株式会社永谷園 永谷 栄一郎 氏
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「毎日続く美味しさ」を知るヒントは家庭の中にある

株式会社永谷園
代表取締役会長 永谷 栄一郎 氏

財部:
今回ご紹介いただいた三菱鉛筆の数原英一郎社長とのご関係について、教えていただけますか?

永谷:
数原さんは、お互いの父親が青年経営者の親睦会である日本YPO(Young Presidents' Organization)の初期メンバーで、私も大変親しくさせていただいており、学生時代からよく存じ上げています。社長としても先輩ですし、業界も違いますから、仕事の話を聞くよりも、いろいろな会で飲んだり食べたり、ゴルフをすることの方が多いですね。ときどき新聞記事をみて「文房具でなぜそこまで業績が良いのですか?」などと電話で聞くこともありますが、数原さんは、メーカー社長の先輩として、非常に貴重なことを教えてくれる方です。

財部:
確かに、三菱鉛筆さんは限界まで単純化されているシャープペンシル1つをとっても、使用中に芯が回転しながら出てきて、いつまでも書き心地が変わらないといったような商品を生み出したり、常に進化していますよね。ああいうところまで到達するのは、尋常ではないと思いますよね。

永谷:
技術面もそうですが、数原さんからは「日本では儲からないから、海外で利益を出す」といった経営面の事柄についても、いろいろと教わっています。実際、食品業界ではキッコーマンさんなども、そんな形で展開していますよね。

食卓に毎日上る食品は「あまり旨すぎてはならない」

財部:
今回の対談の前に、いただいた資料を読み込んだのですが、その中で「鶏鍋のスープ」の記事に、1番惹かれました。

永谷:
ははは――。鶏鍋の、鶏ガラスープ。

財部:
はい。私は、特別グルメでもなく、料理をするわけでもないですが、「ファミリービジネス」の流れをずっと見てくると、そこに代々伝わってくる「DNA」のようなものの重要さを感じます。その意味で、永谷園という会社と、永谷さんのプライベートな家庭の食生活というものが、あの記事の中で実に見事にリンクしていると思いました。まずはそこから伺いたいのですが、鍋で出汁を取って食べるという考え方には、やはり「公と私」の両方から流れてくるものがあるのでしょうか?

永谷:
そうですね。そう言っていただくと、ある意味で、創業者である父の生き方が、企業文化に出ているような気がします。当社は最初の商品であるお茶漬けに始まり、新製品をどんどん開発して成長してきた企業ですが、やはり父が相当な「開発マン」で、熱心に商品開発を行ってきまして、それが永谷園の1番の柱になっています。実際、私が子供の時、父はいろいろな食材を家に持ち帰って研究をしていましたからね。

財部:
そうなんですか。

永谷:
今で言うグルメとは違うのですが、父は、家庭で料理をいろいろ作って食べるのが好きな人でした。その意味では商品化よりも、むしろ生活の楽しみとして、家庭で料理を作っていたのだと思います。もちろん母も料理をやりますが、父も好きで、そういう中で自然に私たち子供たちも手伝うようになりまして。そういう話の1つが、鶏鍋なのです(笑)。

財部:
あの記事の中に、「鍋料理が多かった」と書いておられましたが、単純なグルメだというのであれば、鍋料理ばかり食べるというのは、どうも理解できないと思っていました。

永谷:
あまり華美で贅沢な食材ではなく、乾物やヒダラ(干鱈)などの庶民的なもので、しかもその中で本当に美味しいものを自分で探してくる、という感じでした。ですから鶏鍋にしても、そこら辺で買う鶏だと、旨いスープがなかなか出ないので、「今度の週末に加賀屋(新橋付近にある鶏肉の卸売店)で鶏肉を買ってきて、鍋のスープを取っておけ」と、父によく言われたものです。

財部:
では、永谷さんご自身が、そういうことをされていたんですか?

永谷:
もともとは父がやっていましたが、父の手伝いをしているうちに、スープを取るのも私が請負うようになりました。それとも関連する話ですが、当社の開発部署は人数も多くて、商品開発には非常に力を入れているのですが、そこで1番大事にしているのは「研究室や会社の中での試作だけではいけない。必ず、自分の家に持ち帰ってやりなさい」ということなんです。

財部:
面白いですね。それは、どういう理由からなのですか?

永谷:
最近ではフレーバーや添加物の技術が非常に進んでいまして、たとえばスナック菓子類では、ほぼどんな味でも簡単に出すことができます。でも永谷園の商品開発では、必ず本物の材料と本物の調味料を使い、まずは手作りで1番美味しいものを作る。そして、それをどうやって加工商品に落としていくか、というプロセスに入るのです。その際、コストや生産効率の問題など、さまざまな要素を考慮する必要がありますが、「まず基本的には手作りで本当に美味しいものを作りなさい。そのために家で奥さんの手伝いをして、一所懸命に勉強しなさい」という教育ですね。

財部:
たとえば、鶏ガラを弱火で一定時間煮れば綺麗なスープが取れますが、永谷家の場合は、あえて強火で「強いスープ」を作るというような――。

永谷:
そう。私の父は面白い人で、専門家の話や本に書いてある事柄、あるいは世間一般でよく言われるようなことは、一応は聞いても、自分で納得できなければ信用しませんでした。料理を少々やる人は、鶏ガラスープは時間をかけて静かに煮立たせて取ったもの、いわゆる「澄んだスープ」が高級といいます。父も、強火で鶏ガラをグツグツ煮込むとスープが濁り、品が悪くなることはもちろん知っていますが「家で作るときは、少々品が悪くても『強いスープ』の方が旨いと思わないか」と言うのです。今当社にはさまざまなメニューがありますが、基本的においしいスープが取れさえすれば、あとは何を入れても美味しいですね。

財部:
永谷園さんの商品は、基本的にはスープというか、出汁がベースですよね。

永谷:
そうですね。でも、当社のルーツであるお茶漬けはむしろ、抹茶と調味料の旨み、そして塩という非常にシンプルな味の構成です。これが永谷園本来の味で、あまり「美味しすぎない」ことが1つの特徴。お茶漬け然り、味噌汁然り、ふりかけ然り、本当に毎日使っていただく商品は、「ああ、旨かった!」というレベルよりも少し控え目な所でおさえる。そこに「毎日続く美味しさ」があるわけです。それはけっして、外からいろいろなものを加えていった美味しさではなく、不必要なものを削ぎ落としたシンプルな味だと私は解釈しています。私の父も、「食べ物というのは、あまり旨すぎては駄目だ」とよく言っていましたね。

財部:
永谷会長ご自身、マーケティング畑で長く商品開発に携わってこられましたが、当時もこういう考え方がベースにあったのですか?

永谷:
ありましたね。当社では商品点数が多く、しかも、それらを一気に開発していきますから、少しずつ試作品を食べたものです。そういう中で、逆説的かもしれませんが、一口食べてみて「本当に美味しい」と感じる食品にも、なかなか難しい部分があるのです。やはり、「一口食べただけではわからない旨さ」があとから出てくることも多いので、「食べ物というのは、あまり旨すぎては駄目だ」ということが、やはり商品開発における大事な要素の1つなのだということを、さまざまな経験を通じて感じました。

財部:
今、振り返ってみて1番強く記憶に残っている、永谷会長ご自身の開発案件は何ですか?

永谷:
失敗したものも数多くありますが、自分が責任者として初めて成功した商品が『チャーハンの素』。これはお陰様で、今でもずっと売れていますが、粉末調味料の中に乾燥具がすべて入っているので、家庭で卵1個を油で焼いていただき、そこにご飯と『チャーハンの素』を入れて炒めるだけなんです。

財部:
まさにロングセラーの定番商品ですよね。

永谷:
私自身、チャーハンが大変好きだったものですから、「家で作るチャーハンの美味しさとは何か」と考えたのですが、こういう商品はそもそもありそうでなかった≠フです。当時、チャーハンに味をつける調味粉だけはあったのですが、せいぜい年間4、5億円ぐらいのマーケット。しかも市場調査などをやりますと、「どんなチャーハンが美味しいですか」という質問に対して、「贅沢な具」とか「プリプリの海老が入っていた」という回答ばかりが出てくるのです。

財部:
永谷会長ご自身は、どういう分析をされたのですか?

永谷:
私自身は、「チャーハンの美味しさ」とは「具の旨さ」ではなく「米の旨さ」にあると考えました。しかも、その「米の旨さ」は、ご飯のパラッとした食感と、熱い油で焼かれた卵の匂いによって引き出される。しかもチャーハンは(具だくさんではなく)シンプルな方が絶対に旨い、という信念を持っていました。結局、さまざまな調査を行った上で、私は出てきた数字とまったく逆の商品化を行ったのです。

財部:
ほお。

永谷:
市場調査から出てきた結論は、贅沢な食材が入ったレトルト具をご飯に入れ、調味液を加えてチャーハンを作る、というものでした。でも私は、シンプルな粉末でやろうと考えた。『チャーハンの素』は「家庭でもこれを使いたい」と、私自身納得できるほどの商品だったのですが、社内外では「こんな商品が売れるわけがない」という声が多かった。そこで「これは何としても頑張って売らなければならない」と思ったのですが、結果的には大成功を収めました。当時、年間4、5億円規模と言われていたマーケットの中で、ピークで約40億円売れる大ヒット商品になったのです。

財部:
それは凄いですね。

永谷:
その時、データは確かに大切ですが、それ以上に、自分の実感が大事だと悟りました。外の高級中華店に行って食べるチャーハンと、家庭で食べるチャーハンはまったく別世界の食べ物です。そもそも家庭で食べるチャーハンに対して、その作り手である主婦の手間も含めて、どんなことが最も望まれているのか。そして、何が1番美味しいのかということに関しては、やはり家庭や自分の中にヒントがある。ですから、われわれの商品開発は、ハイテク産業とは違い、想定されるお客様に対して、自分の想像や仮説を積み上げて行うのではない。むしろ家庭や自分の中にこそ、すべてのマーケット情報があるのではないかということを、後付けの理論ではありますが実感しましたね。