キヤノン株式会社 御手洗 冨士夫 氏

ついにキヤノンが「テレビ」市場に殴りこみ

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財部:
キヤノンが新型テレビ市場に新規参入するというニュースには驚きました。テレビは超激戦区です。いかにキヤノンといえども、これまでまったく手がけたことのないテレビのマーケットに新規参入するのは容易なことではありません。投資も莫大なものになるでしょう。なぜ、それほど大きなリスクをとるのですか?

御手洗:
今後、ブロードバンドの時代が進んで行くと家庭にもオフィスにも、あたりまえのように動画が入っていくようになります。そして、デジタルテレビが家庭のインフォメーションセンターになると思うのです。テレビがデジタルテレフォンになるだろうし、ニュース番組や料理番組からテキストやレシピを印刷して取り出すようにもなると思うのです。今の我が社はプリンタやコピーは持っていますが、肝心要の真ん中に座るテレビを持っていない。このままではキヤノンは周辺機器メーカーになってしまいます。コンシューマープロダクトで一流の会社になるには、やはりテレビが必要だと判断したのです。

財部:
マーケティング、ブランド上の理由で?

御手洗:
あと、もう一つあります。これからデジタルテレビが家庭の中心に座ると仮定すると、そのテレビと周辺機器との使い勝手や利便性の競争も起こってきます。テレビを中心にしたシステムを作るためには、テレビ側からの研究が欠かせません。テレビ側からもプリンタ側からも、つまり出力側からも入力側からも研究をしていかないと大きな進歩はできません。今、キヤノンの製品を消費者に選んでいただいているのは、デジタルカメラとプリンタの両方を持っていたからなのです。他社さんはどちらか一方です。キヤノンは両方持っていたので、カメラとプリンタを直接つないでプリントアウトするというシステムを作りあげることができた。この利便性が受けたのです。デジタルテレビでも同じことをしないといけません。

財部:
キヤノンはかつてパソコン事業に進出し、撤退したという経緯がありますが、今回のテレビ事業進出はパソコン事業のケースとはまったく意味が違うのですね。

御手洗:
違います。新型テレビのディスプレーであるSED(=サーフェス・コンダクション・エレクトロン・エミッター・ディスプレーの略)は我が社のオリジナルパテントなんです。だからやるのです。大切なことは、その商品の基礎部分に独自技術があるかないか、なのです。それが競争力を決定づけます。PCから撤退をしたのも、CPUが自社製ではなかったからです。私はかつて、七つの不採算部門を閉鎖しましたが、それはすべて、コアな部分の技術が自社製ではなかったものばかりです。もちろん直接的には赤字だったからですが。

財部:
しかしデジタルテレビはいま凄まじい価格競争の時代に突入していますよね。消耗戦のような価格競争に巻き込まれる心配はしていないのですか。

御手洗:
それは、もちろんしています。

財部:
前提だということですね。

御手洗:
そうです。競争というのはそういうものです。だってデジタルカメラだって同じじゃないですか。熾烈な競争があって価格は下がりっぱなしです。でもうちはお陰様で儲かっています。結局生産技術なんです。いかに安く品質の高いモノをつくるか、です。

財部:
新製品のオリジナル技術を開発するときからすでに、生産技術の闘いになるということを前提にすべて動いているわけですか。

御手洗:
そうです。

財部:
製造原価の低減化について、どうお考えですか。

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御手洗:
私は社長就任後、工場のベルトコンベア方式を撤廃して、セル方式に切り替えたことで、コストの低減と生産性の向上、双方を達成できました。セル方式は今後も続けていきますが、このままではダメだと思います。これから先も持続的に増収増益を達成するためには、持続的増産が必要です。そうすると、従業員の数も給料も確実に上がっていくことでしょう。実際に過去十年で、従業員の数は7万人から10万人に増えました。今後はいかに少人数でモノを作っていくかを常に考えて、従業員の増加ペースを抑制していかなければなりません。

財部:
社長は盛んに「工場の無人化」ということを言っていますね。

御手洗:
できれば製品の中身をすべてユニット化して、そのユニット化した部分についてはロボットで自動生産しようと思うんです。そして、一番最後の組み立てだけは人間が行う。このようなことができれば、例えば中国での人件費が上がったとしても、安く製品を製造できる。もちろん無人化と言っていますが、人間がゼロになるわけじゃないですよ。社長がプロパガンダするときは大袈裟に言いますから(笑)。

財部:
一方で社長は、既存の従業員はリストラしないという方向でやっていますよね。その部分に関してはいささかも変更ないですか?

御手洗:
私はね、景気のいいときにだけリストラをすることにしているんです。不採算部門の人間を増産部門に回せるでしょ。景気の悪いときには給与カットとかワークシェアリングで乗り切る。そうすれば人は減らさないですむ。あとうちは、転職支援もしているんですよ。例えばいままでベルトコンベアで働いていた従業員の中から選抜して再教育し、ソフトウエアのバグの品質管理に回しているんです。そういう人が300人くらいいます。

財部:
そんなことできるんですか?

御手洗:
できますよ。転職スクールを会社内でやっていますから。こういう風にいろいろなことをやって不採算部門の人を採算ベースのところに回すから、人は余らない。