TAKARABE
JOURNAL本質を捉える視点

中内功の鬼気迫る夢

現在の流通業界を牽引する企業の経営幹部の方と食事をする機会があり、創業者は常人には推し量れぬ特別な資質を備えているという話になった。その時、何年かぶりに中内功さんのことが頭に浮かんだ。

ダイエーの創業者で戦後日本の流通業界に革命をもたらした比類なき経営者だ。阪神淡路大震災以前に引退していれば、松下幸之助と肩を並べる歴史的な評価を得たかもしれない。しかしバブル崩壊でダイエー帝国が総崩れしていくプロセスで中内さんの責任を追及する声が強まるなか、頑として退任を受け入れず、経営への執念を持ち続けた。

1990年代末、私はテレビ朝日の『サンデープロジェクト』という番組でダイエーの特集を組み、中内さんにも何度かインタビューする機会を得た。そのご縁で、中内さんと二人きりで食事をすることになった。貴重な機会を得た喜びと同時に、憂鬱な気分でもあった。中内さんは77歳と高齢だったが、圧倒的な威圧感があった。また困ったことに饒舌ではない。食事中、会話が途切れて重たい沈黙に続きはまいかと不安になったからだ。

幸いにも順調に会話は進んだ。そして最後に私はどうして尋ねてみたかった質問を中内さんに投げかけてみた。

「ダイエーの経営に対する執着はどこから来ているんですか」

怒り出すのではないかと心配したが、中内さんは一瞬目を閉じてから、淡々と語り始めた。

「僕はね、同じ夢をみるんですだよ。戦争中の夢で、僕はジャングルの中で米軍の捕虜になり、米兵が僕の頭にピストルを突きつけている。僕の傍らには両親と妻と子供たちがいる。そして米兵がこう言うんですよ。『お前が死ぬか、こいつら家族が死ぬか、どっちか選べ』。すると『私を助けてください』と叫んだところでいつも目が覚める」

鬼気迫る夢だ。

「家族を助けてください」と叫ぶのが人間というものだ。尋常ではない。経営への執着も、もはや制御不能なエネルギーが尽き動しているのだと言っているのだ。私には返す言葉がなかった。こういう人だから戦後日本の流通業界に革命を起こせたのだろう。良くも悪くもこれほどの熱量を持っていた経営者を私は知らない。