株式会社パーク・コーポレーション 井上 英明 氏

会社を、従業員が自分の成長を実感できる「大人の学校」にする

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財部:
井上さんは株式を公開されないということですが、そこには明確な理由があるんですか?

井上:
結局、株式というのは資金調達の手段だと思います。やはりネット系であるとか、大きなリスクを抱えた開発を急ピッチで行う必要のある場合は、リスクマネーを活用してやるべきです。でも当社のような昔ながらの商売では、そこまでのリスクを負えないわけですよ。

財部:
ええ。

井上:
やはり僕らは生物を日々扱っていて、在庫はないし、商品の回転率がいいので、いま出店すれば売上がだいたいどう推移するかも読めます。それに当社の場合、1千万円ぐらいの資金があれば1店舗の出店が可能で、ほぼ1年で投資が回収できるので、それほど事業リスクはありません。そうなると、わざわざ上場してまで、ということにはならないですね。

財部:
なるほど。

井上:
それから、お金を稼ぐのも大変ですけど、お金を使うのも難しいと僕は思います。人様からお預かりしたお金を使って、人材も育ってないのに出店を急ぐとか、必要以上に大規模で派手な店舗を出してしまっては、出資者に申し訳ないので、自信がありません。

財部:
ということは、人材が育ってくるのを見据えながら企業の拡大を?

井上:
はい。やはり自分たちのリズムで事業を拡大していきたいので、それ以上のことを期待され、無理な成長をしても長続きはしないと思います。

財部:
一般的な傾向でいうと、ここ10年ぐらいの間に新規公開した企業には、いま井上さんがおっしゃったことを、本当にやってしまったところが数多くあるわけですよ。

井上:
ええ、僕も実際に数多くみてきました。

財部:
いってみれば、M&Aにしても、資金があるからやってしまうわけですよね。そのM&Aはいったい何のためのものなのか、あるいはそれが本業とどう関係があるのか、ということすら忘れて。

井上:
そうですね。お金をどう増やすかということばかりで――。

財部:
もう、そこだけに行き着きますよね。そんなケースをずっとご覧になられて、井上さんご自身はどう感じられたんですか?

井上:
僕はいまでも貸屋住まいだし、短期的には早く嫁さんに大きな夢をプレゼントしたいとも思います(笑)。でも長い目で見ると、短期間でキャッシュが入ってくるのか、それとも長期にわたって配当のような形でもらえるのかは一緒です。それより、僕はとにかく「死ぬまで自分をどうやって磨いていくのか」という部分に興味があるので、いまそれに必要な資金さえあれば、自分のやりたいことはできるという感じですね。

財部:
とはいっても、株式公開をしないという選択には、どこか心の奥底に「この会社は自分のものだ」という部分からくる、責任感のようなものもあると思うのですが。

井上:
僕は、ないと思いますね。変な話ですが、僕はこの会社を「道場」だと思っていますから。こういったら怒られるかもしれませんが、結果がつながらないのであれば、極端な話、僕は会社は潰れてもいいと思っているんです。

財部:
ほお。

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井上:
逆に、会社を潰してゼロから作り直す方が、僕らにとって学べることが多いなら、「もう1度ゼロから作るプロセスで何を学ぶのか」が大事だと思います。僕は会社は、形あるところに価値があるというよりも、1つの「場」として捉えているので、別に「自分のもの」だとは思いません。唯一「自分のもの」といえるのは自分だけであり、時間だけが自分の財産です。(会社はむしろ)自分の一生で、自分の時間を活かすための場だと思っています。

財部:
会社とは、従業員にとっても厳しい「道場」であるというイメージですか?

井上:
厳しいというか、従業員の人生は従業員自身のものだと思うので、それぞれが(自分の考えに基づいて)この「場」を使えばいいと考えています。厳しい中で伸びていく人もいれば、なだらかにいきたい人もいるでしょう。それは人それぞれで違うので、自分の価値観や成長速度に合わせて、この会社を使いながら、伸びていってもらえればいいのではないでしょうか。

財部:
そうなると、青山フラワーマーケットにおける企業の目標は、どのように設定されているんですか?

井上:
とりあえず僕たちは、1人でも多くの人に当社の花を広めたいと思っています。日々の取り組みの結果として、まずは売上日本一を達成し、その次は、当然「世界の青山フラワーマーケット」として外に出て行きたいですね。ニューヨークや上海といった大都会はまだまだ、花や緑のない環境で、無機質な空間ですから、そこに花や緑を広めたい。長期的には、日本の都市部に基礎ができたら、その次は世界に出て、「花と緑を世界で一番広めた会社」になりたいと思っています。

財部:
なるほど。

井上:
以前、僕たちは「月に花屋を持っていく」という(絵を描いた)Tシャツを作りました。「月だろうがどこだろうが、とにかく人がいるところに、自分たちが責任を持って花と緑を届けていこうじゃないか」というコンセプトが面白いと思ったんです。

財部:
そうですか。

井上:
それから当社の使命は、「お客様がほしいと思う花を、ほしい品質で届けていく」ことにあるので、会社がある規模にまで成長したら、花卉の生産も手がけていきたいですね。品種改良も含め、身近に「花と緑が当たり前にある環境」を作りたいと思います。

財部:
花の生産は、どのぐらい先のイメージですか?

井上:
5年後ぐらいでしょうか。

財部:
それは国内なんですか?

井上:
いえ、いま海外の様子もみていますが、たとえば中国の昆明は一年中常春の気候です。日本だと台風のシーズンにはハウスを掛けなければならないし、寒暖の差も激しいので(花の生産では)資源の無駄遣いという面もあります。その点、ロジスティックさえ揃えば、昆明のような場所で花を作れば、環境にもいいのかな、という気がしています。

財部:
それは大きなコンセプトですね。いまはその目標まで何合目でしょうか?

井上:
まだ1合目にも達していないですね。でも何となく、基礎はできたかなと思います。当社なりのやり方とか、ビジネスの上で何を大事にするべきか、あるいは何をやってはいけないか、という基礎部分だけでいえば、5割か6割くらいはできたでしょう。あとは、その裾野を広げることについて、スピードアップをどうはかるかが課題ですね。

財部:
そのための人材も育ってきた、ということなんでしょうね。

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井上:
人材もそうですし、人材育成のポイントも明確になってきました。当社には、社内教育用のテキストや、プロフェッショナル人材を育てる学校もあります。それから最近、オリジナルのスケジュール帳も作ったんです。

財部:
そうなんですか。

井上:
そのスケジュール帳には、各自の目標設定はもちろん、今月の花とか七草であるとか、花にまつわる情報が結構細かく入っていて、さらに企業理念や価値観も書かれているんです。ただし、こういうものは1度作って完成ということはあり得ないですね。まずは今年やってみて、さらに来年変えてみて、再来年ぐらいになってやっと、まともに使えるようになるのではないでしょうか。

財部:
ウェブではなくて、こういう手帳という形にするところがいいですね。

井上:
人は皆、それぞれの人生の中で「自分を磨きたい」と本当は思っているのではないでしょうか。でも普通では、学校卒業が「学びの終わり」で、それからあとはアウトプット、という感覚ですよね。ところが僕は、人は一生インプットを続けながらアウトプットをすべきだし、会社に入って学びや成長がストップするのではなく、会社入ってからこそ、もっと学ぶべきであると思うんです。

財部:
なるほど。

井上:
ですから、当社の今後の課題は「学校のような会社」を作ることなんですよ。

財部:
ほお。

井上:
「大人の学校」ではないですが、大学を終えてからも、従業員が常に自分の成長を感じながら、新しい仲間を見つけて価値観を共有できる。会社がそんな組織体になれば、とても楽しくなるんじゃないかと思います。そこで僕は、最近学校の研究をしているんです。学校には部活があり、体育祭や音楽祭もあります。そういったものを、会社でどのように取り入れていけば楽しいのかな、と日々考えています。その意味で、道場であり、学校でもあるような会社が、少しずつできあがっていけばいいと思いますね。

財部:
ぜひ、またお話を伺いたいですね。ありがとうございました。

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(2007年1月10日 港区南青山 パークコーポレーション本社にて/撮影 内田裕子)