東レ株式会社 榊原 定征 氏
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利益は長期的な視点の中にこそ存在する

東レ株式会社
代表取締役社長 榊原 定征 氏

いま赤字でも、長期視点で先端材料の研究・開発を続ける東レの文化

榊原:
富士通さんと東レとは非常に長い付き合いです。企業経営のシステム化で、ちょうどコンピュータのはしりの70年代初頭ですが、「これからはコンピュータの時代が絶対に来る」ということで早い段階から富士通さんのシステムをハード・ソフト含めて採用しました。巨大なコンピュータをクーラーで冷やして使っていた時代でした。そんな頃からのお付き合いになりますので、歴代の社長さんと親しくさせて頂いています。前々任の社長の黒川さんは東レの担当SEでしたので、東レの工場もよく知っておられます。私より詳しいくらいです(笑)。

財部:
そうですか。

榊原:
間塚さんは東レ担当の営業をしていらっしゃいました。1943年のひつじ年で私と同じ歳でして、仕事だけでなく、食事を共にするなど親しくさせてもらっています。

財部:
長いお付き合いなんですね。

榊原:
富士通さんは日本で最初にコンピュータを作った会社。非常に技術オリエンテッドな会社です。そういう面で東レと体質が似ているんです。一時的に儲からなくても、やるべきことはやる、というような所がある。例の事業仕分けで話題になったスーパーコンピュータ。あれは他社が撤退する中、富士通さんだけが残りました。そろばん勘定でいったら合わないに違いないのですが、やらなきゃいけないという使命感を持っているんですね。新しい課題にチャレンジしようという体質が私どもと非常によく似ています。非常に信頼がありますね。

財部:
お目にかかった時、間塚さんが聞いて欲しいことがあるとおっしゃったんです。それがスパコンの話でした。蓮舫さんが聞いたことと同じことを僕も聞きました。スパコンの開発はどこまで価値があるのでしょうと。その時のご説明で、様々な分野の研究開発に必要なデータを解析することができると聞いて、開発の意義を理解しました。事業仕分け直後のサンデープロジェクトに蓮舫さん、枝野さんが来た時、放送中に必要性をコメントしました。これは間塚さんに話を聞いたことがきっかけでした。

榊原:
そうでしたか。あの事業仕分けにはびっくりしました。スーパーコンピュータはサイエンスの基本インフラです。それがあるから日本の科学技術は進歩するわけです。ですから、スパコンをやめてしまうということ自体考えられません。それを富士通さんが果敢にチャレンジしておられる。国からの補助もありますが、あの事業は持ち出しで大変なリスクを取っています。私も経団連の仕事とか、総合科学技術会議の委議員をしていますが、鳩山総理、菅大臣、川端大臣に対して、「スパコンは国の基幹技術、是非復活して頂きたい」と言いました。劇場みたいな場で議論してもらうものとはレベルが違うんですと。結果的には減額されましたが、とりあえず落着しました。

財部:
本当に復活してよかったですが、当然のことだと私は思いますね。

榊原:
本当にそう思います。

財部:
それにしても、政権交代しても日本に明るい成長戦略が見えないため、各方面で不安の連呼がおこっていますね。榊原社長が常々、積極的な発言をされていることに感心しています。

榊原:
私の性格は基本的には楽観的で前向き思考だと思います。あまり弱音は吐きたくない。病は気から、景気も気からですので、前向きな面を見ないといけないと思っています。確かに日本には不安材料、リスク材料はたくさんあります。しかし、それを乗り越えていく力が日本にはあります。日本が持っている力は凄いのに、今はちょっと自信を失っている。だから自信を持っていきたいし、この閉塞感は何としてでも打ち破っていかないとダメだと思います。

財部:
私も一番問題なのは、景気というより、日本人のメンタルじゃないかと思っています。

榊原:
負の側面ばかり見ているとますます閉塞感が漂ってしまう。日本はまだまだ強くて、プラスの面がたくさんあります。本来の日本の実力を発揮すれば景気はきちんと回復できるはずだと私は思っています。

財部:
東レさんは素材の世界で圧倒的な力を持っています。最近ユニクロの躍進ぶりが紙面を騒がせていて、「ユニクロは凄い」と話題になっていますが、私は「いや、すごいのはユニクロじゃなくて、じつは東レなんですよ」という話を講演会でしています。

榊原:
ありがとうございます。もちろんユニクロさんの販売力というのは大変なものです。でも、ヒット商品のほとんどは私どもと共同で作られたものです。

財部:
話題のヒートテックだけではないのですね。

榊原:
3年程前に「戦略的パートナーシップ」という包括契約を結んで、素材の開発段階から商品企画まですべて一緒にやっているテーマが数多くあります。

財部:
そこまでコミットしているんですね。

榊原:
バーチャルカンパニーのような形をとっています。私どもは、素材で世界一の力を持っていますし開発力もあります。そういう力を糾合していく体制も東レにはあります。それが、ユニクロという世界一の販売網とうまくマッチしているのだと思います。

財部:
私は20代の時に、講談社の雑誌の記事を書くために、東レさんに取材に伺った事がありましてね。

榊原:
そうですか。

財部:
その時に逆浸透膜の話をずいぶん聴きました。当時は本当にビジネスになるのかなと思って聞いていたんです。ところが、ここ数年、新興国を取材で回っていますと行く先々の水処理プラントで東レの技術が使われている。ドバイに行った時は、街を緑化するため、あちこちで水を撒いているんです。砂漠に水を撒くという贅沢を可能にしているのが東レの技術でした。

榊原:
そうです、そうです。

財部:
20年以上前に取材したことを、砂漠の景色の中で思い出しましてね。やっぱり技術は積み重ね、時間を掛けて花開くものだとつくづく思いましたね。

榊原:
ありがとうございます。そうですね、水処理の逆浸透膜という技術は研究を開始してちょうど40年経っていますが、事業的にはずっと赤字が続いていたんです。

財部:
そうでしたか。

榊原:
いま、ようやく実用化されて世界で普及しているのですが、これまで我慢強く開発を続けてきました。ただ、水というのは人類にとって絶対に必要なもの、そういった信念があったものですから続けてきました。ようやくそれが花開いたわけです。

財部:
赤字でも続けてきたんですね。

榊原:
はい。炭素繊維もそうです。これも開発を初めて40年以上経っていますが、ずっと赤字の期間が長かったのです。しかし、軽量で強靱な材料は必ず必要になるという信念で続けてきました。私が入社した頃、炭素繊維で飛行機を作るのが当社の夢でした。それが今、実現できました。

財部:
赤字事業を続けることはなかなかできることではありません。

榊原:
筋の良い先端材料の可能性があれば、多少の赤字でも研究・開発を続けるのが東レの文化だと思います。欧米ですと、株主から「儲からない事業をいつまでやっているんだ」と言われ、2、3年赤字が続いたら撤退となります。欧米的、特にアメリカ的な経営では致し方のないところがありますが、日本は研究開発をきちんと積み重ねて、高い技術をつくり上げていく文化があります。特に東レの場合はその傾向が強いんです。

財部:
私はジャーナリストの仕事を20代からやっています。当時から日本の経営者の多くは長期的な視点の経営だと言っていましたが、20年後の今、大きく方向転換してしまった会社がすくなくありません。

榊原:
そうですね。

財部:
東レさんは企業として進化してきているにも関わらず、当時、僕が聴いた話と、今伺っている話は本質的に変わっていません。きっと理念が受け継がれているということでしょう。そうした理念が、世界で最も必要だと思われる先端素材や製品を育て上げるベースになっている。これは本当にすごいことだと思います。

榊原:
われわれは材料、部材、基礎素材といった分野の産業です。「イノベーション・バイ・ケミストリー」と言っていますが、ケミストリー(化学)をベースに素材を開発し、製品につくりあげていく。先端材料を開発して、さまざまな分野に提供していく業態です。この姿勢は基本的にずっと変わりません。素材の開発には時間がかかりますし、大変地味な仕事です。ただ、それが事業化できれば、非常に長期間、幅広い分野で使って頂けます。これはエレクトロニクスや自動車のような組み立て型の製造業とは違う、別のメーカー形態なんですね。