東京エレクトロン株式会社 東 哲郎 氏

財部:
そういう具体的な成果を獲得していくプロセスにおいて、人の問題は非常に大きいですよね。「世界一の工場」を造ろうと思ったら、やはり現場のワーカーから管理職まで、人材そのものが世界一のレベルである必要があります。東会長ご自身も社員教育に力を入れておられるわけですが、その辺はどのようにリンクしていくのでしょうか。

東:
そうですね、もちろん教育はこれから徹底的にやらなければいけません。どのように説明したらいいかわかりませんが、われわれの会社には、とくに天才がいるわけではないのです(笑)。

財部:
そうですか。天才がたくさんいそうですよ(笑)。

東:
われわれが現在扱っている製品のほとんどが世界市場で7割とか6割というメジャーシェアです。企業トータルとしては残念ながら世界2位ですが、個別の製品では、ダントツに世界1位のものがほとんどです。でも、企業のレベルを世界的にみていった場合、当社はけっして「これは凄い」という人たちの集団とはいえません。しかしながら、技術的にもとにかくユニークさがあり、何事にも勇気を持って、とことんやっていくというような情熱に関しては、世界を超えるレベルにあると自負しています。

財部:
そうですか。積極的にチャレンジできる環境が整っているんですね。

東:
半導体産業はこれまでと違う新しいステージに入ってきています。よりコンシューマーに密着し、お客さんも世界中に広がっています。それを受けて、従来のインダストリアルな部分から、コンシューマーに近い部分をサポートできるような製造装置に進化していくのは、技術的にも非常に大変なのです。

財部:
はい。

東:
となると、われわれ自身でそういうイノベーションを起こし、本当に世界を引っ張っていけるだけの技術力を磨いていかなければなりません。僕自身、そこら辺の芽をもっと育てたいと思っています。もちろんある分野で優れた技術を海外から買収して導入するとか、いろいろなことを考えなければいけません。ではありますが、基本的に僕らみたいな会社は、現場のイノベーションの力というのでしょうか、たとえば製造あるいは開発の現場に100人の人がいたら、150人ぐらいの力を出すぐらいのエネルギーを持って動く、ということができれば、それが強さであろうと思うんですよ。

財部:
そういう力を引き出すには、どんな教育が必要でしょうか。

東:
アメリカには非常に天才的な人が何人かいて、彼らがイノベーションを起こしていくというやり方だと思いますが、われわれの母体はいわゆる「るつぼ」のようなものだと思います。つまり、イノベーションを生み出すような「るつぼ」のように、常に現場を動かしていくことが非常に大事で、そこをベースにして教育活動を行っています。僕自身はずっと全国各地の拠点訪問を行い、社員の成果を積極的に聞いて一緒に喜んだり、いろいろ話して「失敗を恐れないでとにかくやろう」と彼らを勇気づけています。こういう活動をベースにして、去年「TELユニバーシティ」という教育カリキュラムを社内に作りました。

財部:
「TELユニバーシティ」では、どんなことをやられるんですか。

東:
「この人は抜群に凄いな」という社員に講師になってもらい、テレビの画面などを通じて皆に話してもらったりしています。そうやって幅広く、教育と人財のモチベーション向上という両方をやっていこうと思っていますが、それは今後のことを考えると非常に重要ですね。

財部:
社員の皆さんがより高いモチベーションを維持できる要素とは何なのでしょうか? 正直なところ、私は日本企業が2000年以降、リストラやら成果主義やらを散々とやった結果、社員たちのモラルが下がっていると思えてなりません。たしかに会社としては、以前にくらべて表面上の数字は上がり、売上が多少伸びなくても利益が出るような体質にはなりました。しかしその一方で、成果主義、能力主義の誤った帰着点とでもいうのでしょうか、サラリーマンたちの保守化が進み、「マイナス評価になることはやらない」とか「新しいチャレンジなんてとんでもない」という社員が増えていますよね。

東:
まあ、そうでしょうね。

財部:
いくら、「実績、能力に基づいて客観的に評価を行い、昇級や昇進を行います」といって、社員のモチベーションを上げようとしても、多くの企業ではまったく機能していないのが実情です。東京エレクトロンでうまくいっている理由を是非知りたいですね。

東:
やはり油断したら、(組織というものは)すぐにおかしくなるんじゃないでしょうか。だから1つは、トップが社員に対して「会社がどんなことを目指しているのか」「われわれが今後ありたい姿はこうなんだ」ということを、クリアなメッセージで、毎日のように継続的に語りかけていくことが大事です。今回ですと、中長期的経営ビジョンもそうなんですが、「TELバリュー」といって、「東京エレクトロンの価値とは何か」というようなところを皆で書き出し全社員に配ったりしているんです。

財部:
はい、はい。

東:
赤は、チャレンジ、紫は誇り、黄色はチームワークなど表しているんですが、こういうものを全社員が持っていて、そこに書かれていることを毎日のように、身近に感じるという状態にしてしまうんですよ。

財部:
これはそのカラーがガムになっているんですか。凄い工夫ですね。ただ言葉で同じことを繰り返し言うだけでなく、視覚的に見せたり、いじらせたりしながら、社員に理解を深めてもらう、というわけですね。

東:
そういうことに加え、あと人事的な動きが重要でね。経営トップ、あるいは部署の上に立つリーダーとして、どんな人が選ばれているかということが大事ですよね。

財部:
最大のメッセージですね。

東:
その辺はとくに注意深く考えなければいけません。然るべき人物をきちんと選んでいくことが必要ですね。加えて、評価にしても(上司が)常にきちんとメッセージを伝えていかなければなりません。さらに当社の場合、会社がいいときには、給料もとことん出したいと思っているんです。当社では、執行役員を含めた経営者の年間賞与を、当期利益の3パーセントをマックスにして、2パーセントを現金で、1パーセントを株式で渡しています。

財部:
そうですか。

東:
ですから取締役も役員も、きちんと当期利益を上げていこう、というような気構えでやる。一方、社員に対しては、連結営業利益の15パーセントを賞与で還元しています。そうすると、多い人では年間で十数ヶ月の賞与が出る。もちろん、会社の業績がいい時はです。悪い時は駄目なんですが、会社がよくなればこうなるということを、社員に実感してもらうことが大事だと僕は思います。人はお金でだけで働くのではない、というのも事実ですが、会社が世の中に「高い価値」を提供できたときには、株主、経営者、社員に対して三位一体で還元し、お互いの方向性を1つにしていくような工夫も必要ですよね。

財部:
なるほど。社員の賞与が営業利益に連動するのは素晴らしいですよね。やはり本業で稼いだ分の賞与はきちんと営業利益の段階で決まる。一方、経営者の報酬に対する評価基準としては当期利益が採用される。だから仮に、営業利益は上がっているのに何か経営的な問題があって特損が出た場合、経営者は当期利益をベースに責任を取る。こういう考え方は、従業員からみたら非常に納得できる素晴らしい指標ですが、会社としては非常に勇気が要りますよね。

東:
ええ。こういうことも1つの仕掛けとしてやっています。あと、今後はもっとイノベーションを強化していかなければなりません。イノベーションといっても、製造やビジネスなどのプロセス面を革新していくものと、新しい価値や新分野を生み出していく、バリュー面におけるイノベーションと、大きく分けて2種類あるわけですが、日本人はどちらかというと、プロセス的なイノベーションが得意ですよね。

財部:
そうですね。

東:
その意味で、当社はバリュー面におけるイノベーションに対して果敢にチャレンジしていきたいですね。とはいえ、新しいことに手を出せば、だいたい失敗するに決まっていますから、失敗から学ぶことが大切です。むしろ、そこを「失敗するな」なんて言うのはとんでもない話。そういうわけで、『失敗学のすすめ』で有名な畑村洋太郎先生にも積極的に工場視察や講演をしていただくとか、いろいろとやっていますよ。

財部:
なるほど。じつは今回、「東京エレクトロンはいい会社だから、東さんに一度会った方がいいよ」とあちこちで言われていまして、それで今回はとても楽しみにして伺ったんです。ですが、御社が手がけられている手堅いビジネスのイメージと、周囲の人たちに好印象を与えている部分とが、自分の中ではまだうまく結びつかないんですが、どういうわけなんでしょう(笑)。

東:
皆、そう思っていたりして――(笑)。

財部:
もちろん悪い意味ではなくて(笑)。純粋に企業の評価と、御社が周囲の人々に与えているブランドイメージの話です。いろいろな方と話しても、多くの人が東京エレクトロンさんに対して非常に好印象をお持ちです。なかなか最近はそういう話が少ないですよね。

東:
東京エレクトロンは比較的、自然体ですよね。僕自身も含めてですが、人に対する接し方も、あまり肩肘を張らずに自然体で行く、ということが結構重要かなと思っています。海外の人といろいろ話す場合でも、やはり無理なく自分を出していかないと、評価されませんからね。ですから僕自身、46歳で社長になったとき、「無理です」とずいぶんお断りしたんです。お客さんの多くが自分より年上で、社内にも自分より年上の方が相当いるし、皆厳しかったですからね。でも当時の社長を始め、経営トップに「何言ってんだ、俺たちは20代から自分たちでやってきたんだ」と言われると、「ああ、そうだな」と思いました(笑)。いずれにしても僕自身、そんなに肩肘張ってやっても仕方ないので、年上の方や会社に早く入ってきた人に対して、自然にかつ謙虚に接していくことが重要だと思っていまして、だいたいそういう格好で、社員もやっているのではないでしょうか。

財部:
そうですか。本日はどうもありがとうございました。

(2008年6月5日 東京都港区赤坂 東京エレクトロン株式会社本社にて/撮影 内田裕子 )