株式会社ジョージズファニチュア 横川 正紀 氏

父は最高のキャピタリスト

財部:
いずれにしても、横川さんの場合、「粘土をこねる」という譬えが非常に分かりやすいですよね。でも、お話をずっと伺っていると、やはり1つ大きなベースになっているのが、資金力ということになりますね。

横川:
そうですね。

財部:
世の中には多分ですね、才能のある人がやはりいるんです。しかし「粘土をこねて」いるうちに、辞めなければならなくなる人がたくさんいるじゃないですか。その意味で、僕が非常に興味深かったのは、横川さんの真骨頂であるデザインや時代に対する感性というものは、リアルな経営と矛盾することが多いわけですよね。実際そこがやはり難しいところで、その人が持てる感性や才覚というものがビジネスに乗るまで耐えられるか、という部分が大きいと思うのですが、ご自身ではどう思われますか?

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横川:
その意味では、自分にとって、父のバックアップあっての今の事業だということは、本当に感謝しています。でもそうですね、そのことに気付いたのもここ4、5年ですよね。

財部:
そうなんですか。

横川:
最初の頃は、経理をやったことがなかったので、単月の収支はみてもキャッシュフローはどうなっているのかわからない、という状態で、2年ぐらい経営していました。ですから、こうした状況を守ってくれる人がいなかったら、間違いなく潰れていたと思うんです。

財部:
なるほど。

横川:
それで、人にはできないことをやらせてもらっていることへの有り難みと、逆にそれをチャンスとして活かさなければ、という方向に、僕の気持ちが変わっていったんです。「決」だけを必ず下さる人(=父)がいて、僕の方は「それをやるならいついつまで」というベースを逆に与えていただき、絶対にそれに応えていくという、互いの約束の中で。まあ自分には、最高の個人投資家がついてくださる、というような感覚ですね。

財部:
ほう。そういう感じですか。キャピタリストという感じですね。

横川:
キャピタリストですね、完全に。本人も現役を引退してからは、すっかりそういうスタンスになっていて、ホールディング会社に徹し、いまそれぞれの事業をM&Aも含めて動かしています。われわれもまあ、父にM&Aされたようなものですよね。

財部:
なるほど(笑)。

横川:
M&Aされて経営上のゴールを与えられ、月に1度ぐらい、現場に直球でささるような意見をズバーっと3つほどいわれて終わり、ということを毎月繰り返しながら、自分たちも成長してきました。それにしても、現場経験の一番長い人がキャピタリストとしているので、いい訳ができないですね。

財部:
それは最高の関係でしょうね。でもどうなんでしょう、お父さんには横川さんを経営者に育てたいという意思があったんでしょうか?

横川:
父がどういう考えだったのか、僕は聞いたことがないのでわかりません。でも僕自身は、まったくもって経営者になるつもりもなければ、食に関わるつもりもありませんでした。デザイナーとかアーバンプランナー、あるいは都市計画をやっているようなコンサルタントというような仕事がしたかったですね。

財部:
僕は若い経営者をそれほど知っている訳ではないんですが、30代前半で、リアルなビジネスを本当に体験的にきちんと身に着けている経営者は、なかなかいませんね。

横川:
そうでしょうか。

財部:
やはり、ITうんぬんというのは非常に単純な話で、本当のマーケティングや商品、商売というものが何なのかということがわからないまま、「たまたま上場しちゃいました」という会社がいくらでもありますからね。そう考えると、ちょっと珍しい存在だとご自分でも思いませんか?

横川:
僕が「友達」というのは失礼かもしれませんが、いつも遊んでいる人たちは、遠山さんをはじめ、30代後半から40代前半ぐらいの人が多いんですね。飲食業界の方もファッション業界の方も、デザイン業界の方も、デザイナーさんも、皆だいたいそうですね。だからでしょうか?

財部:
これまでを振り返って、どんな印象ですか?

横川:
必死にやってきた感じですが、仕事を嫌だと思ったことはありません。結構楽しんでいるんだと思います。その辺は、素晴らしい「キャピタリスト」についていただいて、それなりに自由にお金を使わせてもらっているから、「楽しい」といえるのでしょう。でも、僕の中でたぶん1番弱いところは、本当の怖さをまだ知らないことだと思います。やはりそれなりにお金はあったので、駄目な方の「バー」をギリギリとはいえ、踏み越えないですんだので生きてこられたんですね。でもそれは、道路のアスファルトに線を引き、ここから向こうに行ったら負け、というゲームをやってきたようなもの。でもこれから自分の中で、「本当にそこに崖があって、その向こうに行ったら死んでしまう」、という状況を作り、体験していかなければならないだろうなと思うんです。

財部:
今のお話は、僕の中でも非常に考えさせられるテーマですね。たとえば、いま「どんなタイプの経営者が良いのか」という判断を迫られたとして、本当にあらゆる場面で地獄をみてそれに耐えてきた、叩き上げの経営者がいいのか。あるいは様々な人生の裏街道をすべてみてきた、という人が、本当に「強い経営者」といえるのかというと、僕自身としてはNOなんですね。

横川:
そうですか。

財部:
もちろんその一方で、本人にも才能があり、しかも苦労せずに守られてきた結果、順風満帆に進んできたという姿は、いわゆる「苦労型」と比較してどうなのか。そう考えると、僕は必ずしも苦労型ではなくてもいいんじゃないか、と思っているところがあるんです。 というのも商売とは、「マーケット」あるいは「マーケティング」という言葉のレベルではなく、もっとその本質に迫っていけば、「その店に来てくれる顧客にどんな価値を提供し、どんな価値観を共有できるか」、ということになりますよね。

横川:
はい。

財部:
つまりは、顧客が望んでいる価値に、店側がきちんと応えてあげるという、そこが重要なんです。しかも、その根本の精神として、いかに「お客様のために」ということを純粋に考え抜くかが、非常に大事になってくる訳ですね。

僕はこの10年、15年ずっと日本経済をみてきて、「CS」という言葉を使うこと自体がナンセンスだと思っているんです。要は、いわゆる「カスタマーズ・サティスファクション」というものを、本気で誰も考えたことがなかったから、その言葉がブームになってしまう。つまり日本には本当の意味で、「お客様のために」というカルチャーがなかった。

横川:
そうですね。

財部:
しかし、日本にはごく稀に松下幸之助のような人物がいて、「お客様のために」と考え抜くことを、1つの哲学として高めました。でもこれは本当に稀な事例であり、普通ではなかなかそうはいかない。かといって、苦労型の経営者であれば必ず「お客様のために」と考えることができる、ともいえないんです。だからやはり、結果として、技術的に「お客様のために」ということを皆が真剣に考えれば儲かる、ということになる。これが、まさに孫正義さんなんですよね。「世のため人のため」という論理立ては、孫さんにしてみれば得意中の得意ですが、これも「世のため人のため」というところにビジネスチャンスがあって儲かるから。だから孫さんは盛んにそう語っているんです。これと、本当に「世の中の人々をハッピーにしてあげたい」と思うこととは、まったく違いますよね。

横川:
違いますね。

財部:
僕はその部分で、横川さんは今非常に良いポジションにいると思います。非常に厳しい「キャピタリスト」のお父さんから多くを教わり、その中でどんどん業態を拡大していくと、今度はやはり、内部で様々な難しい問題が起こってくるとは思いますが――。

横川:
ええ。

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財部:
人の管理の問題然り。また、これまで伸びてきた業態が、今後も伸びっぱなしということはないから、当然どこかで軌道修正も必要でしょう。でもそれを別に、「本当の恐さ」と思う必要はなく、経営とはそういうものだ思うことで十分ではないでしょうか。

横川:
そうですね。

財部:
それで、のびのびとやっていかれたら、凄くいいと思いますね。挫折や失敗にしても、普通の社会人が10年や10数年かけて、初めて経験しうる体験を、「保険付き」で短期間のうちに乗り切ってしまったことも、ある意味で大きな強みとして考えていいと思います。

横川:
最近、何となく「ああ、そうなのかな」ということが分かるようになってきました。でも財部さんがおっしゃった「保険付きの短期講習」(笑)については、その当時の負の遺産はまだ残っていますので、これから時間もかけて、それを整理していかなければなりません。

財部:
そうですね。

横川:
ウチでは「純粋バイオDNA」といっているんですが、社員はとにかく何事においても、純粋に「人に喜んでもらえること」が好きなんです。これまでも、自分たちが好きでやりたいことをやってきていて、皆そういう感覚を持った仲間同士なので、研修のやり方や資料の作り方1つをとっても、トップダウンで何かをやることは最近あまりありません。その時々の状況の中で、現場に必ず、下からリーダーが突き上がってくるんです。そういうやり方が自然にできているので、たとえば『George's』はいち早く独り立ちできたのかもしれません。若いなりに、社会人としてのマナーも含め、一所懸命にやろう。そして自分たちで何かを作っていこう。不器用ですが、必ずやれる、という社員がウチには多いですね。

財部:
何か、まったく新しいビジネスモデルを作れるかもしれません。既存のプロを呼ぶのではなく、素人が集まり一所懸命考え「粘土をこね」ていく。そして、しばらくすると、その「土」が本当に手になじんでくる、というビジネスの立ち上げ方があれば素晴らしいですね。

横川:
高度成長期に生まれたビジネスモデルやマーケティングをベースとしたり、様々なロジックに裏付けられたビジネスモデルとは一線を画し、100年とか数百年続く「老舗」を作った先人たちの事業の立ち上げ方を、僕は今一番知りたいし、そんな人物になりたいと常日頃から思います。

財部:
そうなんですか。

横川:
それを1番良く教えてくれたのが、今僕らが唯一受けている、他人が作ったブランドの『ディーンアンドデルーカ』。このブランドを作り上げた人物の強い思いと、その事業の立ち上げ方は、30年経っても一向に輝きを失わないんです。

財部:
世界の名だたる成功者の1人であるお父さんがキャピタリストとして、横川さんのコンセプトにキャピタルを投じようというところに、ある意味で時代の変化が透けてみえてくるところがありますよね。

横川:
ええ。

財部:
まさに、その恵まれている部分を最大の武器にして、どこにもできないモデルを作っていってほしいと思いますね。

横川:
そうですね。ありがとうございます。

財部:
ありがとうございました。

photo
(2006年9月25日渋谷区神宮前 ジョージズファニチュア本社にて/撮影 内田裕子)