株式会社ワコールホールディングス 塚本 能交 氏

中国には「メイド・イン・ジャパン」へのリスペクトが確かにある

財部:
やはり人間の身体・機能なりをしっかり考え、そこに細かい神経を使い、理屈通りに商品を作り込めるというのは、日本企業の特技ですから、ぜひそういうもので世界に打って出てほしいと思います。実際、90年代初頭の中国では、太った人をほとんどみかけませんでしたが、いまの上海なんか「メタボだらけ」ですよね。そういうことからみても、アジアに限ってもニーズはいくらでもあるんじゃないか、という気がします。

塚本:
あると思いますね。この前、大連に行ったのですが、1個400元(08年6月15日現在のレート、1人民元=15.68円換算で6272円)、500元、600元ぐらいのブラジャーが非常に良く売れていました。こういう、日本よりも高い商品を買える人が、いま中国では急激に増えているんです。だから、もしかすれば、単純にアメリカ市場を飛ばして中国市場で800元、1000元といった高級商品を販売すれば、かなりの数が売れてしまうのではないでしょうか。

財部:
なるほど。ハイエンドの商品をそちらから売ってしまって、話題を作った方が早そうな感じもしますよね。

塚本:
はい。そう思いますね。中国では人間が廻っていますから。ただし、中国政府はこれまで縫製労働を優遇してくれていたのですが、昨年ぐらいからIT、環境関連の産業に力を入れ出したので、どちらかというと、われわれの業界では現地採用が少々難しくなったというように、なかなか(経営環境が)安定しないんです。そのためわれわれも、各社さんとともに、結構ベトナムをみています。とはいえ、マーケットとしてみれば、中国はやはりわれわれが思った以上に、さまざまな面で、いわゆる「企業の民主化」も進んできて、取りあえず億万長者になったような人々が日本の人口以上はいると思うんですよ。

財部:
はい。

塚本:
そういう人たちは、もの凄くお金を持っているわけですから、そこを対象にして……。ただし、こういう状態はいつまで続くかわからないですよ。まあ、少なくとも、いまから上海万博の終わる2010年、あるいはそのあと数年は続くでしょうけれど。おそらくその辺りで、(現在の右肩上がりのGDP成長率が)安定してきますから。その頃、「1億5000万人の富裕層」の数が減るのかどうかは、わかりませんが。

財部:
なるほど。

塚本:
そういう意味では、中国はわれわれが最初思ったよりも、かなり速いスピードで成長しているマーケットではないでしょうか。とはいえ私は、まだ中国が完成されたマーケットであるとは思っていませんが。いずれにしても、中国は人口が多いですから……。億万長者が1億人というのは、日本ではあり得ないことですよね。そういったことが突然出てくるのが、中国の凄さだと思うんですけどね。

財部:
そうですね。僕も中国については、いろいろみてきましたが、とくに2、3年前ぐらいからもの凄い勢いで、そういう消費市場が拡大しているという実感を持っています。たとえば、これはちょっと業種が違いますが、キッコーマンの醤油に対する上海の人々の反応も面白いですよ。

塚本:
そうですか。

財部:
上海では、向こうの醤油と比べて、値段が3〜5倍もするキッコーマンの醤油が売れているんです。それで現地のスーパーマーケットに行って、買い物に来る人をつかまえてインタビューをしたことがありました。その際、「キッコーマンの醤油を買う人たちは皆、お金持ちなんだろう」と思っていたら、地方から上海に出稼ぎに来ている労働者たちも、キッコーマンの醤油を買っていたので、非常にびっくりしたんです。そこで「あなたの年収はいくらですか?」というところから始まって、いろいろと聞いてみると、その醤油のエンゲル係数が異常に高かったわけです。僕が「なぜ、こんな醤油を買うんですか?」と聞いたら、その人は「中国の醤油は身体に悪いんだ。中国の醤油を食っていたら長生きできない。日本の醤油はほんとうによい」、と話していました。

塚本:
はい、はい。

財部:
それから、いま皆が中国の「冷凍ギョーザ」の悪口をいっていますが、あれは中国という国では仕方ないところもあるじゃないですか。ある意味で、あんなに大きな国をいっぺんにアップグレードさせることなんて、できないわけですから。その中で、金持ちに限らず、驚くぐらい所得の幅が広い人たちが、あの国では健康に気を配らなければならないという事情があるわけですよね。そうすると、中国では健康ということに関しては、もしかしたら日本以上にビビッドに反応してくるかもしれません。

塚本:
それは、あるかもしれないですよね。実際、海外から日本を訪れる旅行客をみてみますとね、中国人が非常に多いですから。面白いことに、彼らは日本で家電屋さんと薬局さんに、必ず行くんです。われわれなんかは、中国に行ったら漢方薬店に行きそうですがね。

財部:
薬局にも行くんですか?

塚本:
ええ。正露丸とか、ああいうものを必ず買いますよ、日本で。

財部:
漢方薬ではなくて、日本の薬がよい、と。

塚本:
あの人たちにとっては、(日本のものが)より信頼できる。だから、あの人たちの情報の中では、いまの中国の醤油にしても何にしても、やはり「身体に悪いものが多く含まれている」という意識があるんだと思いますよ。

財部:
僕の実感でいうと、中国人は日本人、そして日本という国も嫌い。ですが、彼らには「メイド・イン・ジャパン」に対する、もの凄いリスペクトがあるんですよね。あの国には「坊主憎けりゃ袈裟までも」という思想はなくて、「坊主」と「袈裟」はちゃんと分けて考えるという、面白い国民性があると、僕は思っているんです。

塚本:
そうですね。

財部:
それにしても、僕はワコールさんの機能性下着なんていうのは、いったん火がついたら、大ブレークするんじゃないか、という気がしますね。

塚本:
可能性はありますよ。われわれとしても、もう少し前に出ていきたいと思っているんです。というのも、ワコール商品を扱っていただいている百貨店さんにも、店舗によっては「下着というのは表に出すべきではない」、というところがありますからね。実際、女性用の下着売り場の前に壁を設けるところがあったり、高島屋さんでもその昔、男性は女性用の下着売り場に立ち入りを禁止されていましたからね。

財部:
ほお。

塚本:
ところがいまや、たとえば海外ではカップルで下着を買ったりする時代ですから、それはやり過ぎではないか、という気もします。とはいえ逆に、女性用下着売り場をエスカレーターの前に持ってきたら、さすがに立ち止まれませんから難しいものです(笑)。エスカレーターの真正面ではなく、ちょっと横の方にある方がいいかもしれません。

財部:
なるほど(笑)。

塚本:
やはり店舗によっては、われわれの商品は、お客様にとって「目的買い」の対象ではなく、何か別のものを買いにきたついでに、下着売り場に寄ってお買い上げいただくことが多いですよね。そもそも下着は、お客様の買い物の予定にも予算にもあまり入らないし、「買わなければそれで済む」という商品なのです。実際、「今度の日曜日に下着を買いに行こう」とか「給料日が来たら予算をブラジャーにあてよう」とは、皆さん考えませんよね。

財部:
そうですね。

塚本:
だから、お客様がたとえば洋服やコート、靴を買いに店舗を訪れた場合でも、極力立ち寄っていただき、そこで何かをついでに買ってしまう、という下着売り場がわれわれにある、というところが大切なんです。そうなると、店舗としてもプラスアルファが取れますしね。ですが、たとえば上顧客が多く歴史ある百貨店では、やはり「下着を買っているところがみえるのは恥ずかしい」という声もあり、下着売り場が、奥の方で目隠しされた場所にあることも多いんです。

財部:
ええ。

塚本:
とはいいながら、別の百貨店さんでは比較的、目立つ場所に下着売り場を置かれるケースもありますが、それでも(フロアの)真ん中にはありませんよね。ですから、ウチは下着屋なんですから、逆にそういうものを表に出したいんです。かつては百貨店さんが、われわれの売上にしても商品の売れ行きにしても、一番だったという時代がありました。でも現在では、下着はGMSさんで最も売れているんです。

財部:
ほお。

塚本:
ですから、GMSさんの方では満足しています。ただGMSさんの店舗には、プライベートブランドが数多くあり、その通路を通っていかないと、われわれのブランドのコーナーに行けないという事情もありますが、皆さん、価格の勝負をされていますからね。

財部:
今日は、面白いお話をありがとうございました。

(2008年2月7日 京都市南区 ワコールホールディングス本社にて/ 撮影 内田裕子 )