株式会社リヴァンプ 玉塚 元一 氏

柳井さんに、商売・経営の基本を徹底的に叩き込まれた

玉塚:
僕は、まさにそのゾーンの人材が、今後非常に枯渇していくと思ったわけです。そうしたなか、僕は長年お世話になった旭硝子を辞め、たまたまファーストリテイリング代表取締役会長兼社長の柳井正さんと出会ったんです。

財部:
どんな出会いだったのですか?

玉塚:
柳井さんとの出会いはとても衝撃的でした。田舎の体育館のようなところで、ほんとうに真剣に商売をしていて、そして地味で――。「僕は世界を目指している、君みたいな人たちが船に乗ってくれなければ、夢は実現できない」とおっしゃっていて。僕も「ああ、このオヤジと一緒に商売をやれば、ビジネスを学べると思ったんです。もちろん事業を自分でやろう、という考えもありましたが、当時はお金もなかったまずはオヤジに教わろう、という感覚だったんです(笑)

財部:
そうなんですか。

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玉塚:
ほんとうに勉強をさせてもらうつもりで、お世話になろうと思って入社しました。そこでいろいろなことをやらせていただいて、2年目ぐらいから、ユニクロブームが始まりました。そして、いつの間にか、僕が社長ということになったんです。

財部:
ユニクロの社長になるまでの間に、「ここは」という時期はありましたか?

玉塚:
一番強烈だったのはイギリス進出ですね。企業の基礎体力ができていない急成長の中で、売上高が600億円から700億円、そして1000億円から4000億円へと――。

財部:
大変な成長でしたよね。

玉塚:
それで「いまがチャンスだ、ロンドンだ!」ということになり、しばらくして僕が突入することになったんですが、経営陣が「イギリス人対日本人」という感じになったり、オペレーションもユニクロ本来のやり方とはまるで違うやり方になったりして、大変なことになっていました。それでも出店計画が決まっているので、なんとか必死に店を開けるんですが、商品は売れないし、高コストオペレーションで物流やシステムが破綻し、結局30億円の特損を出したんです。

財部:
うまくいかなかった。

玉塚:
当時、いろいろなことを思いましたね。テムズ川を眺めながら(笑)

財部:
あはは。

玉塚:
やはりリテールの商売とは、(経営者が)独立自存して、お客様が感動し、さらにその周りの人たちにも支持していただけるものを、ほんとうに心を込めて作れるかどうかが大事だと思います。それができないままに拡大しても、絶対に意味がないですよね。

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財部:
そうですよね。

玉塚:
でも、柳井さんにはあれだけ濃く、徹底的に、商売や経営の基本を叩き込まれましたから、そこはほんとうに感謝しています。

財部:
結局、ユニクロのビジネスが伸びてきた「根っこ」の部分というか、本当の理由は何だったのでしょうか?

玉塚:
これは言葉にしてしまえば簡単で、やはり「お客様がすべて」であり、「お客様の満足を実現するために、会社や人材がある」ということなんです。ですから会社とは顧客満足を提供する組織であればよく、極端な話、内側の論理はどうでもいい。つまり、会議室でいろいろなことを話しても、それがほんとうにお客様の満足になっているのかが問題です。それをなるべくシンプルに考え、「ラッキョウの皮」をむいていったときに現れる本質はいったい何なのか。それは、ほんとうに収益に直結する話なのかという、原理原則の話なんですよね。

財部:
ええ。

玉塚:
とくに、社長と会長の間柄でやらせていただいてときは、ほんとうに勉強になりましたね。

財部:
正直な話、相当ぶつかられたんですか?

玉塚:
そうですね。

財部:
やはり戦いですか?

玉塚:
いま考えると、僕は全く幼かったですし、やはり、どうでもいいような自分の気持ちのままでぶつかっていました。当時、まだほんとうに人間ができていない部分もたくさんありましたしね。だから僕はユニクロを辞めるとき、「次は、絶対に自分でやろう」と思ったんです。雇われ社長ではなく、小さくてもいいから個人保証も入れて、自分のリスクを全部張って。絶対にそれしかない、と。

財部:
ほお。

玉塚:
やはり経営者として、とことん成長したいんですよね。

財部:
当事者意識を持っているとはいっても、そこは埋めきれないものがあるのでしょうね。

玉塚:
僕はある意味、その距離を縮めよう、縮めようとして戦ったのかもしれないし、もしかしたら、同じ土俵で考えようとしていたのかもしれないですが――。いま柳井さんと一緒にやったら、彼には圧倒的な敬意を表しながら、違う土俵で違う戦い方をしつつも、2人の力を合わせ、「このユニクロをどうやって伸ばしていくべきか」という発想が、たぶん少しはできていたでしょう。でも、当時はやはり駄目でした。

財部:
そうですか。

玉塚:
ええ。そこで今回は、その反省の意味も込めて、「自分でやる」と決めたんです。

財部:
そうですか。僕はニュースで、玉塚さんの社長交代の記者会見をみて、そのときの模様がほんとうに印象に残っているんです。いってみれば、あの判断は、玉塚さんの人生にとっても大きな転換点であり、ユニクロにとっても大きな転換点でしたよね。

玉塚:
ええ。

財部:
僕は、以前から何度か玉塚さんにお目にかかっていて、「絶対にここで終わってほしくない」という思いで、記者会見に臨む玉塚さんの表情をみていました。あのとき玉塚さんは、とても複雑な表情をされていましたよね。悔しいとか、腹を立てているというわけでもなく、何かこう、複雑な顔を――。

玉塚:
はい。

財部:
やはり人生とは、自分の思うようにいくことばかりではなく、至るところに転機が待っているわけです。そこで自分がどう考えるのかが問題であり、玉塚さんが「今後は自分でやるんだ」と思われたのは素晴らしいことですよね。

玉塚:
そうですね。でも、そう思わせてくれた柳井さんに感謝、ですね。

財部:
こうして振り返ってみると、旭硝子時代のシンガポール行きの話から始まって、なるべくして今の玉塚さんがある、という感じですね。

玉塚:
いやあ――。でもイメージとしては、目の前に立ちはだかるカベを突破したら、また大きいカベを与えられ、それを突破したら、さらに大きなカベを与えられるという、その連続です。でも、カベを突破するたびに成長するじゃないですか。そうすると、気持ちがいいんですよね。

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財部:
いまもそうですか?

玉塚:
もう、いまもカベだらけですよ(笑)。

財部:
ははは。

玉塚:
実際の話、企業再生とは、ほんとうに厳しい商売です。いくら能書きを並べて偉そうなことをいっても、なかなか既存店のセールスが上がらない。しかも店頭ではいくらでもいい訳をいえるし、人も辞めていく。ほんとうに、経営は簡単ではない。簡単ではないんですよ――。

財部:
極端なことをいえば、毎回新たに起業しているようなものですよね。いや、起業より大変かもしれません。起業はゼロからのスタートですが、企業再生とはもっと複雑で大変ですからね。ぜひ、頑張ってください。

玉塚:
ありがとうございました。

財部:
いえ、今日はありがとうございました。

(2007年4月29日 渋谷区南青山 リヴァンプ本社にて/撮影 内田裕子) )