JXホールディングス株式会社 相談役 渡 文明 氏

財部:
燃料電池以外で、たとえばリチウム電池の動向はどうでしょうか。

渡:
リチウム電池も鉛蓄電池もどんどん進歩していますが、燃料電池にくらべてエネルギー密度が低いので、電池が大きく重くなり、あまり長持ちしません。たとえば市販されているある電気自動車は、1回の充電で160キロメートル走行可能ですが、暖房や冷房を入れたら、走行距離は半分以下になるそうです。しかも1回の充電に要する時間が長いという問題もあります。もちろん今後の技術開発で、既存の電池の高性能化が進むとは思いますが、車載の燃料電池用の水素ボンベの技術完成は間近です。実際、水素を5キログラム入れたボンベを燃料電池車に1個積むと、東京-大阪間を無給油で走ることができますし、5キログラムを充填する作業も、たった3分しかかかりません。

財部:
現在のガソリンスタンドの代わりに水素ステーションを作る場合、「管理は大丈夫なのか」という意見を言う人がいるのですが…。

渡:
現在、ガソリンスタンド1つを取っても、高圧ガス保安法や建築基準法などのさまざまな面から厳しい規制を受けています。先日それを1つひとつ列挙したうえで、政府に陳情したのですが、相当改善してくれることでしょう。一方、水素については、飛行船の爆発や水素爆弾などの影響で、一般的にはあまり良いイメージを持たれていません。しかし水素は空気よりも軽いですから、仮に容器から漏れてもすぐに空気中に拡散します。もちろん、圧縮した状態で着火すれば爆発しますが、それはガソリンやLPGでも同様で、取り扱いさえきちんとしていれば、安全に使えるものなのです。

財部:
なるほど。もう1点お伺いしたいのは、たとえば昭和シェル石油さんは太陽光発電に一気に動かれましたが、同じ石油を扱われているのになぜ、こういう違いが生じるのですか。

渡:
昭和シェルさんは九州の工場で、化合物を使って薄膜太陽電池パネルを作る手法を見出したのですが、その発電効率が非常に高かったのです。そこで彼らは、これはものになるだろうということで、一挙に太陽電池事業に取り組んできたわけですが、当社が最も力を入れているのはやはり燃料電池であり、水素エネルギーです。

財部:
水素に話を戻すと、これはグローバルなビジネスとしても相当に展開しうるという点で、海外戦略も、従来とは違うものになりますよね。

渡:
そうですね。私は今年の5月の連休前からほぼ1カ月をかけて、世界各国を回ったのですが、アメリカでも中国でも、燃料電池に非常に興味を持っていただいています。現在のPEFC(固体高分子型燃料電池)という形式の燃料電池では、反応時の熱で温水を作るので、中国北部などの寒い地方ではお湯がたくさん使えるというメリットがあります。ところが、暖かい地域ではあまりお湯を必要とせず、むしろ電気ばかりが要るわけです。われわれはそういう需要をにらみ、燃料電池の中で最も発電効率が高いSOFC(固体酸化物型燃料電池)を開発しています。これは来年か再来年にマーケットに投入できますので、海外展開もかなり有望ではないかと思いますね。

財部:
そうですか。先日、台湾に行って太陽光発電パネルの製造現場を見てきたのですが、彼らはローコスト経営が上手で、聞くところによると、日本のメーカーもそこからパネルを買っているようです。半導体やパソコンを始め、日本のメーカーが単純なものづくりを行うと、5年や10年で簡単に逆転されてしまうでしょう。実際、高付加価値と言いながら、かなりの分野で日本勢が逆転されているので、この分野はぜひしっかりやっていただきたいと思います。

渡:
やはり日本は、技術で勝負しなければ駄目ですね。いま燃料電池分野では、技術者たちが想像を絶するような苦労をしています。開発当初、燃料電池の価格は1台600〜700万円でしたが、現在は200万円台になり、間もなく100万円を切るでしょう。現在、それをさらに50万円台にしようと開発を続けていますが、そこに至るまでには大変な技術革新を伴います。その点、先のSOFCは従来のPEFCに比べて、コストダウンの可能性が大きいので、おそらく1台50万円を切る商品になると思います。

財部:
そうですか。最終的には、補助金なしでも使えるレベルの値段に下げたところが勝ち、ということになるのでしょうね。

渡:
やはり50万円を切るようでなければ、電力会社が作る電気を使ったほうがいいということになりますね。いまは家庭向け燃料電池の話をしましたが、燃料電池車も結局は電気自動車ですから、最終的にはモーターを動かす電気をいかに効率よく供給するかが重要です。蓄電池方式と水素で発電する方式の2つがありますが、「長距離走行や中大型車ならば、水素でいくのが、あらゆる面で効率的にも構造的にも良い」と多くの自動車会社さんも言っています。その証拠にトヨタさんをはじめ、日産さんやベンツなど世界の主要自動車会社は、2015年頃までに燃料電池車を市場投入すると宣言していますから、それに合わせて、水素を供給するスタンドをどう造るかがわれわれの課題となっています。現在、国のプロジェクトに参画しながら研究開発を進めていますが、今後4、5年もすれば一部とはいえ、水素社会が実現するでしょう。

財部:
いままで、想像図で見てきたような水素社会が、本当に実現するわけですね。

渡:
そうですね。現に家庭用では、当社の燃料電池を福岡県前原市の住宅団地内の150戸に入れて、「水素タウン」の実証実験を行っていますが、順調に成果を上げています。また当社では、東急東横線の大倉山駅近くに、CO2排出量ゼロを目指した「創エネハウス」も設置し、実験を行っています。

財部:
社員の方が実際に住んでいらっしゃる実験住宅ですね。

渡:
社員がそこに交代で住み、実験を行ったのですが、たとえば燃料電池と太陽光発電と蓄電システム等を組み合わせながら、外部の電力会社やガス会社からの供給をほとんど受けずに必要なエネルギーを賄うことに成功しました。その条件をHEMS(Home energy management system)という機械に落とし込み、スイッチを入れたら当日の天候に合わせて、燃料電池と太陽光発電を最適な形で運転してくれるようなシステムを作ろうと思っていますが、それも遠い将来の話ではありません。そうなってくると、やはり分散型電源方式が最も良いわけで、たとえば大倉山の「創エネハウス」を燃料電池などの分散型電源があるもう1軒の家とつなげば、近所2軒のスマートグリッドになる。これを町ぐるみで行えば、地域のスマートグリッドになるというように、地域で分散型のスマートグリッドを構築していくのが、最も効率が高いと私は思っています。

財部:
そうですか。最後にもう1つ、英石油会社BPの原油流出事故について、ぜひお聞きしたいと思います。私は非常に問題意識を持って、このニュースを観ているのですが、日本のメディアでは、詳細な情報はほとんど出てきません。そのため問題の深刻さや解決の方向がよくわからなのですが、実際にはどんな状況なのでしょうか。

渡:
あの事件では、海底油田から泥を含んだ原油が、パイプを伝わって「リグ」と呼ばれる櫓に噴出し、そこに着火しました。そのため櫓があっという間に火の海になり、数時間で燃え尽きて海底に沈んでしまったのです。世界一大きなリグが燃え尽きてしまうような、もの凄い勢いの火事だったわけです。

財部:
この事故がBP本体の経営に響いてくるという問題はないのですか。

渡:
それは、おそらくないでしょう。ただし心配なのは、原油流出事故をきっかけに、同社の株価が約3分の1に下がったことです。これはあくまで噂ですが、世界の強力企業がM&Aに入ってくるという話もあるんですよね。

財部:
BPを、ですか。

渡:
そうなんです。BPはイギリスでは国家の税収面で大変貢献している企業ですから、仮に同社がM&Aを受けたら大変なことになります。オバマ政権は、BPに対して厳しいことを言っていますが、本来アメリカとイギリスは兄弟国ですから、最終的にはうまく決着させるのではないでしょうか。いずれにせよ、今回の事故でアメリカ国民が被った損害については、BPが当然負担するでしょう。ただ、これまでの利益の蓄積がありますし、世界中に巨額の資産を持っていますから、簡単にBPが破産することはまずありません。しかし、M&Aなどの動きが起こってくると、また違う問題が生じてきます。

財部:
加えて、これを機に、原油価格が高騰するのではないかという心配もありますよね。

渡:
いや、すでに上がっています。

財部:
もう上がっていますか。もっと投機的な動きが出てくるのかと思いましたが。

渡:
たとえば5年物の原油先物価格は、もう100ドル近くになっていますから、やはり事故の影響は出ていると思います。BPの事故をきっかけに、アメリカはメキシコ湾での油田開発に規制をかけてくるでしょうから、新規投資や開発が行いにくくなる可能性がある。投機筋はそれを見越して、当然買いに出てくると思いますね。

財部:
そうすると、渡さんとしては、ますます水素に力が入ってくるわけですね。

渡:
そうですね。面白い話があるのですが、南米パタゴニアでは風力発電に非常に適した良い風が吹いているんだそうです。そこで風力発電を行い、まず電気を起こす。次にその電気を使って水を電気分解し、水素を作る。それを船で運んで日本に持ち込み、再発電する。夢の様な話ですが、理論的には可能なわけです。もし実現すれば、無資源国が資源国になる可能性も十分にあるのです。

財部:
まさか、水素を輸出しようという発想は初めて聞きましたね。

渡:
あくまで、これはコストをまったく度外視した話ですが、燃料電池車の開発経緯をみても、こうしたブレイクスルーが実現する可能性がないとはいえません。実際、トヨタさんが当初開発した燃料電池車を、当社は実験用にレンタルしたのですが、当時の価格は1台1億円を超えていました。ところが最近の新聞報道では、2015年には燃料電池車1台の製造コストが500万円前後になる見通しです。彼らは、その後、1台300万円ぐらいに価格を下げてくるでしょう。技術の進歩によるコストダウンも凄いのですが、それが大量生産のラインに乗れば、価格はさらに安くなりますから、私はここ数年のあいだに劇的な変化が起こると思います。そういう状況にどう対処していくのかを真剣に考えない企業は遅れていくのであり、1社で対処するよりは2社、3社でやるほうがいい。その意味で、合従連衡は絶対に必要だと考えています。

財部:
そうなると、エネルギー業界にも再編の波が押し寄せてくるということになりますね。

渡:
ただ私は、この先、石油会社同士の統合はもうあり得ない、これからあるとすれば、エネルギー企業間の統合だと思います。これはあくまで1つの物語ですが、電力・ガス・石油が業界の垣根を越えて一体になり、海外展開をすれば、世界にもの凄い技術を売ることになるでしょう。実際、欧米のエネルギー会社は皆、電気もやればガスも手がけています。かたや日本では電力会社は10社に分かれ、大手の石油会社は5社もある。その意味で、日本のエネルギー企業の構成はかなり非効率的です。当社がいくら国内石油業界の中で規模が大きいと言っても、日本のエネルギー業界全般を考えた場合、今回の経営統合はあくまで1つのステップに過ぎません。

財部:
そうですか。本日はお時間を頂戴し、ありがとうございました。

(2010年7月1日 東京都千代田区  JXホールディングス本社にて/撮影 内田裕子)