富士通株式会社 間塚 道義 氏

財部:
そうですね。これはまったく次元の違う話で恐縮ですが、建設機械のコマツさんでは、内製で建設機械にGPSをつけて位置情報を活用されています。じつは、その製品ができた当初、私は中国で取材していたのですが、中国でも個人が銀行融資を受けて日本円で一千数百万円の建設機械を買うのです。融資の担保が機械そのものなので、そのまま乗って逃げられたらおしまい、ということになるわけです。

間塚:
そうですね。どこへ行ってしまうかわからないですよね。

財部:
そこで、コマツさんは建設機械にGPSをいち早く取り付けたのですが、結果的に、中国の銀行からみて、与信上一番信用できたのがコマツさんだったというわけです。簡単なシステムを取り付けることで与信担保価値が向上するというアイデアは、本当に素晴らしいと思います。その後、コマツさんはさらに改良を加えて、建設機械が、ある地域から出るとエンジンが自動的に停止するというシステムも開発されました。いわば性悪説とも言えますが、中国では何も対策を講じないでいると、従業員などが勝手に建設機械に乗ってアルバイトに使ってしまう、といったことが本当に起こるのです。そのためコマツさんは、ありとあらゆる技術をつぎ込んで商品開発を行った結果、いまではGPSがついた建設機械を世界中に展開させるまでになったわけです。

間塚:
そうですね。

財部:
そうなると今度は、コマツさんでは、自社の機械の動きをみることで、世界の景気がどうなっているかがわかることになります。じつは私は、先日も四川省に取材に行ったのですが、その時に「GPSをみると、隣の福建省から四川省に建機がどんどん移動しているから、大地震の復興は今年から始まるということがはっきりわかる」というんですね。システムを通じて、こういう情報を収集できるということは、当初誰も予想していなかったようです。

間塚:
そうですね、そこまでは考えていなかったでしょうね。

財部:
でも実際には、そうやって1つのシステムが動き出し、それが発展していく中で、思わぬ付加価値を産むことがあります。こういうことは、システムなしにはあり得ない話です。僕のような素人から見ると、そういう部分に、システムの価値というものを感じますね。だとすれば、一般の事業会社にしても、システム側からのアプローチをもっと積極的に行うことで、実際の売上につなぐことができる方法が、必ずあり得ると思うのですが。

間塚:
そうですね。最先端のITを使った画期的なシステムだと思っています。たぶんコマツさんも、リスクをマネジメントするために、そういうシステムを構築されたのだろうと思いますが、自分たちの作った建機がいまどこにあるのかをきちんと把握できれば、保守システムや部品の供給システムなどを効率化できますから、保守費用の大きな削減も期待できますよね。

財部:
そうですね。まさにおっしゃる通りで、コマツさんは基本的に販売代理店単位でそのシステムを利用されています。各販売代理店さんは、保守関連の情報をすべてパソコンに入れているので、効率よく営業を行われていますね。 最後に、グローバル化については、具体的にどんな形で進めていかれるのですか?

間塚:
富士通は、過去にグローバル化をまったく行っていなかったわけではありません。今から30年前に、アメリカのアムダールというIBM互換機関連の会社に投資を行っています。以前、メインバンクの富士通担当の役員さんが「あの当時は苦労した。なにせ日本企業がアメリカ企業を買収するなんて、あり得なかった」とおっしゃっていましたが、メインバンク内部でも説得するのが大変だったぐらい、チャレンジングにグローバル化を行ってきたのです。また20年前にも、イギリスの国策IT企業だったICL(現・富士通サービス)のM&Aを、当時2000億円で行っているんです。

財部:
それは凄いですね。20年前に2000億円を投資されたというのは。

間塚:
このように、もの凄い額のお金を使ってきましたが、最近やっと経営に貢献してくれるようになりました。やはりそれぐらい、グローバル化は難しいと思います。アムダールも、汎用機のビジネスでは成功した事例です。ただ、やはりどちらかと言うと、これまで当社は、日本を中心として物事を考える傾向がありました。加えてアメリカ、ヨーロッパ、アジア地域に展開するグループ会社についても、それぞれの地域、あるいはその会社に閉じたオペレーションしかできていなかった、ということも事実です。

財部:
ええ。

間塚:
やはり、われわれのお客様は企業が多いわけで、日本企業だけでなくヨーロッパやアメリカの企業も、全世界でビジネスを展開されています。にもかかわらず、そういった地域性がカベになるようなビジネスを行っていてはまずいだろうということで、私たちは「Think Global, Act Local」と言い始めたわけです。つまり、事業を立案する時には「グローバルベースでどんな仕組みが適当か、どの部分にどれだけお金を使えばいいのか」と考える。でも、それを実行する時には、それぞれの国の歴史・文化・商習慣に合わせてカスタマイズを行っていかなければならない、ということです。

財部:
はい。

間塚:
要は、世界に17、8万人を数える社員たちが、「グローバルに考え、地域に根ざした行動を行っていく」という方向に転換を図り、「真のグローバル企業」を目指していこうというわけです。それからもう1つ、いま有力なITベンダーといえば、IBMさんやHPさんのように、その多くがアメリカ企業。それゆえ、われわれは日本に軸足を置いたグローバルなIT企業という方向を目指していくべきだろうと考えて、改革を進めています。

財部:
何が何でも、アメリカを乗り越えてほしいと思いますね。

間塚:
そういう中で、最先端技術にチャレンジしていくことは非常に重要です。いまやついに、コンピュータ用CPU(中央演算処理装置)を作ることができる会社は、世界中でIBMとインテル、富士通の3社だけになってしまいました。ですから、これは何が何でも事業をやり続けなければならないということで、いま理化学研究所さんと一緒に、世界最速を目指した「次世代スーパーコンピュータ」開発プロジェクトに参画しています。

財部:
はい、その記事を拝見しました。

間塚:
計画では、2012年に「10ペタフロップス」(「フロップス」はコンピュータの演算能力を測る指標の1つで、10ペタフロップスとは、1秒間に浮動小数点数演算が1兆の1万倍=1京(ケイ)回できることを示す)の能力を出そうということにチャレンジしています。

財部:
「世界最高速」のスーパーコンピュータで、どんなことが可能になるのですか?

間塚:
現在でもスーパーコンピュータは研究開発やものづくりに必須のツールとして様々なところで利用されていますが、「世界最高速」になりますといわゆる生命現象、DNAの世界の研究がいっそう進むとか、例えば宇宙開発や飛行機などの分野でも、エンジンや飛行機など製品全体をまるごと解析して開発時間を短縮しコストを圧縮することもできます。また、地球温暖化予測などの精度を高めることにより、地球環境への貢献も可能となります。

財部:
たとえば、この資料に書かれている電気自動車の場合はどのように――。

間塚:
ハイブリッド車では、電子部品の割合が総コストで約半分ぐらいあります。それが電気自動車になると、エンジンが要らなくなるぶん、電子部品やIT技術に対する期待度がいっそう高まります。例えば電気自動車の要である次世代蓄電池の開発では、これまでにない飛躍的な材料開発や電池内の反応の解明などのためにスーパーコンピュータによる物質・材料シミュレーションが必須です。より高速のスーパーコンピュータを利用した新しいシミュレーションシステムが、その実現の鍵を握ると言えるでしょう。

財部:
「世界最高速」のスーパーコンピュータが実用化されるのは、2012年ですか?

間塚:
2012年に、実際に製品として皆さんにお使いいただける格好にしたいと考えています。

財部:
これは凄いですね。じつは僕は、この記事を読んだ時にあまりイメージが湧きませんでした。こんな「超スーパーコンピュータ」が本当に必要とされているのかな、という具合で。

間塚:
たとえば最近、集中豪雨などで多くの災害が起こっていますが、現在では、様々な気象データを集めてそれを解析し、「あの時はああいう気象条件だったから、こういう状態になった」ということを、後付けで判断しているといっても過言ではありません。しかし、これからは、リアルタイムに大量の気象データを集めて処理することで、どんな現象や災害が起こりうるかを事前に予測するということが、高性能のスーパーコンピュータで可能になっていくでしょう。まさに「安心・安全」に実際に役立つ場面が出てくるということです。

財部:
現在、コンピュータの能力的な限界によって実現できないことがたくさんあって、その部分を、スーパーコンピュータで相当程度に埋められるようになるということですね。

間塚:
はい。今までお話した「ものづくり」や「地球環境」、あるいは災害における「安全対策や安心」という面で、スーパーコンピュータの貢献度は非常に大きいと思います。加えて医療分野でも、例えば、スーパーコンピュータ上で人の心臓を動かし、新薬が心臓に与える影響を事前に発見したり、近い将来、スーパーコンピュータを用いて人それぞれの癌の発症や転移も予測することが出来るようになること等も期待されています。

財部:
海外のライバルの存在が気になりますが、リード差はどのくらいあるのですか?

間塚:
IBMさんは、自社で開発中のスーパーコンピュータが2011年の時点でどの程度の能力を出すのかについて、はっきり言っておられませんが、私たちと同様に、相当の努力をしておられるだろうということは確実ですね。

財部:
それは富士通さんの経営陣としても、簡単にできる判断ではないですよね。

間塚:
なにしろ、もの凄い額のお金がかかりますからね。お金はかかるのですが、最先端の領域にチャレンジすることが、技術者の夢をかなえることにもなり、同時に将来の応用も広がるわけですから、是非続けて行きたいと思っています。ご支援、ご理解をよろしくお願いいたします。

財部:
これは良いお話ですよね。微々たる力ですが、応援させていただきます。本日はどうもありがとうございました。

(2009年8月5日 東京都港区 富士通株式会社 本社事務所にて/撮影 内田裕子)