三菱重工業株式会社 西岡 喬 氏

誰かがやらなければ、日本の航空機産業の芽はなくなる

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財部:
こうした中、僕が非常に興味を持っているのは、国産初のジェット旅客機『MJ』、すなわち『三菱ジェット』なんですが、いま、どんな具合なのでしょうか?

西岡:
『MJ』については、現在われわれが考えている技術的価値を、本当に製品に付加できるかどうかを詰めている段階です。やはり、製品を世の中に出して、将来きっちり売れていくためには、革新性の度合いが重要です。実際、100人乗りの旅客機なんていうのは、世の中にいくらでもあるわけですから、よほど革新的な素晴らしい飛行機でないと――。世界中に、中古でいくらでも安い機体があるわけですからね。

財部:
ええ。

西岡:
一般的に、100人乗り規模の旅客機を多用するエアラインの多くは、経営基盤が必ずしも盤石とはいえません。ですから何としても、そんな世界中のエアライン各社が『MJ』を利用することで、利益を出せるようにしたいと考えています。

財部:
『MJ』が、各エアラインの利益に貢献するポイントは何でしょうか?

西岡:
たとえば、各エアラインの路線に就航している機体の飛行時間は、せいぜい1時間から2時間半。ということは、旅客機のスピードを上げても、エアラインにとってほとんどメリットはありません。となると、やはりポイントは低燃費になるわけです。最近では環境問題ももちろんですが、それ以上に、各エアラインにとっては燃料代が大きな負担です。もちろんパイロットの人件費も高いですが、操縦席の定員自体が決まっていますから、コスト負担はそのぶん限定されます。ということは、やはり燃費が良いことに加え、機体のイニシャルコストの安さが『MJ』成功における最大のポイント。この2点を徹底追求し、それがほんとうに実現可能かどうかを、来年まで1年間かけて詰めていく予定です。

財部:
そうですか。

西岡:
それから、もう1つの検討事項は、やはり開発費の問題です。旅客機の場合、おおまかに単価に対して50〜100倍の幅で開発費を見積もるわけですが、それからしても『MJ』の開発には1200〜1300億円はかかるでしょう。しかも飛行機メーカーは、たとえば脚やインスツルメントまでを自社で製作するのではなく、部品メーカーや協力工場にフィックスで発注を出すわけです。となると、各部品メーカーや協力工場から必要な製品を1個づつ買っていたら、単価が非常に高くなるので、部品1つにしても数10機分はまとめ買いをしないと、互いにペイしません。

財部:
そうですね。

西岡:
となると、われわれは約1200億円規模の開発費に対し、4000億円ぐらいのキャッシュフローはみなければならないことになります。その場合、プロジェクト自体がはたして本当に財務的に耐え切れるかどうかを、いま一所懸命に検討しているところです。

財部:
それは大変ですね。

西岡:
従来は、こういうプロジェクトも、すべて1社でやり切ろうという感じでしたが、今回はさすがに規模が大きいので、国のさまざまな機関や銀行、商社さんに対しても、この『MJ』を開発するために必要な投資の働きかけを、一所懸命に行っています。というのも『MJ』のペイライン達成、すなわち累損解消のためには、だいたい400機を販売する必要があるからです。ちなみに、あのボーイング社でも、つい最近まで『727』しか採算が取れていませんでした。ようやく『737』、『767』、『747』がペイラインに達しはしましたが――。

財部:
航空機ビジネスは、そこまで厳しいのですか。

西岡:
たとえば『エアバス』は、こういう計算をしたら、まったく採算が合わないと思います。事実、エアバス社は3兆円の借金を抱えたままですからね。

財部:
そうなんですか。

西岡:
われわれが会社としてやっていくうえで、仮に3兆円の借金を背負ったら、単純計算で借入金利が年10%の場合、毎年3000億円を返済に充てなければなりません。

財部:
そうなると、1企業の問題ではなく本当に国家として、そういう技術なり航空産業をどう考えるか、ということになってきますよね。

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西岡:
そうですね。ところがそれも、すでにアメリカと欧州にしてやられた、という感じです。というのも、かつてボーイング社とエアバス社は、旅客機の開発をめぐり、徹底的に争いました。実際、エアバス社は3兆円に上る国家補助を受けて、あそこまでのし上がったわけです。だからボーイング社は徹底して、そうした欧州の保護政策を批判しました。ところが欧州の方は、アメリカにおけるボーイング社の成功は、すべて軍事分野の研究開発で儲けた金によるものではないか、と反論したわけです。

財部:
そうなんですか。

西岡:
ところが、その論争を通じて、双方が「旅客機開発における国家の援助額は、開発費の30%以内に抑えよう」という妥協が成立しました。それ以来、事実上、その「30%枠」を超えて、国が民間の旅客機メーカーを援助することはできないことになっているんです。

財部:
ちなみに『MJ』について、国からの援助はあるのでしょうか?

西岡:
おそらく、あると思いますね。いずれにしても、それ以外の資金は自ら調達するか、どこか一緒にやってくれるところを探すか、ということになります。

財部:
ほんとうに重要なのは、資金面なんですね。

西岡:
しかも旅客機ビジネスでは、機体が完成した矢先に注文のキャンセルが出て、景気が悪くなることが少なくありません。契約時にお客様から1次金をいただくにしても、その額はかなり少ないんです。

財部:
では逆にいえば、それでもなお三菱重工さんが『MJ』に真剣に取り組んでいる理由は、何なのですか?

西岡:
このまま放っておいたら、米国と欧州にエアライン向けの航空機は、ほぼ押さえられてしまいます。そうなると、これから日本の科学技術がどれだけ進歩しても、将来を考えた場合、本当に国を支えて行くだけの大きな産業がみえなくなってしまう、ということが1つあるわけですね。

財部:
なるほど。

西岡:
航空機産業について、将来見通しをやりますとね、ほぼ8%で代替需要が伸びていきます。ですからその意味でも、航空機を捨ててしまうのはやはり惜しいですね。実際、われわれはボーイング『747』から始めて徐々にシェアを増やし、いまでは当社の分担率は約30%に達するまでになりました。こうした努力を通じて、当社は航空機技術のポテンシャル、あるいはバウンダリー(境界)を固めてきたわけです。

財部:
そうなんですか。

西岡:
やはり、われわれがメインとなって日本の飛行機を作りたい、という夢を持っていますから。かつて国が『YS11』を開発しても駄目でした。それから三菱重工も、ビジネスジェット機『MU2』と『MU300』を開発し、1社でできる最大限の努力をしたものの、結局は長続きできませんでした。したがって、次の失敗はもう許されないのですが、やはり誰かがやらなければ、日本の航空機産業の芽はなくなってしまうに違いない。こうした思いが、やはり、いまわれわれが必死になって『MJ』を手がけている理由です。

財部:
ええ。

西岡:
すでに当社は、それだけの技術を持っています。だから、あとは機体を安く作れるどうか。また販売網の開拓も課題ですね。

財部:
各商社さんも、ずいぶん業績が上向いてきましたから、アライアンスを組むための環境はずいぶんよくなっているのではないですか?

西岡:
そうですね。それはいいのですが、やはり初物ですからね、極端にいえば。それに途中で挫折した経験も持っているだけに――。

財部:
でも、ぜひ頑張っていただきたいと思いますね。それから最後に、プライベートのお時間の過ごし方についてもお伺いしたいのですが。

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西岡:
僕は、学生時代からずっと天体写真の撮影が趣味で、八ヶ岳に自分の天文台を持っています。それで以前、キヤノンさんに天体撮影用のカメラを受注生産で作ってもらいましてね。その際、御手洗さんにも「西岡さんが満足するようなものを作れ」と社内で話していただいたんです。

財部:
そうなんですか。ぜひ、そのカメラで撮った写真を、当ホームページの対談コーナーに掲載させていただけると、ありがたいですね。

西岡:
そうですか。写真はいくらでもありますよ。その中から、適当なものを選んでいただいて結構です。なかでも僕は、彗星はハレーから何から皆捕まえて、だいたい自分で撮っていますからね(笑)。

財部:
本日はどうもありがとうございました。

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(2006年12月26日 港区港南 三菱重工業本社にて/撮影 内田裕子)