オムロン株式会社 作田 久男 氏

「自律」の意思と思考なしで、創造性など生まれるはずはない

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財部:
作田社長は、たしか何かの記事で「自分が社長になった一番の理由は、社内に『ベンチャー的創造性』を取り戻すためである」とコメントされていたと思います。ということは、作田社長がオムロンに入社された頃、つまり立石一真さんが陣頭指揮をされていた時代には、そういう「ベンチャー的創造性」が社内に溢れていたんですか?

作田:
いや、無かったと思う。やはり立石一真1人が凄かった。私はそう思います。立石義雄現会長は、1987年に社長になったときに「自分は長期構想に基づく経営をしたい」といっていた。これまでオムロンは、立石一真という素晴らしいスーパースターの言うことを、皆で着実に、真面目に実行してきてここまで伸びてきた。でもこれからは、彼が引退しても成り立つような経営を何とか確立しなければ、ということは、「阿吽の呼吸」で皆が思っていたことでしたね。

財部:
長期構想はどれくらいのスパンですか。

作田:
その長期構想というのは、経営の軸を長期10年に置き、それから中期3年、短期1年です。オムロンの中期経営計画は1976年からスタートしていますが、「長期10年」というのは、立石義雄会長が社長になった時が初めてなんです。私はたまたまアメリカにいた頃、会長と付き合いがあり親しくさせていただいていた。それで彼が社長になったとき、私は「新社長は長期的な視野に立ちながら、社内だけでなく社外にも英知を集め、創業者に代わる先見性を持ちたいと思っている」と思ったんですが、実際に本人に尋ねたら、「そんなことはない」といっていましたけど(笑)。

財部:
大きなプレッシャーを感じていたのでしょうね。

作田:
私は当時42歳の課長で、「ゴールデンナインティーズプロジェクト」という、オムロンの90年代を最も輝かしいものにするという社内プロジェクトのリーダーを務めていました。来るべき21世紀を睨み、「21世紀になる前の10年間」が勝負だというわけです。それから10年が経ち、98年になって私は、本社の経営戦略室長になりました。そうしたら今度は「21世紀初頭の10年間の戦略を考えろ」と言われまして。

財部:
10年先の姿をずっと考え続けてきたのですね。

作田:
話が横道にそれましたが、いずれにしても立石一真という、類い希なる経営者が話すことには、「なるほど、そうだなあ」と、われわれも極めて共感できた。それに何より、10年後にオムロンはどうなるのかはわからないし、自分たちに会社を背負って立つだけの能力があるかどうかもわからないにもかかわらず、創業者は思い切って投資をしている――。「これは凄い」と、少なくとも私はそう感じていました。ところが立石一真は90年に亡くなられましてね。

財部:
ええ。

作田:
まあ、これからそういうこと(21世紀初頭の10年間の戦略)を皆でやっていこうという中で、たまたま縁があって私が社長になったんです。じつは私は社長になる前からずっと、「自律」ということを言ってきました。私流の勝手な解釈ですが、「自らの意思で、自ら考え、自ら行動することをもって自律という。その『自らの意思』がなければ、創造性はけっして生まれない」と、私は社内で話してきたんです。

財部:
なるほど、そうですね。

作田:
たしかに社員も、自ら考え、自ら行動することは一応できています。でもあえて、私が改めてそんなことを言うのは、大事なのはそれは「自らの意思」か?ということ。「自らの意思」で仕事をした方が絶対に仕事は面白いし、「『自らの意思』が働くところに創造性が生まれる」と信じているからです。言われたことをどう効率的にこなし、仕事を素早くやって儲けるかという発想からは、創造性はけっして生まれてきませんよ。

財部:
オムロンさんは「スモール・バット・グローバル」とよくおっしゃっていますが、客観的にみるとそれなりの規模を持つ大企業です。その中で、作田社長が言われた「自らの意思」というものを、社員たちが心の中に持つということは、なかなか難しいですよね。むしろ、じつはどの会社でも、ほとんどの社員の人が持てていないと思うのですが――。

作田:
そうですね。

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財部:
もっと言えば、もともと年功序列制度は「自らの意思」というものを持たない。あるいは年功が、そういうものをだんだんともみ消していく。言ってみれば、これがかつて日本企業が発展を遂げてきた成功体験の、ある意味では中核的な仕組みだったと思うんです。だからこそ、皆が「自らの意思」を失っているのではないでしょうか。

作田:
いま財部さんがおっしゃったことなんですが、私の頭の中ではこのように理解しています。一昔前、私は昭和43年の卒業ですが、その頃はまだ皆が貧しかった。実際、私が工学部に行った最大の理由は、「理工系に行けば食いっぱぐれることはない」と親が言ったからなんです。まあ私が中学、高校の頃はそんなものだったわけで、理工系に行くと、だいたい100%大企業に入ることができた。結局のところ、昔は、貧しさに耐えて豊かになるということで、人間の本質的な欲求を抑え込むことができたと思うんですよ。

財部:
そうですね。

作田:
ところが日本は豊かになり、いまではもう、そんな状況ではなくなっている。だからワンパターンの、昔流のマネジメントではもう駄目です。むしろ、「もっと本能をさらけ出して、『君は何がしたいのか、そして、どうすることが楽しくて幸せなのか』、ということを思い切って主張しなさい」ということでなくてはならないと思いますね。

財部:
はあ――、作田社長はそういう考え方で経営をしておられるんですね。それこそ、先の「パッション」と、根の部分で通じるようなお話です。実際、いま一般的に、大卒の新入社員の場合、3年間で3人に1人が会社を辞めてしまうといわれています。私はこの問題に非常に興味があって、先日30歳前後の若手社員を集めて座談会を行ったばかりです。そうしたら、そこに集まった4人のメンバーのうち、1人は4回、もう1人は2回も転職を経験しているというんですね。残り2人のうちの1人も、じつは転職情報サイトに登録していて、「もう会社を辞めます」ということでした。彼らによれば、大学時代の仲間の約半数が転職経験を持っているといいますから、そういう中で、企業が社員に理念を浸透させ、かつパッションを持って自律的に行動することを教えるのが、非常に難しくなっていると思いますが。

作田:
うーん、まあ難しいですよね。ですから結局、全員について社長みずから一対一というわけにはいかないまでも、社員とディスカッションを重ねていくしかないのではないでしょうか。

財部:
なるほど。作田社長みずからが中心になり、教育していきたいということですね。

作田:
じつは私自身も、そういうことを結構やっていましてね、だいたい一回に10人ぐらいを対象にして、社員と話しているんです。やはり10人を超えると、私が一方的に喋るだけになり、ディスカッションにならないですからね。

財部:
どのようにやるんですか?

作田:
一応、私が会議室の前の方にいて、語りかけるようなスタイルですが、はっきりいって気分次第、言いたい放題という感じでしょうか(笑)。この間も、人をテーマにして社員と話したばかりですが、「私はこう思う」という段になって、結構笑いも飛び出すような雰囲気です。

財部:
なるほど、そうですか(笑)。それから、私がぜひ伺いたいと思っているのは、年功序列と成果主義の関わりです。やはりマスコミは非常にお粗末で、相変わらず「年功序列制度が終わって成果主義になった」といっています。でも実際にはそんなことはないわけで、日本企業は依然として、年功序列というレールに乗っているんです。そしてその上に、成果主義というものがプラスアルファで乗ってきて、若干アラウアンス(allowance:許容)が広がってきたというのが現在の状況で、その許容範囲がどのレベルかという点で、企業ごとにかなり差があると私は思うんです。

作田:
そうですね。

財部:
その意味で作田社長は、いまおっしゃったような考え方、あるいはオムロンの理念をベースに置かれたうえで、なおかつベンチャー的な創造性を発揮していこうと考えているのだと思います。その際、作田社長が一番重要だと考えられている企業理念をどのように、組織づくりや社員の評価に反映していくのでしょうか。

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作田:
まずは昨年、オムロンの社憲をよりわかりやすくシンプルなものに変えました。でも、そこで言おうとしていることはずっと一緒で、ソーシャルニーズをとにかく掘り起こそう、そのために、第一にベンチャー精神、第二にチャレンジ精神を大切にしよう。加えて、それらの精神を支えているのは人間だから、第三に、人間性を大事にする経営をしよう、ということなんです。それから当社もMBO(目標管理制度)で成果評価をしているわけですが、昨年から導入を考え、その「業務目標」の中に「自分が企業理念に対してどう行動したか」という項目を今年から入れ始めたんですよ。

財部:
ほお、評価の中に?

作田:
はい。また最近、企業規模が少々大きくなって、外国人だけでも3分の2を占めるようになったので、オムロンの企業理念を24カ国語に翻訳しました。それを通じて、全世界の3万3800人の社員に、企業理念の本来の意味を正しく伝えようという取り組みを、去年から始めています。もっとも、全社に経営理念が浸透し、それが各社員の行動となって現れるには10年はかかるでしょうが、そういう中で、やはり企業理念を評価項目に組み入れなければならないと感じたわけです。

財部:
そうなんですか。

作田:
私はよく「ワンストライクアウト」という言葉を使うんですが、われわれにはやはり「一発でアウト」になるような、絶対にやっちゃいかんことがある。で、当社の場合、それを判断する「拠り所」が企業理念であり、「行動指針」であると思うんです。もちろん、これであまり社員をがんじがらめにするつもりはないですが、やはりはっきり示さないといけない。とくに、社長の場合は100%が「企業理念の実行」に沿ったものでなければならないし、役員クラスなら3分の1、たとえ新入社員でも数%はそういう部分があっていいのではないか、と、先日話したばかりなんですよ。

財部:
それが評価に繋がってくるとなると社員は理念と向き合いやすくなりますね。

作田:
それから、さきほど財部さんがおっしゃった年功序列ということを、じつは自分なりにまったく違った言葉で新入社員に話しています。それは「会社に対しての忠誠心というものを、新入社員の皆さんに私はとやかく言わない」、と言っているんです。私の経験からすれば、「3つのロイヤルティ」の段階というものがある。それは第1に、「仲間に対してのロイヤルティ」。新入社員の君たちは、すぐに仕事ができるわけではない。会社というものはたくさんの人が集まって、役割分担をして成り立っている。その結果、オムロンという会社がステークホールダーから評価されているわけだから、その構成員として、まずは一緒に働いている仲間に対して忠誠心を持つことが大事だ、ということですね。

財部:
なるほど。まずは仲間を大事にする。

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作田:
私は、入社10年ぐらいはそれでいいと思うんです。経験上、入社10年目ぐらいになって仕事がそこそここなせるようになる。会社側からすると、ようやくプラスマイナス・ゼロからプラスに転じるわけです。その頃になって私は「仕事に対するロイヤルティ」を持てと話しています。じつは私は転職をあまり否定していないんです。もともと「仕事に対する忠誠心」いう意味で「就職」すればいいわけで、「就社」するから話がややこしくなる。そしてさらに10年が経ち、彼らが社歴20年目を数える頃になってから「会社に対するロイヤルティ」を持てばいいのではないか、と僕は考えています。

財部:
仲間、仕事、会社と3段階で忠誠心を重ねてくればいいと。それは面白い考え方ですね。

作田:
だって、大学を卒業したばかりの人間が、「社長、私はオムロンに対する忠誠心にかけては絶対的なものがあります!」といわれてもちょっと気持ち悪いでしょう(笑)。「そんなの嘘だろう」と思いますよね。

財部:
ははは――。