小林製薬株式会社 代表取締役社長 小林 章浩 氏

財部:
御社の課題というか、小林社長が1番問題だと感じているのはどういうところですか。

小林:
会社経営上でいうと、やはり開発ですね。社員のモチベーションも高いのですが、会社の規模が大きくなってくると、先の調査の話にしても、この調査で80点が出たから次に進み、次の調査で80点が出たからまた進むというように、仕事が流れ作業のようになってしまいます。点を取ったらそれでいいんだ、という風潮になっている傾向があります。

財部:
そうですか。

小林:
私たちのプレッシャーが強すぎて、開発をどんどん進めなければならないから、そんな風潮になっているのかもしれません。消費者もしくは健康上のある問題で困っている人たちは、本当にこの製品がほしいのか。製品を使ってみて本当に実感があり、彼らを喜ばすことができるのか、という部分のこだわりが希薄になってきているような気がします。そこを社員と一緒にもう一度考え、もっと丁寧に開発を進めていかなければならないと思っています。

財部:
私は、10年、15年とデフレが続いた間に、日本人そのものが劣化してしまったのではないかという認識を持っています。価格が壊れたというよりも、日本人が壊れてしまった。審美眼や、本当に良いものにはお金を払うという感性が壊れてしまったのです。マーケットもそうですが、仕事のやり方という面でも、そのことを強く感じるのですよね。

小林:
おっしゃる通りです。価格がどんどん安くなる環境で、なんでも安く作れ、安く作れという風潮だったと思います。

財部:
そういう中でこだわりを持ち、皆が賛成しなくても「これは世の中の役に立つのだから作らせてほしい」という人が出てきてもいいはずです。でも、日本もついに底を打ってそういうモードに切り替わり、いろいろなところで芽が出てきているような気がします。今の小林社長のお話は、私からすると、その芽の1つに思えるのですよ。

小林:
東京などでは最近、若い女性がよく行くような場所に伝統工芸品が置かれるようになりました。そういう店が素晴らしいグラス、麻の布、包丁などを売っているのです。享保元(1716)年の創業以来、手績み手織りの麻織物を扱っている中川政七商店さんというところなのですが、ご存じないですか。東京駅前で日本郵便が手がけている商業ビル「KITTE」に伝統工芸品などがたくさんありますが、そこにも店舗があるのです。それが最近のマイブームで、古くて良いものや、値段で表しきれない部分もあるかもしれませんが、値段は高くても本当に良いものにお金を遣いたいと思っているのです。

現場の地道な活動にこそ報いる

財部:
事前にいただいたアンケートの「お気に入りの映画」という質問項目に、『ニュー・シネマ・パラダイス』と書いておられますが、これはどういう理由なのでしょう? 私が1番好きな映画が、実はこの作品なのです。

小林:
私が見たのは大学生の時で、映画館で上映していた頃です。

財部:
では同じ頃に見に行っているという感じですね。

小林:
まだ20歳そこそこなので、郷愁のようなものはなかったのですが、私は中学の時から親許を離れて東京に住んでいました。親は関西にいたので、それが関係あるかもしれませんが、仕事で成功した人が幼い頃や田舎を思い出すというストーリーに加え、音楽のメロディにも非常に感銘を受け、年を取ったらそうなりたいと思っていました。

財部:
私が大学生の頃に私が観た映画の中で1番インパクトがあったのは『ディア・ハンター』でした。その作品に取って代わったのが『ニュー・シネマ・パラダイス』だったのです。ある出版社の編集者に「素晴らしい映画があるよ」と紹介されて、見に行ったのです。当時はまだ完全版はなく、主人公のトトが、映写技師アルフレードの形見である、キスシーンが次から次へと出てくるフィルムを見るシーンで終わる劇場公開版でした。劇場公開版だと、年の離れた子供と老映写技師との友情のような話なのですが、そのあとに完全版を見ると、まったく印象が変わってくるのです。

小林:
そうでしたか、私もたぶん両方見ていますが、そこまで詳しくは覚えていないですね。

財部:
その後、『ニュー・シネマ・パラダイス』の完全版を、私は年に2回ほど、繰り返し見続けていました。ここ数年は、さすがに年に2回ということはなく、たまに見る程度なのですが、アンケートでもこの映画を挙げる方は非常に珍しいですね。

小林:
そうですか、それはよかったです。

財部:
「宝物」として「仕事の人脈」「趣味の人脈」「食事をする人脈」とお答えですが、その3つの人脈は違うのですか? 重なっている人もいるのでしょうか。

小林:
そうですね。「仕事の人脈」の半分は得意先で、あとは仕事の関係先が半分です。

財部:
「趣味の人脈」というのは、トライアスロンということですか。最近トライアスロンで経営者がかなりつながっていますが、そのお仲間なのですか。

小林:
そうですね。「経営者の輪」の過去記事にも、青山フラワーマーケットを運営しているパーク・コーポレーションの井上英明社長を始め、何人かが連続で出ていました。

財部:
スマイルズの遠山正道社長、セイノーホールディングスの田口義隆社長もそうですよね。

小林:
私は田口社長に紹介していただき、メンバーに入れてもらいました。最初は自分には無理だと断っていましたが、30歳を過ぎてお腹だけが出てきたので、ジョギングを始めたら楽しくなり、「では来年のレースに出ます」とお受けしたのです。

財部:
あのメンバーには、どちらかというと、やや肉食系の起業家が多いではないですか。そこは最初からうまくマッチングしたのですか。

小林:
パワーをもらいますね。皆さんは先輩で、こちらの方が若いのですが、アグレッシブで前向きです。

財部:
私が見ていても、アグレッシブに仕事をしているにもかかわらず、十分にエネルギーを消化しきれないぐらいの雰囲気ですね。

小林:
時間の使い方がうまいですね。トライアスロンは時間がかかる競技ですから、練習にもある程度時間を作らなければなりません。皆さんが「時間のないところで、5分、5分をひねり出し、30分を作って少し走る」ということをおっしゃっていて、凄いなあと思いました。われわれも常々忙しい、忙しいと感じていますが、5分や10分を無駄にしていることは数多くあると思うのです。そんなことも学びましたね。

財部:
経営者の会にもいろいろありますが、トライアスロンチームの皆さんは、ほかにはない雰囲気を醸し出していますよね。

小林:
そうですね。

財部:
「今思い出しても恥ずかしい失敗」という質問に、社長になって初めて全社員を集めて行った経営方針発表のエピソードが書かれています。「現場の事例発表大会の表彰式で受賞者の涙にもらい泣き。ボロ泣きで賞状を読めませんでした」とありますが、それほど感動的だったのですか。

小林:
どんな会社にも、たとえば社長表彰の時に業務改善発表大会があり、うちも長年やってきたのですが、少々行き過ぎている感があったのです。2年ほど前から私が中心になって企画をしていましたが、メーカーですから「1億5千万円のコストダウンを達成しました」とか「新製品が大ヒットしました」という事例ばかりが優勝するというのは考え物で、「もっと現場の地道な活動にスポットライトを当てることはできないか」と、とくに営業が言っていたのです。そこで私から「今年から日常業務を大切に見ます」とたまたま発信したのです。そのあと、私が社長になって半年後に発表大会が行われました。 私がもらい泣きしたのは北海道のMD(マーチャンダイザー)たちの発表です。MDとは、店頭に行って自社製品を棚の前の方に出すとか、もう少し広いスペースをもらって陳列するという仕事をする人たちで、全国に約100人いるのですが、だいたいが女性です。

財部:
そうなんですか。

小林:
彼女たちは北海道内の広いエリアを毎日車で回っているのですが、小林製薬の新商品などに関するニュースを紹介するチラシを3人ぐらいで作って小売店に配り、商品をきちんと陳列してもらうような工夫をしていました。最初はまったく見向きもされず、紙も捨てられていましたが、それがやっと実を結んでお客様との信頼関係ができたという話なのです。地味な活動で、それぐらいのことではなかなか点がつかないはずなのですが、皆で採点してみたら1位になりました。皆が心を打たれていたのです。他に1億5千万円のコストダウンの事例発表もあるわけですから、彼女たちもまさか自分たちが1位になるとは思ってはいませんでした。2人の発表者が抱き合って泣いてしまい、それにもらい泣きしてしまったのです。皆が見ている前で涙が出てきて、表彰状も読めないくらいだったのです。その日、経営方針などを喋りましたが、方針内容よりも、その涙が1番良かったと皆に言われます。

財部:
もし社長になっていなかったら、そのシーンは違うように感じられたのでしょうか。

小林:
社長になったからそう感じた、という部分もあると思います。うまくは言えませんが、それまで私は国際事業部やマーケティング、製造部門といった、どちらかというと派手な部署にいましたので。もちろん営業も見ていましたが、自分の直接の管轄ではありませんでした。その中で(営業部門が)本当に一生懸命にやっている事例に自分も点をつけましたし、皆も点をつけて評価してくれたことが嬉しかったですね。たまたま私も1位でしたが、やはり何か、皆が感じるものがあったのでしょう。

財部:
最後の「天国で神様にあった時、なんて声をかけてほしいですか」という質問は、なかなかのキラーコンテンツで、皆さんの回答に個性が出るのです。「人のやる気と力を引き出すのがうまかった。多くの人の目を輝かせた」とお答えですが、そういうミッションをお感じになっているということですね。

小林:
今の自分の中ではそれがミッションです。失礼ですが、最初はこの質問はふざけているのかなと思ったのです。ところが質問の意味を深く考えてみると、結局、自分の人生の中で何を評価してほしいかということですよね。私はいま社員の力を全然引き出せていないので、もっとやる気になって力を出してもらえるようにしたいと思っています。話がそれますが、オーケストラの指揮者のタイプにはいろいろあって、指揮棒だけを見て、すべて自分の言う通りにすることを演奏者に求める人と、ほとんど棒を振らずにアイコンタクトと笑顔で、「いいよ、いいよ」とメッセージを発信する人がいると聞いたのです。

財部:
2つのタイプの指揮者はどう違うのですか。

小林:
自分の言う通りにすることを求める指揮者だと、オーケストラは指揮者自身のレベルを超えられませんが、自身の100%の力を出せる楽団になる。一方、指揮者がアイコンタクトで「いいよ、いいよ」とやる方は、もっとパワーを出せる可能性があるという話でした。主に開発の仕事になりますが、私はどちらかと言うと、まだ社員の力を引き出せておらず、「駄目だ、駄目だ」と言って元気をなくさせるような仕事のやり方をしていると思います。開発にはお金がかかりますし、商品を発売するには投資も人員も必要です。営業マンも投入して販売するので、無責任なものは出せません。だから開発の現場で「そういうお客様が本当にいるのか」とか「この満足度でいいのか」と言って尻を叩くことが多いのですが、言い方ひとつで社員はやる気にもなるし、逆にがっかりもしますよね。そのやり方やすべはまだちょっと足りない、そういうところをもっと勉強したいと思っています。

財部:
そうですか。今日は長時間どうもありがとうございました。

(2014年6月17日 小林製薬本社にて/撮影 内田裕子)