TAKARABE
JOURNAL本質を捉える視点

「天ぷら」と「鮨」、名人の技と境地

「ナマで食べる方がおいしいものは、わざわざ天ぷらにする必要がない。大胆なことをいうとお思いでしょうが、おおげさにいえば、これが私共の、マ、天ぷら哲学。たしかに、衣のさくっとした歯触りや油の風味も、天ぶらのおいしさのうちではあります。しかし、いちばん大切なのはタネ(素材)の味。天ぶらに仕立てることで、ナマよりも、また、他の調理法よりも、タネのうまみが増さなければ意味がない。天ぶらにする必然性というものがあります」
天ぷらの神様の異名をもつ“みかわ是山居”の早乙女(そうとめ)哲弥さんの言葉だ。
久しぶりに訪ねたが、神様は健在だった。私は何よりも天ぷらが好物で美味いと評判の店にはあらかた足を運んでいるが、みかわ是山居を超える天ぷらにはお目にかかったことがない。
ナマよりも他の調理法よりも素材の旨みを引き出す技術が図抜けているからだ。私の評価基準はキスだ。江戸前天ぷらには欠かせないタネだが、キスは淡白な味ゆえに揚げる技術差がもろにでてしまう。
早乙女さんにキスに対するこだわりを尋ねると、こんな言葉が返ってきた。
「中心の温度が45〜47度にするとふわりと美味くなる」
その厳密な温度管理を可能にしているのは早乙女さんのセンサーだ。
色でも音でもなく、油から取り出すタイミングは「今だ」と神様はわかるそうだ。
名人の名人たるゆえんだろう。名人といえば鮨の世界にはすきやばし次郎がいる。おんとし95歳。今も夜はカウンターに立っている。
早乙女さんと次郎さんは盟友だ。早乙女さんはすきやばし次郎に3700回通った。払った代金はなんと1億7000万円というから仰天した。互いの仕事をリスペクトしているからなのだろうが、それは「鮨」や「天ぷら」を味わう域をはるかに越え、芸術家が互いの作品を評価し続けているような関係だ。むしょうにすきやばし次郎に行きたくなってきた。