住友商事株式会社 宮原 賢次 氏

「君子財を愛す。之を取るに道あり」が信条

財部:
商社マンとしての会長ご自身の経験から考えて、どのようにしたら人が育つと思われますか?

宮原:
これはわれわれ住友グループのバックボーンでもあるわけですが、やはり「信用」です。信用を重んじ、確実を旨とする住友の事業精神、それが基本です。僕は若い人にもときどき話すんですが、「信用を得るべきは、お客様だけではない。上司や同僚、部下など、まずは自分の周囲の人に信用されなければいけない」ということなんです。われわれは商社ですから、商売をやっていくうえでメーカーなどのパートナーと数多く付き合っていく必要がある。それをどうしたらうまくやれるのかというと、非常にシンプルで、いつも嘘をつかない、優しい、誠実である、というように、基本的なネイチャーの問題なんですよ。

財部:
それが、住友のカルチャーとして根付いているんですか?

宮原:
住友の事業精神には400年の伝統があります。それをベースとして、経営理念、行動指針を98年にいまの岡社長と一緒に作ったんですが、いま僕が会社の中でやらなければいかんのは、その経営理念に対する理解を社内に広めていくことです。そのため、このところ会社が急な勢いで膨張し、中途採用者も増えていますから、僕はそういう社員を集めて半年に一度、事業精神の講話をしています。つまり「住友はこういう理念のもとに、仕事をしているのだ」、ということを理解してもらうわけですね。

財部:
なるほど。

宮原:
とはいえ、信用や確実というのは、言葉としてはわかるんですが、僕が折に触れて彼らにお願いしているのは、「浮利を追わず」という概念です。ビジネスには必ずリスクがあり、一種のスペキュレーション(投機)という意味合いもある。だから、どこからどこまでが「浮利」で、結局はどんな儲け方がいいのか、ということが大事です。ちなみに「浮利」は、英語の方が分かり易いかもしれません。「Easy Gain」(安易な利益)と訳しています。

財部:
そうなんですか。

宮原:
そうはいっても「Easy Gain」と云うだけでは少し理解は難しいわけですが、そこで私がいつも引用するのが、われわれの大先輩である伊庭貞剛(1900〜04年、第2代住友総理事を務めた)の「君子財を愛す。之を取るに道あり」という言葉です。

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財部:
ほお。

宮原:
「之を取るに道あり」というのは、分かりやすくいうとですね、「正々堂々と、きちんと説明できるような利益」を上げること、すなわち「Accountability」なんです。もっとも、われわれもかつてバブルにまみれたわけですから、偉そうなことはいえません。でも、そういう「Easy Gain」で儲けたり、人を騙したりしてお金を得ても、わが社では全く評価に値しないどころか、それはもう駄目です、ということを、いま社内で徹底させています。

財部:
なるほど。それからもう1つ、いまアジア各地で工業団地を作られていますよね。それがいわば「御社の長いバリューチェーンの全てにわたって面倒をみます」というビジネスモデルなんですが、入居企業にしてみたら、1つ間違えたら「住友商事に丸裸にされてしまう」というリスクも抱えているわけですよね。

宮原:
なるほど。

財部:
でも、逆にいえば「住友商事を信用してお任せします」というビジネスが成り立つこと自体、これは素晴らしいスキームだと僕は思っているんです。どんな中小企業でも、技術さえあれば、住友商事にお願いして海外で生産・販売の道が開けるという。これだけでも凄いスキームなのですが、そこに、ほんとうに信用が介在しなければ、自社のバリューチェーンを住友商事に預けることはできません。

宮原:
まあ、そういっていただくと……。たしかにそれはそうですよね。われわれは逆に、バリューチェーンの広がりでビジネスをしようと思っているわけなんです。財部さんは工業団地をみられたことはありますか? ホームページを拝見する限り、ベトナムにはまだ行かれていないでしょう。

財部:
ええ、ないんですよ。

宮原:
ぜひ行ってくださいよ。

財部:
はい。ぜひ拝見したいということで、以前からお話はしていました。

宮原:
ベトナムの工業団地をみていただいたら分かるんですが、あれは95年に投資をしたあと長期間休眠していたんです。それ以前に、日本政府が無償で水道設備などを作っていたんですが、これからそこに道路や電力設備などのインフラを建設するんです。そうなると、今度は民間でも非常に投資しやすい環境になりますよ。

財部:
ええ。

宮原:
つまり日本の民間資金で、たとえばベトナムに大きな工業団地ができる。そこでわれわれがバリューチェーン構築のお手伝いをする、ということで、日本の企業がどんどん入ってくる。これが、アジア経済が発展する1つのパターンなんです。実際、インドネシアもタイもそうでしたが、いまベトナムでも同じことが起こっているんですよ。

財部:
はい。実際に中小企業にもそういう道が開けていて、その気になれば何でもできるんだということですね。とても素晴らしい話だと思います。

宮原:
ですからベトナムでしたら、キヤノンさんなどがすでに出て行かれているわけです。そうすれば、下請けや関連会社なども出ていかなければならなくなりますよね。その際、人材がなかなかいないというときに、当社がかなりの面倒をみさせていただきます、と来るわけですよ。目下インドがなかなか成長しないのも、若干そういう点もあるんですよね。

財部:
僕も実際に行ってみて、こりゃ駄目だと思いました。相対的にみて、何もいまインドに行くことはない、というのが正直な感想です。

宮原:
そう、そこなんですよ。まだまだ大きなビジネスチャンスが他のアジア諸国にありますからね。ただし、そのビジネスチャンスの開拓も、まずODAなどでインフラを整備したうえで、民間の力で工業団地を作る。その際、若干のインセンティブを政府が与え、日本企業の進出を促進する、というパターンにしなければ駄目ですね。

財部:
ええ。でも、その工業団地建設のビジネスモデルも、先の伊庭さんの「君子財を愛す。之を取るに道あり」という言葉の王道を行く話ですよね。まさに正々堂々としていて、世のため人のために資するといいますか――。

宮原:
ベトナムの首相からも直接話を聞きましたが、彼らも非常に喜んでおられますね。僕が8年前に経団連の日本ベトナム経済委員会の委員長になったとき、ベトナムの工業団地にはまだペンペン草が生えていて、ただ土地が広がっていただけでした。でも、僕が御手洗さんを口説き落としまして、まずはそこにキヤノンさんに入っていただいたんですが、そこではもう、3万人近くが働いていますよ。

財部:
そんなにですか!

宮原:
いまやキヤノンさんだけではなく、松下さんにも入っていただいていますからね。2万7千人とかいっていましたかね……、もちろん1つの工業団地だけでですよ。いずれにしても、わずか4、5年の間でここまできましたから、ベトナムの皆さんがとても喜んでくれているんです。

財部:
なるほど。最後に少しだけプライベートなお話を伺いたいんですが、休日はどのようにお過ごしですか?

宮原:
休日の過ごし方? その意味で、僕は早く仕事を辞めて、土日がきちんと休めるようにしたいんです(笑)。仕事絡みで大概、週末のどちらか1日はゴルフになりますからね。

財部:
ええ。

宮原:
残りの週末の1日はですね、恥ずかしながら仕事の書類に目を通したり、その関連の本を読んだりしていて、あまり時間がありません。映画を観に行くこともありますが、人様にいえるような趣味もあまりないですよね。ですから早いこと辞めて……(笑)。

財部:
奥様と一所にどこかに行かれるということは?

宮原:
しょっちゅうあります。商社はいろんなことをやっていますから、女房にくっついてスーパーマーケット1つに行くにしても、大いに勉強になるわけですよ。

財部:
そうなんですか。

宮原:
でも、土日が自由になったら、絵を習いたいですね。若い頃、絵を描くのが好きでしたから。

財部:
それは油絵ですか?

宮原:
いや、必ずしも油絵でなくても……。水彩でいいですよ(笑)。

財部:
そうですか。今日はとても面白いお話をいただきまして、ありがとうございました。

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(2006年10月23日 中央区晴海 住友商事本社にて/撮影 内田裕子)