が誕生。私も「民の声」を正しく総理に届ける役割を果たそうと、微力ながら尽力した。
今日お目にかかった菅元総理は、実に穏やかな表情をされていた。引退表明後、多くの方から労いの言葉を受け、「政治家冥利に尽きる」と話されていたのが印象的だった。
今は神奈川2区の後継候補である元秘書・新田章文氏を当選させることに全力をあげるという。聞けば、後継者に決めたのは「自分が総理になった時」だったそうだ。
「だから、彼を30代で総理秘書官にしたんだ」
その言葉に、深謀遠慮を巡らせていた官房長官時代の姿が重なった。
最後に写真を撮る際、私の人生に大きな影響を与えてくださったことへの感謝を伝えると、「私こそ」と短く返してくれた。
どこまでも優しく、そして総理経験者として見事な引き際であった。