全日本空輸株式会社  山元 峯生 氏

7期ぶりの黒字化、そして最高益達成までの道のり

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財部:
そうですね。まず会社の話を最初に少し伺いたいんですが、2004年3月期に7期ぶりに黒字転換されて、06年3月期は史上最高の利益を達成されています。この辺は何度も取材を受けられ、同じことをお答えになっていると思いますが、この黒字化の背景にあるものは何だったんですか?

山元:
かつて当社は1997年に30年ぶりに無配に転落しました。結果的に、そのとき社長を務めていた野村(吉三郎前会長)の代で4年間、その後を継いだ大橋(洋治現会長)の代の前半2年間と、6年間無配が続いたんです。それが大橋の任期の3年目から復配し、私が社長になった1年目も配当を続けられているということなんです。結局のところ、1994年頃から始まった規制緩和に対し、自由競争に耐えられるだけの会社の経営インフラができていなかったんですね。ですから、それを野村の4年間、大橋の2年間で作り上げてくれた延長線上に、いまの業績があると思うんです。

財部:
その「インフラ」とは何なのでしょうか?

山元:
具体的に言うと、野村のときは全社に役員が35人もいましてね。意思決定機関とはいっても、ヒラの取締役はあまり発言もできないような重苦しい――よくいえば重厚な雰囲気だったわけですよ。それを15人ぐらいまでに思い切って半減させて、その中で8人の戦略会議メンバーを絞り、朝令朝改でもいいからどんどんやっていこう、という取り組みをまず始めたんです。これも野村の時ですが、99年に世界の主要航空会社のグローバル・ネットワーク、「スターアライアンス」にも入りました。JALさんは来年ですが、ここで私たちはこれまで知らなかったようなことも勉強できましたし、当時われわれが持っていなかった『PROS』というイールド管理システムを、20億円ぐらいずつかけて国内・国際線に導入しました。その結果、とにかく数を集めたはいいが、単価の低いお客様ばかりで、営業利益も出ない、というようなことはなくなったわけです。きちんとイールド管理をして、単価の高い席から埋めていくという仕組みも経営インフラの一つですね。

財部:
なるほど。

山元:
次の大橋の時に画期的だったのは、経営理念をきんと構築したことです。その結果、「われわれはただ生きていけばいいというものではない、社会のために夢と感動を届けるような仕事をするんだ」という原理原則は、もうブレなくなりました。私は、この2人が耕した延長線上にたまたま今乗っているんですね。でも、私はいつもいっているのですが、やはり当社はまだまだ「半病人」だということなんです。

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財部:
「半病人」ですか。

山元:
この間の株主総会でも、配当の「3円は安いじゃないか」という声が少なからずありました。たしかに「3円配当」なんていうのは、現在の状況からみると半人前で心苦しいんですが、やはり当社がアジアのナンバー・ワンになることを目指す2009年を睨むと、設備投資その他に回すしかない。いまは「まだ半病人です、もう少し待って下さい」というお答えしかないんですよね。

山元:

財部:
現在の全日空さんの、強みは何ですか?

山元:
いまの時点で? そうですねえ、JALさんと少し差がついているのは、これまで機体更新を頻繁にやってきたことですね。ですから、燃費効率が悪くて航空機関士が乗っている、いわゆる昔のジャンボは、今年3月で1機もなくなりました。燃費が高いと経営的にも負担になるので、そのぶん軽くなったと思います。それから、先ほどのアライアンスもありますが、JJ(JAL、JAS)が統合により危機感が一気に高まり、コスト構造改革ができました。このあたりは、非常に大きな強みなんですけれどもね。

財部:
では逆に、弱み何でしょうか?

山元:
あえて「弱いところはどこか」といわれると、われわれはいま生き残るためにグループ経営を進めているのですが、収益性の高い路線から収益性の低い生活路線まですべてをカバーしなければならないことですね。高級輸送機関として、儲からない路線を勝手に外し、「今日から飛ばないよ」とはいえません。そこで、ANAは60%を仕切る事業持株会社にして、こうした路線を運航しても赤字を出さない小さな効率的な航空会社をいくつも作っているんです。しかし、不祥事の報道などを見ていると、子会社・孫会社や委託会社が増えていくと、そこから往々にしてひずみが出てくるもので、ここがやはり一番心配ですね。

財部:
そうなんですか。

山元:
今後2009年をめどに当社がグーッと拡大期に入る際、何かひずみができてそこから亀裂が生じないようにという、そのチェックがまだ足りないような気がするんです。

財部:
その「チェック」では、具体的に何が問われてくるんですか?

山元:
幸い、今年の10月に改正航空法が施行になりますが、安全統括管理者の選任が義務づけられたり、それぞれの企業で安全を、掛け声だけではなく安全管理規定の仕組みで担保しようという法改正になります。それに合わせて、もう一度グループ共通の「横串」を通せば、ある程度のことは仕組みでカバーできると思うんです。

財部:
でもそうなると、矛盾するようですが、ある意味ではやはり収益を上げられるところでしっかり収益を上げていかないと、安全に対する担保力も手薄になるのでは?

山元:
安全のために整備士を減らすとか、そういったことは1回もやっていません。

財部:
そういう意味ではなくて、海外路線や貨物といった伸びる事業をどんどん伸ばしていくという部分がですね、結果としてグループ全体の安全を担保することにつながっていくと思うんです。

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山元:
やはりいわれるように、中長期的に経営と安全はリンクするかもしれません。それがもし何らかの理由で、15年で更新したい機体を20年まで引っ張ると、逆に高く整備コストがかかってくるということになり始めます。ですから競争と同時に、やはりそこに至るまでに機体を更新しなければなりません。つまり苦しいときに新機種に設備投資をする。そうすると燃費効率もよくなり、結果として企業収益も上向いてくるというわけです。いずれにしても、去年1年を通じて、「やはりANAにとってはもう安全しかない」と思いましたね。

財部:
山元さんもほんとうに、繰り返し繰り返し「安全だ」とずっと仰っていましたね。そこで社長という立場で、この全日空という会社の安全を担保するためにできることには何があり、山元さんご自身は実際にどんなことをされているんですか?

山元:
たとえば、これは大橋会長が始めたんですが、毎週火曜日の9時に私と副社長で羽田に行きましてね、パイロット部門、客室部門、整備部門、オペレーション部門の本部長、そして東京空港支店長の5人と一堂に会してミーティングを行っています。彼らがその前の一週間の運航状況をすべて表にまとめてくれていて、たとえば国内線なら一日に800便以上の中で欠航した便数とその理由、気象状況や機材の故障の有無、機内で起こったことなどについて報告を受けるんです。

財部:
そうなんですか。

山元:
これを毎週行っていますとね、「門前の小僧」じゃないんですが、たとえば整備関連で専門用語や図面を交えた説明でも、だんだんと頭に入ってくるようになるし、「生ぬるいなあ」と思ったら、「それはちょっと変じゃないの?」といえるようになるんです。ただ、そこでミスを隠す体質が出てくると、もうこれは終わりですが、「とりあえず全部さらけ出して、この際早く怒られておこう」という安全文化が定着してくると、それが一つ大きな基盤になると思うんですね。

財部:
はい。

山元:
それから、これも大橋のときから始めた「ダイレクトトーク」という制度があります。たとえば飛行前に給油を行い、貨物を積み込み、お客様を乗せるという、飛行機が出発するまでにやる一連の作業がありますね。それは6箇所ぐらいのセクションで成り立っているんですが、そこから若手を2人ずつ計12人を呼び、「自分のセクションで何か小さなミスがないか。隣で少しここがおかしい、といった情報はないか。まあ、何でもいってくれ」というように、上司を交えずに私が直接聴くんです。いわゆる「ハインリッヒの法則」(重大事故1に対して軽傷事故が29、無傷事故は300の比率で起こるという法則)、を踏まえてですね。

2009年、ANAはアジアでナンバー・ワンになる

財部:
もう1つお聞きしたいのは、山元さんがよくおっしゃる、「2009年にアジアでナンバー・ワンになりたい」という言葉についてです。その際、「シンガポールエアラインが目標」だと大概おっしゃっているんですが、それはなぜなんですか?

山元:
その1つは、毎年日本で取る顧客満足度調査や、イギリスのスカイトラックス社が行う国際調査です。地上や機上でのサービスごとに各エアラインの評価があって、中には客室編などの顧客満足度調査もあるんです。当社はそこで、日本人のビジネスマンには比較的良い評価をいただいてるんですが、世界のレベルになると、シンガポールエアラインにいつも負けているんです。

財部:
どこが違うんでしょう?

山元:
チーフパーサーが違います。向こうのパーサーはだいたい5年でほとんど引退し、優れた人だけが昇格していきます。その中でも選りすぐりの人材がチーフパーサーになり、しかも定員制になっている。つまり1人辞めないと次のポストができないということで、専門性が高いんですね。

財部:
なるほど。

山元:
ところが当社は、必要数100人のところを130人ぐらいでちょっと余裕を持って回しているものですから、そのぶん昇格条件が甘いのか、ちょっとばらつきがあるんです。実際、お客様にもの凄く褒められるときと、「あれは何だ?」といわれるときと、やはりまだばらつきがある。そこが問題の1つだということを、客室本部長の山内も話していましたね。

財部:
ただ、シンガポールエアラインに実際に乗ってみると、その「ばらつきのなさ」がほんとうにどこまでいいのか、という感じもありますね。実際、いろいろなところでそういう話も出ていますし、私にいわせれば、ほんとうに無機質で、じつにシステム化されたサービスだなあという感じを受けますが。

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山元:
逆に、当社のサービスは、外国人にいわせると「ベタッとしすぎている」ようです。何か声がするから、ふとみると、すぐ右にパーサーの顔があって膝をついていたのでぎょっとした、という話もあるぐらいで(笑)。

財部:
そうなんですか(笑)。

山元:
お客様がおっしゃることはさまざまですので、これはもうきりがないんですが、ただ1つの目標を持って、自分たちにはどこが足りないかを研究していくことはいいと思いますね。

財部:
やはり、アジア路線を考えたときに、今後のメインは中国ですか?

山元:
確かに、儲かる路線になっていますね。ビジネス需要が多いのと貨物が下支えしていますから、収益性は悪くありません。ただ、やはりですね、チャプター・イレブン(米国破産法11条)が適用されていたユナイテッドエアラインはそれを脱却しましたし、今後だんだん元気が出てくると思います。一方、アジアにはアシアナエアラインやシンガポールエアライン、タイエアライン、そしてわれわれがいます。そのアジアの中で地の利があるのはわれわれですから、日本の経済力が製造業を含めてまだ持ってくれれば、「ハブ」(中心地、拠点)の日本へ寄って仕事をしたあと、どこかへ行くというビジネスニーズが見込めます。

財部:
地域的に、中国以外で山元さんが「ここは」と思っていらっしゃる場所はあるんですか?

山元:
バンコク、それからシンガポールを2便にするということですね。

財部:
インドはいかがですか? 撤退されましたよね。

山元:
ええ、撤退しました。それで盛んにラブコールがくるんですけどね(笑)。まだよくわかりません。それにしてもまあ、インド経済は皆さんが騒ぐほどのものだろうか、というような気がするんですが、どうですか?

財部:
2月に行ってきましてね、正直いって滅茶苦茶です。お話にならない、というのが実態だと思いますね。それについて象徴的なことがありまして、じつは私がサンデープロジェクトをレギュラーでやるようになってちょうど10年目になるんです。その少し前、私は90年代前半にやはりサンプロで「インド経済がいい」ということで取材をしまして、スズキ(鈴木自動車)と、バンガロールのインフォシスというIT企業を訪れたんです。ところが、それから10年以上経ち、また取材でインドを訪れるにあたって、これ以外の企業に取材しようといったのに、結局また取材先がスズキとインフォシスになったんです。つまり、皆さんいろいろなことをいいますが、この間、何も変わっていない。たしかにインドは経済成長をしていますが、じゃあ日本企業が続々と進出したのか、あるいはヨーロッパ企業が新たに直接投資をしたのか、というとほとんどないんです。

山元:
でも、いま凄いんですよ。「インドだ、インドだ」と皆が煽り立てるものですから。

財部:
大間違いですね。株が上がったから、皆さんああやって大騒ぎをしていたんです。しかし実際に行ってみると、街の貧しさとカースト制度の厳しさは想像以上です。ああいった身分制度の厳しさがある社会で、資本主義は健全に発展しないですよ。

山元:
なるほど。ただ、テレビで見ただけですが、インドで中間層が育ってきて、購買力が上がったといっていました。しかし、それはやはりインド国内の話であって、われわれは人が動かないと商売にならないですからね。

財部:
ええ、ですから日本とインド間の往来について、いったいどこで需要が生まれるのか、到底理解できないんです。最近いろいろな企業の経営者と会っていても、中国の労働単価が上昇しているので、「ベトナム」という言葉が頻繁に出てきますよ。いま中国とベトナムでは、人件費としてはそれほど変わらない、という感じになってきていますからね。

山元:
なるほど、ベトナムの方が――。

財部:
全然いいと思います。