サンヨー食品株式会社  代表取締役社長  井田 純一郎 氏

財部:
その意味で、言葉が足りなかったところがあると思いますが、良いものを現地価格で売るには、現地生産以外あり得ません。にもかかわらず現地から撤退してきて、今度は「これからは新興国だ」と言い、日本の高品質テレビやエアコンをインドなどに持って行っても、まったく受け入れられません。これが、日本の家電メーカーが惨敗した理由です。

井田:
現地のスタンダードになっていないわけですね。

財部:
なっていないのです。ハイエンドなマーケットにはコミットできても、結局それ以上は伸びていません。僕が見ていて、海外で成功している会社が多いのは食品業界で、エレクトロニクスや製造業は相当厳しいです。食品業界もすべてが良いとは思いませんが、やはり食品会社はその国の市場に本気でコミットしなければならないので、形式的な人事異動を繰り返し、3年で担当者が交代するというように、進出の仕方が甘い企業は少ないです。その国の市場にきちんと日本人を貼り付けて、いかに現地化するかが問われるからだと思います。この点については、たとえば味の素やヤクルトのように、安い値段で大衆に売る商品を扱っている会社の現地化はレベルが違います。むしろ、欧米で圧倒的な成功体験を持つ自動車や家電メーカーのほうが、非常にグローバル化されているように見える一方で、じつはグローバル企業ではないという気がしますね。

井田:
そうですか。

財部:
驚かれるかもしれませんが、私はトヨタやホンダよりむしろ、味の素やヤクルト、サントリーのほうがグローバル化について高いノウハウを持っているという印象を持っています。その国の市場に入っていった時に、どういう商品が大切で、どんな戦略が必要なのかということを、現地に行った日本人すべてが了解できるというところに、海外市場を本格的に攻めるポイントの1つがあるのではないかと思っているためです。そこで井田さんにお伺いしたいのが、サンヨー食品さんはどういう考え方に基づいて、海外進出やM&Aなどを行われているのかということです。

井田:
海外市場を専門に開拓する部署は一応あります。でもどちらかと言えば、私が興味を持った国にまず行ってみて、マーケットを視察し現地の複数の企業に話を聞いて、面白そうだと思ったら出てみようという感じですね。

財部:
そのほうが正しいと思いますね。

井田:
考えるより行動が先にあり、まずはそこに行ってみて、テストマーケティングや調査をしたり、サンプリングを行ったりして、それでいけそうだと思ったら、パートナーを探してジョイントベンチャーでやる。これが1つのパターンです。行動しているうちに、「これは駄目かもしれない」と思ったら、すぐにやめますしね。

財部:
「撤退も早く」と資料に書いてありますね。

井田:
そうです。その意味では、気楽に(海外に)出て、駄目だったら気楽に撤退しようということです。当社はそれほど規模も大きくないですから、自動車や家電メーカーのように、すべての国でシェアを取らなければならない、という悲壮感はありません。海外に出る時は、2、3年に1カ国ぐらい、ピンポイントでパッと出ます。今年はたまたまロシアに投資ができたので、この1年間はたぶんロシアにかかりきりになるでしょう。それと同時進行で、今数カ国を調査していますので、そのあたりが来年頃からパートナー探しに入ってくるか、M&Aや企業買収を行う段階になってくるはずです。非常に小回りが利く会社なので、機動的にやっています。中国もそうです。

財部:
中国にはどのように進出されたのですか。

井田:
私と、私の父である先代社長と決断して中国に進出しましたが、最初に手がけた事業が失敗しました。私どもと商社さんと、中国の国営企業と3社のジョイントベンチャーでしたが、私たちが進出した94年頃には、すでに中国のラーメン市場はそれなりの規模になっていて、大手3社ぐらいが熾烈なシェア争いを繰り広げていました。そのため現地に工場を造り、「日本の1番おいしいラーメンです」とコマーシャルをかけてもまったく売れません。当時、圧倒的なシェアを誇っていたのが康師傅です。「これは駄目だな」と思ったので、すぐに工場をたたみ、会社も清算して自由な身になり、そのうえでもう一度別の形で中国に出ようと考え、康師傅に投資を行ったのです。

財部:
康師傅には何パーセントぐらい出資されたのですか。

井田:
当社の出資率は今33パーセントです。創業者である台湾人のファミリーも33%を持っていて、上場企業ですから残りは一般投資家が保有しています。つまりはサンヨー食品と台湾企業の2社による共同経営で、役員会のメンバーもお互いに半数ずつ出し、経営会議ですべて決めていきましょう、ということでやっています。

財部:
オーナー会社が、サラリーマン社長の経営する大企業と決定的に違う点が、出資やM&Aの方法です。たとえばパートナー探しについても、一般の大企業や商社の方が、何でもよく知っているようなことを言っていますが、見立てが甘いような気がします。一方、オーナー会社では、「この相手先とは生涯パートナーシップを組んでいく」というぐらいの覚悟で相手を選んでいるのだろうということは、私も端から見て感じています。

井田:
おっしゃる通りですね。オーナー社長がいない大企業の場合には企業対企業、組織対組織という話になるのでしょうが、当社ぐらいの規模ですと、相手企業もオーナー系が多いのです。そうなると「事業は人なり」ですから、相手をちゃんと見て話し、あるいは夜にお酒を飲むことで、何となくフィーリングがわかってきます。そこで信頼できる相手だと思ったら、多少リスクがあっても投資します。しかし、その中で「この人はちょっと違うのではないか」と思ったら、投資をやめることも少なくありません。むしろ振り返ってみると、その判断が正しかったということが多いですね。

財部:
アジアにはオーナー系企業が多く、インドネシアに行こうとマレーシアに行こうと基本的には全部中華系です。それがまた、華僑人脈で横にひろく繋がっています。その意味で、今の新興国の時代もしくはアジアの時代には、オーナー会社のほうが有利である可能性が高いと私は思います。康師傅については、台湾のオーナーの方とも、家族ぐるみでお付き合いをされているのですか。

井田:
はい。康師傅の魏應州董事長は57歳なのですが、一族の息子さんたちが結婚適齢期で、すでに3人の披露宴に呼ばれています。来月も1人結婚するので、ご招待を受けて台湾にまた伺いますが、そういうファミリー的なお付き合いになりますね。

財部:
私も台湾の企業などを取材していると、「明日の朝は、朝食会だから来て下さい」という人がいます。そこで実際に足を運んでみると、一族数10人がみな1カ月に1回は集まり、そこで朝食会をやっているという。そういう関係を、向こうから開いてくれた人たちとは、まったくお付き合いが変わりますよね。

井田:
そうですね。

財部:
その意味で、これから新興国の時代、アジアの時代を迎えるにあたって、日本の大企業は腹をくくり、社長は任期6年を務めたら交代するという形式的なことはやめ、本当に優秀な人ならば、10年でも20年でも経営にあたるべきだと私は思います。はっきり言って、アジアの人たちは、オーナー企業もしくは「私が責任を持ってすべて決断します」と語れるトップでなければ相手にしません。どこに行ってもそうだと、つくづく感じています。

井田:
ただ一方で、欧米ではいわゆる「パブリック・カンパニー」が圧倒的に多いわけです。かなりのケースで資本と所有が分離していますから、オーナー系企業であっても経営は別の人がやっていることが多いですよね。当社は中小企業ですから、社長とはいえ、椅子にふんぞり返って待っていても情報は上がってきませんから、「何でもやる社長」という感じで、1人で何でもやっています。今日の資料も、すべて自分で作りました。

財部:
本当ですか、これほどコンパクトな資料がよくできたものだと思っていました。社長がインタビューを受けるにあたり、部下の方が作られたものだとすれば、非常に優秀な方だろうと感じていたのです。たとえばM&A戦略についての説明で、「スピード重視」や「意思決定を迅速に」はいいとして、「撤退も迅速に」ということは絶対に言わないものです。「撤退も迅速に」ということは、最初から戦略を間違えることがあり得る、と言っているのと同じ話ですからね。

井田:
そう、そう。神様ではないですからね。私がいつも社員に言っているのは、「あの天才打者のイチローですら打率3割で、10回のうち7回はミスをしている。君たちは打率3割ではなく、1割がいいところかもしれない。ということは、手がけたことの9割は失敗するのだから、失敗は恐れなくていい」ということです。もっと言えば、私の決断が間違っていたり、社長自ら失敗する事も少なくありません。だから私は「ごめん、これは俺が間違った。君たちに責任はない。これは方向転換しよう」とすぐに謝ります。企業は組織ですから、どんな小さなミスでも最後はやはり社長の責任。その意味で、私は社内で謝りっぱなしです、「また違った、ごめん」と。

財部:
それはいい話ですね。冒頭で、社長という仕事の厳しさが話題になりましたが、それと井田さんの趣味である茶道のお話は、裏腹な関係にあるのでしょうか。

井田:
子供の頃から父親の姿を見ていて、やはり何か激務から一歩離れ、ストレスを緩和するような趣味を持ったほうがいいと思いました。そこで社長就任が決まった36歳の時、どんな趣味がいいのかを友達や先輩に相談し、いくつか試した中で、茶道が自分自身に一番合っていると感じたのです。

財部:
いろいろな趣味を試してみた中で、なぜ茶道が一番合っていると感じたのですか。

井田:
たとえば書道や陶芸はパーソナルな趣味であり、自分の世界観をいかに掘り下げていくかというものです。茶道はそれとは違い、自分が点てたお茶を自分が飲むのではなく、お客様に召し上がっていただきます。ですから茶道は1人の趣味ではなく、たえず主人と客人がいるという、コミュニケーションの趣味なのです。比較的社交的である私にとって、それが茶道に入りやすかった1つの理由だと思います。茶道を始めて13年になりますが、正直な話、ここまで長く続くとは思いませんでした。

財部:
師範の資格のようなものも、お持ちなのですか。

井田:
茶道をある程度習得した方は、家元から「茶名」をいただけます。私の場合は「宗純」ですが、お茶の席では、自分の本名ではなく茶名を使って名乗ったりします。講師の資格もいただきましたが、毎月毎月地道にお稽古をしていることが、そういう資格につながっていくのだと思います。

財部:
何となく気持ちが落ちついてストレスも和らぎ、無の境地に到るというイメージがありますが、非常にお忙しい井田さんのような方が、毎月3回、1回3時間を茶道に割かれるというのは、そこに相当の価値を見出していらっしゃるからですね。

井田:
茶道は、それだけ魅力のある「和の趣味」だということが1つと、私が入っているお茶のサークル、お稽古の会に、とても素晴らしいメンバーが揃っているのです。私と比較的同世代の経営者も大勢いますし、じつは6時から9時までのお稽古時間のうち、お茶を点てて勉強するのは2時間ぐらいで、あとの1時間は懇親会と称して食事会になります。

財部:
つい先日、シンガポールのビジネスマンの間で西洋風の椅子に座って行う茶道が流行っているという話を聞き、私もどうかと勧められました。「膝を痛めているので駄目です」と言ったのですが、「立ってもできる」という話でしたね。

井田:
それは立礼(りゅうれい)という形式です。茶道と言うと形式的で格式ばった趣味だとお思いになるかもしれませんが、入ってみるとまったくそうではありません。一定のルールは決まっていますが、ルールに縛られないほうがいい場合もあるのです。茶道の本質は、来ていただいたお客様にどれだけおもてなしができるかということにあります。だから、ちょっと足が悪そうな方がいたら、すぐに椅子を出して座っていただいたり、足がしびれている方がいたら足を崩していただく。おもてなしの心は形式ではありません。形式にとらわれずに、どこまで亭主がお客様とコミュニケーションを取っておもてなしができるかという点が、大事な芯なのです。足を崩しても全然構いませんよ。ぜひ茶道に入られることをお勧めします。

財部:
事前にお答えいただいたアンケートで、好きな映画に『ゴッドファーザー』を挙げられていました。この映画のどこに一番惹かれるのですか。

井田:
マフィアという特殊な商売ではありますが、これはある意味で同族経営です。その中で、経営者やファミリーはどうあるべきか、あるいは信頼、裏切りとは何なのかという、人生におけるさまざまな出来事のエッセンスが詰まっている映画だと思います。しかも、フランシス・フォード・コッポラという名監督、マリオ・プーゾの手になる素晴らしい原作、そしてマーロン・ブランド、アル・パチーノという名優が組み合わさることで、映画としても、非常に完成度が高い作品になっています。

財部:
そうですね。

井田:
映画にも、一度観て満足してしまうものと、何度観ても楽しめる作品があると思いますが、『ゴッドファーザー』は1年に必ず1回はDVDを観ています。

財部:
映画に対して、そういう見方をするようになったのは、経営者になってからですか。

井田:
『ゴッドファーザー』が好きになったのは学生の頃でしたが、その頃から映画としての完成度が高く、好きな作品の1つでした。ところが社長になって改めて見直すと、私自身の立ち位置とオーバーラップするところが数多くあり、「この映画を経営者が観ると、ここまで違った見方ができるのか」と感動した覚えがありますね。

財部:
じつは私も映画が本当に大好きで、自分でもそういう見方をしています。本日は長時間ありがとうございました。

(2011年6月21日 東京都港区 サンヨー食品本社にて/撮影 内田裕子)