JXホールディングス株式会社 相談役 渡 文明 氏
座右の銘は「有言実行」「極限状態」 …もっと読む
経営者の素顔へ
photo

エネルギーのパラダイムシフトは、新たな成長のチャンス

JXホールディングス株式会社
相談役 渡 文明 氏

財部:
ちょうど2年前の原油価格高騰の折、今回会長に就任された西尾さんに、この企画で示唆に富むお話をいただきました。JXホールディングスが誕生して間もないこのタイミングに、またお伺いできたことを大変ありがたく思っています。 早速ですが、本年4月、新日本石油と新日鉱ホールディングスが経営統合し、JXホールディングスが誕生しました。最初に、その舞台裏をお聞きしたいと思います。私からすると、1999年に日本石油と三菱石油が合併した時にも、「そこまでやるのか」という驚きがありましたが、今回さらに経営統合を行われたところに、渡さんの並々ならぬ発展への思いと危機感が見て取れます。

渡:
日本における石油製品の需要は、1999年には過去最大の2億4600万キロリットルに達しました。渋谷から厚木に向かっている国道に246号線というのがありますが、その「246」が日本の石油需要のピークだったのです。私は1960(昭和35)年入社ですが、それ以前は石炭全盛時代の真っ直中でした。ところが、石油という大変便利なエネルギーが出てきて石炭が駆逐され、あっという間に石油の時代になりました。1999年とは三菱石油と日本石油が合併した年で、私はその直後の2000年に社長になり、社長と会長を5年ずつ務めました。まさにこの10年間、私は三菱石油との経営統合の総仕上げに取り組むと同時に、今回の新日鉱ホールディングスとの統合の準備に携わってきたわけです。

財部:
今回の経営統合の背景について、ぜひお聞かせ下さい。

渡:
いま申し上げたとおり、日本の石油需要は、1999年のピークを境にほぼ一貫して減少が続いています。私はその状況を目にして、「このままでは1社で危機を乗り越えることはできない。日本という小さなマーケットで数多くの元売がひしめき合っていても仕方ない」と思っていました。しかも、設備廃棄など多くの困難を伴う作業は、1社よりも複数の企業が合従連衡しながら行うほうが容易です。とはいえ私も一時は、三菱石油との合併でほぼ大丈夫だろうと思っていました。ところが今度は、少子高齢化や環境問題という新たな課題が生じてきたのです。とくに今後、人口自体が減少することで、日本の石油需要は加速度的に減少するでしょう。そこで私は2004年に社内で行った戦略会議で、「2020年から2030年にかけて、石油需要がピークの『246』の半分、すなわち1億2300万キロリットルになることを前提にして考えなさい」と話しました。当時、「社長は気が狂ったのではないか」と社内でさんざん言われましたが、現実にその数値に近づいています。

財部:
実際に、近づいているのですか。

渡:
経産省が出した見通しでは、2015年から2020年の間に約1億5000万キロリットルという数値が出ています。仮に2020年にそうなるとすれば、2030年まであと10年あるわけですが、その間にエコ社会への転換などが起こりますから、石油需要は加速度的に減るだろうと私は予測しています。最終的には、ピークの「246」の半分ぐらいの需要に落ち込むのは間違いないでしょう。

財部:
ピークの半分ということになると、ビジネスの存続自体が危ぶまれますね。

渡:
われわれ石油業界では、現在、年間の生産能力が2億5000万キロリットルの規模で製油所を保持していますから、まったくの設備過剰です。そこで設備を廃棄せざるを得ないのですが、今回のJXの例では、水島(岡山県倉敷市)に新日石と新日鉱の製油所が隣接していました。ENEOSとJOMOが競い合うよりも、両社が一緒になってひとつにしたほうが、はるかにリストラ効率が高いのですが、そういうケースがあちこちにある。それが今回の経営統合を決断した大きな要因です。

財部:
なるほど。私はさまざまな業種業態における合衝連合の姿を見てきましたが、特に金融業界では、なかなか統合効果が出ていないようです。誰彼とは言いませんが、ほとんど「何のために合併をしたのかわからない」という状況が続いています。その一方で、新日本石油の設立以来、日石と三石の両社から来た社員たちは、さまざまな問題を克服してこられたのでしょう。でも、いまおっしゃった需要減少への危機感を共有するのはわかりますが、もう一度経営統合をするということになると、皆が前回の合併の時とはまた違うプレッシャーを感じるのではないかと思います。

渡:
それだけ日本のエネルギー分野、とくに石油業界には本当に劇的な変化が起こっている、ということだと思います。とくに少子高齢化、人口減少、環境対応という3つの面から生じるパラダイムシフトは、われわれにとって深刻なテーマになっています。

財部:
その3つの要素は、もう少し具体的にいうと、会社の業績にどの程度ダメージを与えるのでしょうか。

渡:
最も直接に響くのは、省エネや環境対応にともなうエネルギー使用形態の変化です。無論、人口動態やライフスタイルの変化も無視できません。このままの趨勢でいくと、2055年に日本の人口の半分は老人と子供になり、働き手は半分しかいなくなる。そのため、働き手がほとんどマンツーマンでお年寄りの面倒をみなければならない時代がやってきます。また、われわれの時代には、車を持つことが1つの夢でしたので、なんとか稼いでマイカーを持って、彼女を乗せてドライブしようと考えていましたが、いまの若い人たちには「車を持つ必要はない。レンタルすればいいじゃないか」と考える人が多い。こういった社会の構造変化にともなうライフスタイルや文化の変化もわれわれのビジネスに大きな影響を及ぼしますが、ただそれは急激にではなく、徐々に顕在化してくるものです。むしろ、省エネや環境対応のほうが、ドラスティックな変化をもたらす可能性が高いと私は思います。

財部:
そうですね。

渡:
こうした中、鳩山前首相はCO2を1990年比で25%削減するという極めて実現困難な目標を掲げました。経済界では、産業界を中心に「削減に向けての努力はするものの、規制で抑えつけられたら、日本企業は潰れるか海外に移転するしかない」として、慎重な対応を求めていますが、いずれにしても、エコ社会・低炭素社会への移行は最早不可逆的なものと言えるでしょう。そうなると、電力会社は重油や石炭を燃やして電気を作る火力発電を抑え、原子力発電や太陽光発電等の拡大に力を注ぐようになるでしょう。加えて家庭内では電気を利用した生活に変わり、灯油などの燃料が要らなくなる。車も電気自動車になってガソリンを使わなくなる。われわれにとって、そういう来るべき「電気社会」への環境対応は、一方では社会貢献として全力で取り組むべきものと思いますが、他方、企業経営にとっては大きな逆風になるという、誠に悩ましいテーマであるわけです。

財部:
なるほど。

渡:
そういう中で、われわれが引き続きエネルギーで飯を食べていけるようにどう構造改革を行っていくのか、そのための体制作りが急務になるわけです。石油業界に身をおく者として、自分の口から言うのは残念ですが、われわれ自らが電気社会に対応した会社創りをするという、ある意味で脱石油的な動きをしなければならないということですね。

企業文化は統合するものではなく、新たに「創る」もの

財部:
日々の取材活動を通じて端から見ていても、企業合併の際には、お互いのコーポレートカルチャーの違いなどが非常に問題になりますね。

渡:
はい、そうですね。

財部:
かつて、日本石油が三菱石油と合併した時は、両社のカルチャーにかなり共通点が多かったというお話をよく聞きました。しかし今回の経営統合では、そういうことをまた1からやり直すわけですから、非常に大変だと思います。しかも企業の統合には、ある意味で文化云々はさておき、主導権争いなどの生々しい問題が必ずつきまとうもの。その点、JXホールディングスさんの場合、過去に例がないのではないかというぐらい、またたく間にそういう問題を乗り越えてしまったような気がします。

渡:
ある意味で、壮大な実験だと思いますね。新日石も新日鉱ホールディングスも、それぞれ合併の歴史を持っており、その両社がまた合併するのですから、これは大きな挑戦です。しかし、そういう挑戦をあえてしなければならないほど、世の中は大きく変化しているのです。先ほど財部さんがおっしゃっていた金融業界にも、同じような背景があるのだと思いますが、合併後の目標が明確であれば、いずれの出身の社員たちも、同じ方向に進んでいくことができるはず。ところが、目先の利益のためとか保身のためなど不純な動機があったとすれば、いずれ化けの皮が剥がれて合併は頓挫するでしょう。また、私の経験では、不毛な主導権争いがあったり、たすき掛け人事が行われるような合併は、けっしてうまくいきません。

財部:
そういうことを、実際に合併を経験されてきた中で、実感されたのですね。