株式会社安川電機 利島 康司 氏

財部:
北欧の取材をしていて感じたのですが、フィンランド語は北欧三国と言語構成がかなり違っていまして、言語的に孤立感があります。さらには、厳しい寒さのため、少子高齢化対策といっても移民は当てにできない。「こんな変な言葉で、こんなに寒かったら、移民なんて来ない」と政府関係者が言うのです(笑)。

利島:
なるほど(笑)。

財部:
それでどうするかというと、「少子高齢化をハイテク産業の育成で乗り切る」というのです。まずは人材育成に力を入れるのですが、フィンランドの教育は大学まで無料です。優秀な人材すべてが高い教育を受けられます。この数年間はとくに理数系にシフトして人材を育てたというのです。そういう国ですから、今後のフィンランドと安川電機の繋がりは大変興味深いですね。

利島:
フィンランドのロボット導入はかなり早い段階からありました。世界一のノキアの携帯電話も最初はフィンランドで作っていて、少ない人員でたくさんつくるために、製造ラインをできるだけ自動化することに力を入れてやってきました。でも、結局、消費地で作らないと、安いものができないとなって、現地生産に発展していくのですが、製造ラインの自動化が進んでいましたから、品質が同じものが大量にどこでも作れるノウハウができていたわけです。今、ノキアの携帯は中近東でも、インドでも作っています。

産業用のロボットを生活用のロボットに進化させていく

財部:
そういう意味では、ノキアは初めからグローバル化を視野に入れて事業を進めていたということですよね。でも、実際フィンランドに限らず、製造現場の労働力が必然的に減っていく中、グローバル展開する商品の品質レベルを維持するためには、自動化というのは避けがたいわけですね。そういう意味では安川電機の事業はますます広がりを持ってきますね。

利島:
そうですね。世の中の「産業用ロボット」と称するものは、これまで大体100万台ほど作られたことになっています。その内の60万台強が今、世界で動いているのですが、20万台を安川電機がつくってきました。生涯生産が20万台ですので、産業用ロボットだと25%位の生産シェア、台数シェアを持っていることになるわけです。

財部:
ほう。ものすごく高いシェアですね。

利島:
はい。このほとんどが自動車産業で使用されています。言い換えると一番うまくロボットを使って頂いているのが自動車メーカーさんです。ですから、ロボット技術の発展は、自動車の生産技術の発展によってここまで来れたということです。

財部:
なるほど。

利島:
でも、これからの少子高齢社会を考えますと、農業や建設といった現場でもおそらく労働者が不足するでしょう。製造業でも、自動車用のロボットはまだまだ進化していきますし、環境問題を考えると、省エネ、省電力がますます求められていきますから、自動車以外の生産現場でもロボットは必要になってくると思っています。

財部:
そうですね。医療や介護などでもそうですね。

利島:
はい。その場合、これまでのロボットはどちらかというと、力を出すというのが目的だったのですが、これからは人間の代わりのロボットが期待されてくるでしょう。どうしたら人間の感覚にロボットが近づけるか。どのくらい人間の感情をロボットが感じるかという所に、開発は進んでいくと思います。

財部:
ロボットが人間の代わりになっていく。鉄腕アトムの世界ですね。

利島:
ロボットが人間と仕事を分担したり、人間と一緒に製品を組み立てたり、人間といかにコラボレーションできるかという段階にロボットはいくと思います。医療の現場では患者さんを抱えたり、高齢者のリハビリを手伝うなどは、まさにロボットの出番なのだと思います。

財部:
そういう高性能のロボットが出来れば、本当にありがたいですね。安川電機の産業用ロボットの技術がそうした進化をしていくのですか。

利島:
産業用ロボットと生活用ロボットが平行してうまく発展し、人間の社会や生活の中に入っていくという事が必要だと私は思っています。生活用ロボットは別の会社が作ったら良いという意見もあります。でも我々は、安川電機の産業用ロボットの技術を、社会生活用ロボットに転用していくほうが合理的だと思っています。

財部:
なるほど。

利島:
産業用のロボットもかなり進化しています。これまでのロボットは力を求められていましたから、相手から力が掛かると、「俺は負けない」と、もっと力を出すのが使命でした。技術的には押して相手が動かないようだったら、それ以上の強い電流が流れる仕組みだったのです。でも今は、設定以上の電流が流れたら逆にロボットが引くという技術を入れています。こうした技術を上手く生活用ロボットに転用できたら、ロボットとの生活がより現実的になってくるわけです。

「俺のロボット」と思えるような個性を持たせる

財部:
日本のロボット技術は世界において圧倒的な競争力を持つ分野です。ですから、かなり興味を持って取材をしてきました。しかし、いまいちスピード感がありません。その理由はやはり規制の壁だと感じています。例えば、先日、掃除用のロボットを買いましたが、人間が掃除するよりも綺麗になるのでとても満足しています。これが残念ながらアメリカ製なんですね。この程度なら日本のメーカーだって作れるだろうと思うのですが、製品がない。日本の場合は、「2階で使っていて階段の下にいる人の頭にぶつかったら、誰が責任を取るのだ」というような話になり、開発が進まなくなるわけですね。そうこうしているうちにアメリカのベンチャー企業が持ってきて、マーケットを取られてしまう。社長が仰られたようなロボットの未来が実現していく前に、技術ではなく、こうした問題が障害になってくるのではないでしょうか。

利島:
産業用ロボットは規格があって、ここから外れたら一切駄目です。でも、生活用ロボットはニーズに合わせてさまざまな個性を持たせるべきだと思います。現在、生活用ロボットで許可されているのは掃除用のロボットくらいで、たしかにこれからはもう少し自由にならなければいけないと思いますね。

財部:
ロボットに個性を持たせるというのはどういうことですか。。

利島:
例えば、ロボットと安全に生活するためにロボットにICタグを入れるのです。そうして家の間取りをインプットするんです。ドアとか壁、部屋の大きさや家具の配置などが分かればロボットは上手く動けるようになるのですね。ロボットに人間と同じ知能を持たせるのはまず不可能です。性能以前にコストがもの凄く高くなってしまいます。ですから、自分の住む家とロボットをどう共存させればいいか、ロボットや家をつくっていく段階から考える時代になるのではないでしょうか。

財部:
なるほど。ロボットに周辺情報をインプットしていく。そうするとロボット一台一台に個性が出てきますよね。パソコンにインストールするソフトはユーザーごとに違うのと同じですね。

利島:
フィンランドなんかは、そういった事を考えているのだと思います。それは人口が少ないが故にできることかもしれませんが、ロボットを使って社会生活を変えていこうと本気で考えていくなら、そのくらいのことはするでしょうね。

財部:
なるほど。

利島:
ロボットはもっと万能になっていくと思います。リハビリやマッサージをするロボット、寝たきりの方を抱えてトイレに連れていくロボットなど、当社でも問題なく作っていけると思います。ですが人間には自尊心や意思がありますから、なんでもかんでもロボットに助けてもらいたくはないと思います。自分できることは出きる限りやりたい。ですからそこまでロボットが配慮できるようにならなければ、一緒に居たくないと思うかもしれません。そういう人間の自尊心を配慮しながら、「俺のロボット」と思えるような個性を持った、親近感を感じられるロボットを作るように心がけていきたいと思いますね。

財部:
そうなると、ますます規制の自由度がないとロボットの実用化は難しいですね。

利島:
規制や法律でがんじがらめにしてしまうと、実用性を非常に阻むことになります。最小限の安全性は保って、あとはユーザーが自分たちの生活にあわせてカスタマイズしていく。そういうことでよくなれば、一台、数十万円で手に入るロボットも出来てくると思います。

財部:
いろいろな規制、当局の習慣を考えていくと、日本発でロボットを実用化するのは簡単ではないと思うんです。逆にフィンランドでスタンダードを作ってから逆輸入してくるほうが良いのではないかと思うのですが。

利島:
そういう動きは欧米では早いですよね。安全と安心というのは違っていて、安全というのは一般的に最小限度必要な基準とか法則。安心というのは本人の基準値です。本人なりの安心安全の基準内にあれば「私はこの程度のロボットで良いです」というユーザーの主張が通るようにしておかなければ、なかなかロボットは生活や医療の場には行けないと思いますね。

財部:
フィンランドの人たちは、介護する人間が減って、介護される側が増えていくという高齢社会の中で、社会保険費を減らすために、ロボットを増やしていきたいと考えています。そこでロボットが高額だったら目的が逆になってしまいます。そう考えると、安価なロボットは早い時期に現実化してくるという可能性がありますね。