株式会社村田製作所 村田 泰隆 氏
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「村田製作所の強みは何か」と全社員に問いかけた

株式会社村田製作所
代表取締役会長 村田 泰隆 氏

財部:
最初に、今回ご紹介いただいたオムロンの作田社長とのご関係から伺いたいのですが。

村田:
そうですね。立石会長とは、以前から京都の経営者仲間ということで、一緒に活動もやり、親しくしていただいていまして。京都のいろいろな経営者の会合でもしょっちゅうお会いしていました。で、(オムロンさんは)お客様でもありますから、今度は作田さんが社長に就任されたということで、食事をしながらお話する機会を得まして、それからあちこちでお目にかかるようになったんです。たとえばJEITA(電子情報技術産業協会)の会合などで東京に行くときに、作田さんと結構顔を合わすことがあり、それでよくお声をかけていただいたり、こっちが声をかけたりということで、お付き合いがありましてね。

財部:
お目にかかったばかりで、こういうことを言うのは恐縮ですが、村田さんと作田さんとは、タイプがまったく違いますよね。作田さんは、言ってみれば創業家からではなく、プロパーの人間として社長になられました。その際、かなりドラスティックな話もあったようですが、会社としてずっと創業家でいくということもあるでしょうし、逆に「そうではない、どこかで変わらなければならない」という考え方もあるかもしれませんよね。

村田:
はい。

財部:
そういう作田さんのお話から私自身、問題意識を抱いたのですが、村田さんがなぜこのタイミングで社長を交代され、会長になられたのか。その辺からお話を伺えるとありがたいのですが。

村田:
これまで会社の経営でいくつか目標を立て、それに向かってやってきた中で、現在進行中の長期計画を除き、そのほとんどを達成しました。ほかにも、全社売上に対する新商品の比率といった数々の指標。あるいは配当、株主への還元についても、必ずしも言われたときではなく、自ら適切なタイミングを見計らって増配するというようなこともやりました。ですから、そのうえで今後、私とは違った見方ややり方で会社を経営していくことによって、長期計画が達成しやすくなるのではないかな、と。

財部:
なるほど。

村田:
自分のやり方のままだと、従来の延長線上になってしまいます。やはり、会社というのは変化を起こさなければならないわけで、いくら同じ人がさまざまなことを手がけても、10年や20年やっているうちに、マンネリ化したり、パターンが決まりきったものになる可能性も非常に高い。ですから変化をもたらすためには、人を替えればいいということがあったんですね。

財部:
村田さんが44歳のとき、非常に若くして社長になられてから、16年が経つわけですね。その中で、16年という時間にはどういう意味合いがあったのでしょうか。経営者にはいろいろな方がいらっしゃると思うんですが、目標を達成されたといっても、自分から身を引いていくということは、なかなか難しいところがありますよね。

村田:
そうですね。

財部:
機械的に6年なら6年で社長が交代していくのは、これは極めて簡単な話で、ほとんどがサラリーマン経営者の会社です。ところがオーナー色の強い会社になると、これは本当に難しい話になってくると思うんです。そうなると、社長を16年続けられたというのは、長いと言えば長いですが、村田さんのご年齢からすると、まだまだ若いともいえますね。

村田:
周囲を見渡すと、電子部品の世界でもオーナー経営の会社が結構ありまして、そこの社長さんたちも、だいたい私と同じような年齢です。彼らの中には、私よりも長いこと社長をやられている人も結構いますし、その大半がまだ交代しそうもなく、もっと長期政権になりそうに思うんです。ところが私は、「物理的に社長をこれから10年もやって引退したら、おそらく体力がなくなって、その後、やりたいことがやれなくなってしまう。そんなときに引退しても意味がない」、と思いました。

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財部:
やりたいことというのは、村田さんは、蝶の研究でも世界的に有名ですね。

村田:
それもありますしね。写真もそうですし、私はじつは音楽も40年以上好きで聴いているんですが、これもずっと仕事の制約がありましたから。

財部:
いずれにしても、村田製作所という会社の経営に対して、ご自身としては一通りの達成感を抱いていらっしゃいますか?

村田:
はい。でも、会社の仕事からそう簡単に離れられるとは思わないので、取締役会議長を兼任し、代表取締役のポジションは降りずに、日頃の経営会議もオブザーバーとしてできるだけ出ています。つい先週も会議に出て、意見をいろいろと言ったんですが、意思決定はすべて社長に任せるというやり方は踏襲したいと思います。

財部:
社長のバトンタッチというのは、最も大きな経営判断ですよね。それをこのタイミングでやろうというのは、いつ頃から決めておられたんですか。

村田:
2年、あるいはもう少し前からですね。60歳になったら任期16年になるから、ちょうどいいのではないかと思っていました。

財部:
そうすると、その2年間で、準備をされていたんですか。

村田:
ええ。それは本人にも打診もしていました。私が海外生活をしたのは学生の頃しかなかったんですが、今度の村田恒夫社長は、アメリカに技術屋として6年、ドイツに経営者として4年赴任し、現地生活をしています。そういう豊富な経験を持ち、長年営業担当の副社長としてやってきた。普段から技術も勉強していて、私よりもずっとよく知っているんです。それで技術の成果発表会にも一緒に出て、必ずコメントをもらうようにする。あるいは、自分で工場に行ってもらって、現場のことについて勉強してもらう、というようなことを行ってきたので、もう幅の広さについては私よりも十分ではないかと思いましたね。このように2年間、とくに工場回りと技術は勉強しておりました。

財部:
克明にみていくと、かなりしっかりと、後継者につないでいく期間があったということですね。

村田:
そうです、進捗状況もわかるわけですからね。もっとも自分のときは、そうはいきませんでした。(笑)。今の新社長に対しては、「工場の現場を回ることによって、実際にどんな問題が起こっているかを直接学び取ってほしい」と言いましたが、私のときはとくに何も言われずに、ぽこんと放り出されましたからね。

「技術・製品・市場」の10年先のロードマップを描く

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財部:
今回お邪魔するにあたって、電子部品業界の事情について、少し勉強をしてきたんですが、意外なことに、経営者の方が現場に行かないということがよくあるようですね。電子部品の世界では、トップが現場に行かない、それでも良い会社がいくつかあるということで、それを徹底的に主義として貫いているということに、非常に違和感を覚えたんです。ところが、村田製作所さんの場合はそうではなく、「現場、現物、現実」ということをもの凄く強調されていましたし、事実、新社長にもそうされた。実際のところ、御社の現場に対する考え方とは、どのようなものですか。

村田:
それはもう、創業者の頃からの遺伝子みたいなものですね。当社は、ものづくりをしている会社だし、ものづくりをすることによって、さまざまな新しいものも生まれ、コストダウンもできる。だから、ものづくりの現場を知らずに空論を言ったところで、何の行動にもつながらないんです。

財部:
なるほど。

村田:
逆に、トップがつねにものづくりの現場をみていることが、新しいアクションにつながることになる。当社はモノを作っている会社ですから、多くの従業員を抱えていても、営業や間接部門の人よりも、現場でモノを作っている人たちの方が、構成比率から言えばはるかに高いわけです。

財部:
なるほど、そうですね。

村田:
だから、社長が直接工場をみて問題点を把握する「工場診断」でも、最初は部門長や部課長の管理職から報告を受けていましたが、それはやめて、現場の班長や作業者に直接話を聞くことにしました。彼らと一緒に昼食を食べたり。そのうえで、何が問題なのかを聞き出すという、現場に直結した形に変えました。

財部:
それはいいですね。村田製作所さんの場合、三次元マトリックスというような独自の組織形態があるわけですが、やはり経営者は全てを理解しなければならないのでしょうか。

村田:
そうだと思います。創業者はカリスマ的な存在で、すべてを理解していましたね。私は工場診断をするときぐらいしか、現場に行けませんでした。それでも平均で毎月1度は工場に足を運んでいたのですが、会社の規模が大きくなってくると、創業者と同じような頻度で現場に通うことは難しい。同じ現場に行くにしても、その場所をいくつかピンポイントで選んでおかないと、時間的な余裕がないわけです。そういうわけで、(現場主義経営を)やっている密度という意味では、創業者は非常に細かいところまで知っていましたし、私はいまだに、そのレベルには達していないと思います。

財部:
やはり規模と広がりがまったく違いますからね。経営者が現場に行くという話も、ややもすればモチベーション管理に重きがあって、乱暴な言い方かもしれませんが「行きさえすればいい」というところも無きにしもあらず、なんですね。その点、村田さんのお話を聞いていると、かなり違う感じがしますね。

村田:
たとえば、ある製品のコストダウンを達成したときに、「なぜその材料を選んだか」など、具体的なポイントがあるわけですが、その多くは現場の担当者みずからが考えたはずのものであり、上司の部課長に言われてやったとは限りません。そこで私は、「その判断基準は何なのか」という見方で、質問をしていくわけです。現場担当者に質問をすること自体も楽しいし、彼らが本当に何を考えて、そういうことをやってくれたのかが直接伝わってくるので、非常に興味深いんです。

財部:
話変わりますけれど、じつは私は、製造業に対して、非常に強い問題意識を持っているんです。とくにこの10年ぐらいの間、メディアが「日本の製造業は駄目だ」と書き立ててきた中で、「日本は製造業なしには成り立たない国だ」ということを強く言ってきたつもりです。実際、格差や何だという問題はあるにせよ、現実に景気が回復したのは紛れもない事実であるわけで、その原動力をみると、やはり製造業ですから。

村田:
そうですね。

財部:
私自身、BRICsなどの新興市場を取材し、エレクトロニクス業界を始めとする日本勢の惨憺たる姿を目の当たりにして、「日本の製造業は5年後、10年後にはどうなってしまうのだろう」と、心配になってきました。多くの方が「技術だ、技術だ」と言っていますが、私は「むしろ大切なのは、技術ではないのではないか、技術もさることながら、新たなマーケットを開拓していく営業力なりマーケティング力がなければ、この国は成り立たない」と最近ほんとうに思い始めているんです

村田:
なるほど。