三菱重工業株式会社 西岡 喬 氏

ベトナムには、はかりしれない成長のポテンシャルがある

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財部:
実際にベトナムに行かれた印象は、いかがですか?

西岡:
やはり、われわれが(事業所を)出していくには安定した場所ではないかと思いましたね。

財部:
ほお。

西岡:
私がみたのはハノイだけですが、キヤノンさんの工場にしても、ベトナム人たちの勤労意欲の高さや真面目さが印象的です。その点、非常に日本に似ているところがあるかもしれません。加えて、日本に対する強い親近感。これが現地トップから末端の従業員まで、ずっとあるわけです。ですから、やはりわれわれとしても、今後はベトナムと一緒になって伸びていく必要があるだろう、と思いましたね。

財部:
ある意味で、最近、中国と比較して相対的にベトナムの評価が高まってきた、ともいえそうですが、その場合「中国市場と隣接した場所に、良質な労働力のあるベトナム」という位置付けは可能でしょうか?

西岡:
今のところ、ベトナムは中国ほど市場が大きくなっているとは思えません。やはりベトナムは、まだオートバイの時代であり、それが自動車にまで行き着かないことには、経済の全体的な底上げにはなりません。しかし、そこまで行くには、まだインフラなどが整っていないと思いますね。

財部:
そうですね。

西岡:
その意味でも、今からきちんと一緒になって、(日本とベトナムが)協力してやっていくには非常にいいだろうと思います。(日本企業の多くも)ただ「対中国」としてみているわけではないと思いますよ。

財部:
なるほど。

西岡:
当社でも、かなり中国事業を行っていますが、どんな国にしろ「安い労働力を得よう」と思ってやるのは間違いですね。それから私は「大きな市場があるからやろう」、という打算的な考え方で、外国には出ちゃいかんと思っているんです

財部:
ほお。

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西岡:
やはり、外に出る以上は「その国とともに生きていく」とういうつもりでやらないといかんし、そのためには、まず日本の中での雇用の確保が第1です。とくに、われわれの会社の場合、株主ももちろん重要ですが、やはり国、社会、従業員があって、それから株主、という関係でみていかないと製品がよくなりません。その意味でも、三菱重工には海外で製作している製品があまりないんです。

財部:
そうなんですか。

西岡:
必ず、日本だけでまず作る。ただしベトナムに関しては、今後航空機産業なども発展させていくうえで、長い目で付き合っていく必要があるとみています。とはいえそれは、これから何年も先の話だろうとは思いますが。

財部:
じつは、私の息子が一昨年前からアメリカの大学に通っていまして、そこで一番仲良くなったのがベトナムの留学生だったんです。その留学生の話を聞くとですね、いま日本国内で「これからはベトナムだ」という評判が高まる一方で、ベトナムの子達は非常に貧しいという。そんな彼も、奨学金を取ってアメリカに来ているという、非常に優秀な学生の1人なのですが――。

西岡:
そうですか。

財部:
ところが、私が考えさせられたのは、彼を始めとするベトナム人の留学生たちに「将来どうするのか」と聞くと、他の留学生は皆、「国に帰る」とか「国の役に立ちたい」というのに、その彼だけは「アメリカに残る」というんです。僕がその理由を聞くと、彼は「ベトナムに帰ると、本当に自分の身を立てるような仕事がない」と話していました。こうした現実がある一方で、日本ではいまベトナム流行りで盛り上がっているわけですが、そこに実際に行かれて、西岡会長はどうお感じになりますか?

西岡:
それは、いまのベトナムの留学生だったら、たぶんそういう感覚を持つんじゃないかという気はしますね。ただし、たとえばキヤノンの現地工場へ行きますと、ベトナム人の従業員たちが、工夫を凝らし、プリンターなども1つひとつ手作業で作っています。あんな節々のある部品なら、オートメーションでザーッと流すのが普通だと思うんですが。

財部:
はい。

西岡:
たとえば作業場に置いてある「ジグ」(機械加工の際、刃物や工具を固定し、部品の加工位置に正確に当てるための道具)も、そこではほとんど竹細工で作られているんです。

財部:
竹細工?

西岡:
ベトナムでは竹がたくさん採れるんです。そこで従業員が工夫を凝らし、竹を使って、物を置く台から組立用の台座までを作っています。毎日毎日、ベトナム人の従業員たちが、現場の改善活動でそうしたアイディアを出してきているんですよ。

財部:
そうなんですか。

西岡:
日本でも戦後間もない頃、われわれは一所懸命働いて「いいものを作ろう」、「便利なものを作ろう」と下からの改善活動を行ってきたわけですが、ある意味でそれが現在ベトナムで生きていると思うんです。ですから、まだ何年もかかると思いますが、やはり当面はベトナム人たちの勤勉さや高い労働意欲に期待するとしても、将来的には国そのものが非常に伸びていくポテンシャルを持っていると思います。現在、ベトナムの人口は約8300万人ですが、あと数年で1億人に達するだろうとみられています。しかも、国民の半数が20歳未満で、平均年齢が25歳といいますからね。

財部:
それは若いですね、25歳ですか。

西岡:
ええ。ですから現地に行ってみると、やはりそのエネルギーを感じます。それに現在では、数多くの日本企業がベトナムに入ってビジネスを行っていて、ベトナム人たちも日本人を信頼してくれている。やはり信頼感が国家間にないと、ビジネスは難しいですよね。

製品の長期にわたる信頼性こそ命

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財部:
それにしても、重工さんについて調べれば調べるほど、「この会社を経営するのは本当に難しいだろうなあ」と痛感する部分があります。その1つは、御社が手がけている事業領域が非常に広いこと。しかも国防を始めとして、国益そのものを背負っている会社であること。それでいて、絶えず先端技術を追いかけていかなければならないし、純然たる民間企業として、収益も上げていかなければならないですから大変ですよね。

西岡:
そうですね。

財部:
また80年代、90年代からずっと御社の歴史を拝見すると、業績が大きく低迷した時期もありました。でもここへ来て、決算もずいぶん上向いてきたようですが、御社ではどんなことを経営の重点に置かれているのでしょうか。

西岡:
当社には、いわゆる一般消費者にお納めしている製品は、ほとんどといってありません。われわれが製品を納入するのは、大部分が国や官公庁、加えて企業です。つまり各企業あるいは国や官公庁自体が、ある目的のために当社に製品を発注される。それに応えて、われわれは製品をお納めするわけですから、お客様にしてみれば「とにかく信頼性のあるものを作ってもらわないと困る」ということになるんです。

財部:
はい。

西岡:
しかも、われわれの製品は非常に息が長いというか、製作自体に数年かかるものも少なくありません。ということは、われわれがそれほどの期間をかけて作った製品に対して、お客様はある意味で、将来を考えて投資されているわけです。実際、当社の製品の多くは10年、20年、30年と長期間にわたって使われています。ですから10年、20年、30年という時間が経ってもなお、当社の製品が競争力を持っていないと、お客様は非常に困ってしまうわけですね。

財部:
はい。

西岡:
もちろん、機器に初期トラブルが起きても困る。それから、1つの製品をずっと使い続けられなければ困る。しかも世の中がこれだけ厳しくなってくると、(製品を)使われる方としては、できるだけ初期投資を大きく、三菱重工の製品をできるだけ長く使いたい、と思われるわけです。それゆえ、われわれがたとえば飛行機を耐用年数10年のつもりで作っても、お客様はそれを20年、あるいは30年経っても離さないわけですね。そのため、ついにはお客様が製品を壊れるまで使う、という構図ができあがってしまうわけです(笑)。

財部:
そうですか(笑)。

西岡:
これは原子力分野でも同様で、初期設計ではたぶん耐用年数を10年程度で見積もっていると思います。ところが、装置が稼働して30年経っても健全に動いていると「今度は60年使おう」という話になっていくわけです。こうなると、やはり技術というものと、製品の持つ信頼性を確かなものにしていかないと、お客様が非常に困るんですね。

財部:
なるほど。

西岡:
正直いって、われわれの会社が利益を中心に動いた時期もありますが、結局は失敗しました。というのも、これだけ高度化された製品、あるいは高度化しつつある製品を手がけつつ、利益の追求――つまりコスト削減をやりますと、技術屋がその場で(製品を)みて確かだと思っても、うまくいかないことが多いのです。

財部:
それは、どういうことでしょうか?

西岡:
たとえばH2Aロケットについて、当社が手がけたプロジェクトで失敗したケースは1件だけですが、約100万点ある部品に一箇所の不具合もなく、ロケットが完成することはまずありません。実際、製作途中で部品に何らかのトラブルがあったり、手直しをする必要がいくつも生じます。その際、技術屋は現在の技術を駆使して渾身丁寧に部品の手直しを行います。ところが、それが10年前に設計されたものである場合、その部品の信頼性に対する探求の徹底ぶりが、10年前の技術屋といまの技術屋とでは大きく異なるのです。

財部:
はい。

西岡:
そこで当社としても、自社技術の伝承をきっちりやらせているつもりですが、図面上では表現できない技術は、なかなか伝わりにくいものです。それが災いして、現在の技術屋が「この程度でいいのではないか」と、ふと思ったことが裏目に出て、トラブルが起こるケースが非常に多いんですね。

財部:
そうなんですか。

西岡:
コストダウンに話を戻しますが、たとえば「この製品に使用される部品点数がこれだけだから、集約化しましょう」ということから、だいたい話が始まります。その際、技術屋本人も(各部品の強度や耐久性などについて)確認を繰り返したうえで、コストダウンにOKを出すわけですが、いざ製品が世に出て1、2年もすると、部品がもたないとか機器のトラブルが発生することが少なくありません。そうなると、たとえば当社の機械を使って製品を製造されているお客様の現場で、製造ラインがストップするなど、非常に大きな問題が起こってしまうんです。

財部:
なるほど。

西岡:
このように、かつてわれわれは、コストを中心としたやり方で非常に辛酸を嘗めました。とはいえ当時は、「技術屋としては、製品のコストを下げることは難しいから、全身全霊を傾けて取り組むはずだ。したがって、絶対に信頼性を損なうことはないだろう」という信念の下に、われわれはコスト削減に取り組んだのです。

財部:
はい。

西岡:
ところが、それがほとんど裏目に出たということなんです。そこで「あまりコストといってはいかん。むしろ信頼性を高めることの方を重視し、その中で、いかにしてお客様に満足していただくかを追求する。値段は少々高いかもしれないが、われわれの製品は間違いなくいいものです」といえるような方向へ、振り戻しを行ったところですが、やはり難しいものですね。

財部:
利益を追求した時代、あるいはコストダウンに邁進された時代というのは、時期的にはいつ頃のことでしょうか?

西岡:
やはり、10年ぐらいだと思いますね。

財部:
この直近の10年、ということですか?

西岡:
ええ。平成の始め頃から10年間ぐらいです。われわれの製品には息が長いものが多いので、10年かかって方針が狂ったとすれば、軌道修正したあと10年経たないと、元には戻りません。とはいえ、ライフサイクルが短い製品は、軌道修正後数年で非常に良くなり、お客様から高い満足をいただいています。また、息の長い製品についても、かなり時間はかかりましたが、最近では非常に信頼性が高まってきたと思いますね。

財部:
でも、だからといって、「全く儲からなくてもいい」というわけにはいかないですよね。

西岡:
はい。ですから逆にいえば、僕は、利益を出せるところは出したらいいと思います。けれども最近では、たとえば鉄などの材料がどんどん値上がりしているので、いくら頑張っても製造コストが上昇してくるわけですが――。

財部:
それは大変ですよね。

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西岡:
ですから当社は、国なり社会なりの発展に資するような最先端の技術を常に持っている。そして、(三菱重工の製品のユーザーが)アメリカにも欧米にも絶対に負けないようなものを作れる製品を、国内外のあらゆる場所にお納めしている。そうしたわれわれの事業内容に賛同していただける株主様に、長期的な視点で評価していただきたいと思います。

財部:
そうですね。いまアナリストの評価もどんどん短期間になっていますよね。アメリカでも最近では「4半期決算」が当たり前になってきていて、「ミッド・クオーター」なんていう、目まいがするような言葉を使っていますから。

西岡:
そうですね。じつは当社でも、かつて製鉄機械が大幅な赤字を記録していたことがありました。それで当時、アナリストの皆さんに「製鉄機械をなぜ捨てないんだ」といわれました。そのとき私は「どの産業でも繁栄と衰退を繰り返すから、持ってなくちゃいかんです」と答えたのですが。

財部:
その通りですね。実際、いま製鉄部門は非常に景気がいいですからね。

西岡:
仮にいま、われわれが製鉄機械をなくして、たとえばドイツからの製品輸入に全面的に切り替えたらどうなるか、ということです。これは航空機産業などをみていて、知り尽くしていることなんですが、いったん海外メーカーが主導権を握ったとたん、彼らはいくらでも製品の値段を上げてきます。それに、製鉄機械を作る技術はいくらでも「横通し」が利くわけですから、(日本の製造業の将来を考えても)、この分野を事業として持っていなければなりません。

財部:
そうですね。

西岡:
ところが、私がそんなことを話すやいなや、アナリストの方から「西岡さん、あなたは首相じゃない。株主のことを忘れてもらっちゃ困る」と、よくいわれたものです。

財部:
そうなんですか。

西岡:
現在では佃社長に、国内アナリストへの説明会に加え、欧米にもできるだけ行ってもらい、われわれの考え方を理解してもらうための努力を続けています。僕の社長時代は、外国人株主比率は22.3%ぐらいでしたが、現在では30%を超えたと聞いていますね。