衆院選の結果を見てつくづく思うことがある。それは昭和型の糾弾政治にようやく終わりが見えてきたことだ。高市自民が歴史的勝利を収める一方で、憲政史上に残る大敗を喫した中道のせいで目立ってないが共産党も8議席から4議席へ、れいわも8議席から1議席へと大敗を喫している。中道、共産、れいわに共通するのは高市自民への口汚いののしりである。
典型的だったのが「円安で外為特会がホクホク」という発言を文脈から切り取り「物価高に苦しむ国民を無視している」と煽った野田氏の演説だ。痛々しい。不意を衝かれた解散総選挙で初めから劣勢に立たされたのは気の毒に思うが、揚げ足取りや「裏金議員」のラベリングなど青筋を立てて与党を糾弾する政治スタイルそのものが有権者に否定されたのではないか。いわば立憲民主のお家芸に有権者は辟易としている。共産も党首が代わっても悪口演説は金太郎飴。れいわにいたってはノイズでしかなかった。
対照的だったのは議席をゼロから11議席へと飛躍させたチームみらいである。他党を批判せず、考え抜かれた自分たちの政策を熱く語る。党首の安野氏の人柄もあるが、結果的に昭和型糾弾政治の陳腐さを際立たせる役割を果たした。2議席から15議席へと飛躍した参政党もしかり。36議席(+2)の維新、28議席(+1)の国民も糾弾型ではない。この変化を世代交代の軸でみることもできるが、私はそれ以上に政治スタイルのパラダイムシフトととらえている。中道の再起はきわめて困難だが、再起したければ曖昧な政策を整理し、論理的に語るべきだ。罵る文化の体現者たちがいっせいに落選した災いを福に転じるべきである。