キヤノン株式会社 御手洗 冨士夫 氏

御手洗社長の後継者はどこに。

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財部:
一般的に企業が海外展開をするとき誰もが理想の姿として「現地化」だといいます。その意味するところは、現地の人を社長にするということです。ところがキヤノンの「現地化」はまったく違う。現地に赴任している日本人を現地化させてしまうんですね。そしてそれぞれが専門性を高めて、現地に張り付いてやっていく……そう認識しています。そのようなことがさまざまな場面で機能しているのだと思うのですね。ところがこの間キヤノンの関係者にたまたまお目にかかって話を聞いたところ、「それが逆にでることもあるんだ」と。専門性を強く求めることで、もっと横断的な仕事をしたいという従業員には住み心地が悪くなってしまうと。ある若い年次では事務系社員の60人中20人が辞めたというケースがあると。そのあたり社長はどのようにお考えですか。

御手洗:
それはですね、いろいろな教育で補っているんですよ。いろいろな経営学や経理の研究も用意しています。課長・部長クラスから選抜して幹部候補生の勉強会を開くんです。で、そこからもう一回上のクラスの勉強会があって、私が塾長を務める『経営塾』で勉強をする。『経営塾』では隔週毎、土曜日の朝から晩まで使って経理、経営学、思想、社会学全部教えるんです。そして、この『経営塾』の中から役員を選抜することになっています。

財部:
では御手洗社長の後継者は『経営塾』の中から出てくるということですか。

御手洗:
いや、役員からです。ただ私が社長になってから役員を22人作りましたけど、ほとんどが『経営塾』出身でした。

財部:
では最後にもうひとつ聞かせてください。社長ご自身から見て、キヤノンがいま直面しているもっとも大きな問題は何でしょうか。

御手洗:
やはり、次の事業ドメイン(領域)です。

財部:
新しい収益の柱をどんな事業分野で確立していくか、ということですか。

御手洗:
2020年まで持続的発展・拡大をしていくために、今のキヤノンにどのような技術があるのかが問題です。持続的発展をしてゆくためには、キヤノンの技術の範囲は狭すぎると思っているんです。もちろん手は打ってありますが。

財部:
と、いいますと?

御手洗:
本社の敷地内に『先端技術研究所』を作りましてね、R&Eの社員をここに集めました。同研究所の顧問は一橋大の客員教授で元テキサスインスツルメンツ日本法人会長の生駒俊明先生です。5年先までなら、いま我が社が行っているビジネスだけでも充分食べていけます。しかし2010年から2020年まで見通した場合、いまのままでは私の夢である世界の"エクセレントカンパニー"にはなれません。

財部:
新しい事業ドメインとは、具体的にどのようなものなのですか。

御手洗:
まあ、バイオとか通信とか……そのような分野です。少なくとも2010年過ぎにキヤノンが今と同じ事業ドメインのままであったら、現状のような利益は出せないですよ。

財部:
それにしても2020年まで視野にいれるというのはすごい。サラリーマン社長では考えられないことですね。

御手洗:
いやいや私もサラリーマン社長ですよ(笑)。

財部:
少なくとも2期4年で退任することが規定路線になっているような形式的な社長では、なかなかそういう発想はできないのではないでしょうか。

御手洗:
それはそうですね。任期が短かったら社長の仕事なんてできないですよ。そういうところこそ、アメリカの真似をしたらいい。GEのジャック・ウエルチは20年やっていたんですから。デュポンのホリデー氏も7年目です。私だって、もし社長の任期が4年しかなかったら従業員に嫌われるようなことはしませんよ。楽しくやって、後任にバトンタッチしたくなりますね。

財部:
短い任期では、未来に対する責任感は生まれてこないですね。

御手洗:
社長も人間です。誰だって社員に嫌われたくないから、改革なんてやりたくないですよ。私がPC事業から撤退を決めた時は、社内のイントラネットで悪口が飛び交いましたから。そのようなことと闘いながら私はやってきたんです。「いつか、改革して良かったと思わせてやる」という意地もありましたよね。まあ、そんなことは4年やそこらではできませんよね。

財部:
ありがとうございました。

(2005年7月25日 大田区下丸子 キャノン株式会社本社にて/撮影 内田裕子)