株式会社穴吹工務店 穴吹 英隆 氏
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日本経済が底を這ういまこそ、使命ではなく「立命」が大切だ

株式会社穴吹工務店
代表取締役社長 穴吹 英隆 氏

財部:
1961年の会社設立以来、本社をずっと高松市に置かれているんですね。

穴吹:
地方にいるから、地方にあった作品″りができるんでね。これまで香川県から始まって愛媛、岡山に渡り、さらに広島、山口、九州からずっと南へ展開して、それから、だんだんと折り返してきて大阪ももうずいぶんやっていますし、北陸や関東、東北、北海道に行って――。だから、人作りをしないといけないんですね。

財部:
はい、はい。

穴吹:
当社のビジネスモデルは、「2007年全国マンション発売戸数ランキング」(不動産経済研究所調べ)のベストテンを見ていただいたら分かるんですが、自分で(マンションを)建てて販売しているのは当社だけなんです。それから、当社はベストテンに入っていながら上場していませんし、全都道府県で展開しているのもわれわれだけです。

財部:
ええ。

穴吹:
逆に言えば、我々の得意な分野から、ずっとコツコツとやってきたわけです。ですから、いまだに東京など首都圏では一番少ないですね。5000戸供給しても首都圏には1割もないですから、せいぜい100戸から200戸ぐらいですかね。

財部:
去年、穴吹工務店さんは先のランキングでナンバーワンになりましたが、基本的にはどんな業種でも、やはり大消費地をきちんとおさえていかないと、全国ナンバーワンにはなれないというケースが多いですよね。

穴吹:
だからこれは、むしろ早すぎたと思っています。我々がランキング1位になったのは昨年6月20日に建築基準法が改正されたことが、多少の引き金になっていますよね。実際に同法の改正によって、各社が非常に建築確認を取りづらくなりました。そこで時間がかかっている間に工事費も上がっていったので、いざ着工となって、発注しようとしても、なかなかできなくなってしまったというのが真相です。

財部:
そうなんですか。

穴吹:
不動産経済研究所から発表されているランキングは、「引き渡し」ではなく「発売」ランキングです。当社でも発売については、去年は落ちています。実際、3月までの間に全体の4割、つまり2000戸ぐらいは発売していましたが、後半はもう息切れですね。あと、他社さんは超高層マンションをやられるので、(建築確認の遅れで)一棟500戸、1000戸といった大規模の物件が発売できなかったわけです。

財部:
なるほど。

穴吹:
もちろん地方都市でも建築確認遅れはありました。当社でも当初の計画では5700〜5800戸程度が約5000戸に止まりました。この時期、他社さんの数字がガクンと落ちてしまったので、それでトップになったというのが現実ですね。

財部:
なるほど。じつは僕は、2003年の秋に『東京から日本経済は走り出した』という本を講談社から出したんです。いま思えば、これほど将来を正しく見通した本はなかったのですが、その本はまったく売れなかったんですね(笑)。

穴吹:
そうですか。

財部:
要は、2003年にはもう、景気は完全に回復しているという論調のものを書いたんですが、やはり当時の世の中の空気と、あまりにも違っていたのでしょう。それはいいとして、その本の執筆に当たり、「景気回復」の実態はどうなっているのかと思い、大手不動産会社の知り合いと一緒に東京中をいろいろ歩いて話を聞きました。すると、いわゆる「逆ドーナツ化現象」のように、バブル時に郊外へ出て行った人たちが、中心部へ集まっていたんですね。その一方で地方をみると「景気がいいのは東京だけで、地方は駄目だ」と文句を言っている。「じゃあ、地方では何をするのか」と疑問を持ったのですが、「東京と同様に、ドーナツ化で郊外に移動してしまった人口を中心部に集める」という話がいくつか聞こえてきました。そこから考えると、穴吹工務店さんは、地方都市の中心部にきちんとしたマンションを建てて、これまで郊外にいた人たちがそこに住めるようにする、ということを実際にやられている、というのが僕の印象です。

穴吹:
ええ。もうそればかりですね。だから当社は、大型物件もあまりやっていません。でも最近は、大手さんもかなり地方に来られて、ここ数年、1棟200〜300戸のマンションを建てられているところもあります。ところが大概は失敗しますよね。

財部:
なんで失敗するのでしょうか。

穴吹:
地方都市の高松で考えると、かつての32万都市がいま「平成の大合併」で人口約42万人になっています。市内を中心部から東西南北に分けると、北が海だから、マンションを建てるとすれば、それ以外の南か東か西しかありません。ところが西はもう開発が終わっているから、現在はもう東と南だけです。そういう限られた事業エリアですから世帯数も少ない上に需要があまり育たないんです。 また、その街のマンションの立地として、駅周辺が必ずしも良いわけではありません。当社はお客様に合わせて「学校区」なども考慮して事業を検討しています。

財部:
そうなんですか。

穴吹:
「買い物」施設も大切ですがまずは、小学校の学校区中心で用地を探す。普通は奥様の買い物は便利かどうか、ご主人の通勤に便利かといったことを考えます。でも(地方は)自家用車中心ですからね。他社さんは駅中心型で考えて失敗するケースも多いようですね。

財部:
やはり駅のそばがいいという考え方は、大都市的な感覚ですね。

穴吹:
それでもまれに、投資などさまざまな要素が絡みあって売れるケースもありますがね。昨年、東京では超高層マンションがたくさんできて、かなり売れていましたが、そこには結構、投資が入っていました。だからいま、未入居の転売用住戸がたくさん売りに出ていますよね。ああいう投資が入ってくると物件はもう駄目ですね。

未上場企業の強みを活かす

財部:
穴吹さん個人は、80年代のバブルの失敗を相当、経験値として残されているんですか?

穴吹:
バブルの頃は、私も役員をやっていましたが、皆が「土地を3年分買わなきゃいかん」というようなことを言っていました。だから当時の売上高600億円ぐらいに対し、1500億円を借り入れて、結果約1000億円の不稼動資産を抱え、その処理に15年かかりました。2005年度に処理を終えたんですが、結局700億円ぐらい損をしたことになります。だから、あの頃のデベロッパーで、オーナーが残っているところはないでしょう。

財部:
逆に言うと、穴吹さんはなぜ残れたんですか?

穴吹:
上場していなかったからです。上場していたら、たぶん駄目だったでしょう。問題を先送りにしますからね。

財部:
そうですね。「上場しない」というのは、明確なポリシーですか。

穴吹:
上場してもあまりメリットがないですからね。もちろん資金面や信用面、会社の人気や知名度も低いなど上場しないデメリットも数多くあります。 人材にしても、自分たちで育てるしかないわけで、それが一番つらいところです。

財部:
逆に言うと、未上場のいいところはどこでしょうか?

穴吹:
オーナー企業で派手なことをしているところもありますけど、バブル崩壊後の不稼動資産の処理も早かったですね。もう1991年の春頃から、父は「もう売るか」と言って土地を売り始めましたから。みんな「ちょっと早いかなあ」と話していましたけどね。

財部:
一般にオーナー経営は、悪いニュアンスをもってよく語られますよね。「同族経営は悪い」、「情報公開をしていない」という論理にすぐなりますが、僕は「良い部分の方が多い」という考え方をしています。オーナーにとって、企業はいわば自分の家≠ナすから、会社がそんなに簡単に潰れてしまっていいわけがない。だからデタラメに「今期だけよければいい」と数字を無理に作ってしまうオーナー企業は少ないですよね。ところが、サラリーマン経営者の会社の場合、自分が社長を務める任期が3年なら、「3年だけがよければそれでいい」ということになってしまうから恐ろしい。しかも、自分の任期途中で何か大きな問題が起きた場合、「次はお前だから、頑張れ!」という話ばかりです。どんなに綺麗事を言っても、こういう本質から抜け出せるサラリーマン経営者は、ごく稀にしかいないですね。

穴吹:
そうですね。

財部:
しかも、いまコンプライアンスをやるとなると、サラリーマン経営者はもう業績も利益も関係なしにコンプライアンスだと言ってやりすぎてしまう。それは反対に無責任です。そういうわけで「いい会社」というのは、基本的にオーナー企業だという認識を、僕は持っているんです。

穴吹:
当社はたまたま、そうなっただけですよ。バブルがなかったら、上場していたかもしれません。逆に言えば、バブルがあったから上場できなかったわけですから(笑)。

財部:
いま、地方で手堅く商売を広げられておられる中で、日本の地方経済は、穴吹さんからみると、どのように映るんでしょうか?

穴吹:
もう無茶苦茶になっていますね。当社が全国展開を進めていた1995年頃には、ほぼ独占というか、分譲マンションデベロッパーが当社しかない県が、結構あったんです。

財部:
つまり競争相手がいない、ということですか?

穴吹:
当時は高知にも他にデベロッパーはありませんでしたが、今は10社ぐらいあります。山陰も、北陸も、東北も、九州もほとんど競合相手が居なかったんです。ところが、いまでは全国各地に業者がひしめき合ってダンピングをやっていますから大変です。

財部:
そうなんですか。

穴吹:
それで、買った土地を「もう事業化できないから」と言って、当社にも売りにきたりする業者がありますしね。とくに地方の不動産は実需が基本です。その実需を、投資用やセカンドハウスとしてなどいろいろな形で物差し≠してしまうと狂ってしまう。たとえば、地方でマンションを建てる場合、「即完」(即日完売)したら駄目なんです。

財部:
ほお。

穴吹:
それは、市場価格を無視しているからです。当社のルールでは即日完売は昔から禁止しています。首都圏では当たり前のことでも、地方では当たり前ではない。「そんなに安く売るのはおかしい」という声も地方では出てきます。そんな業者が撤退すると、次からはそのエリアの販売は難しくなります。それが、地方の怖さですね。

財部:
なるほど。

穴吹:
首都圏なら業者がどこかに行っちゃってもわからないですが、地方ではそうはいきません。みんな覚えていますからね。ましてや地元企業の場合ならなおさらです。一度失敗したら立ち直りは遅くなります。当社も結構、販売が苦しんでいます。他社さんがチラシで300万円とか500万円の値引きを出してくる。そうすると、地方では皆が「あそこはあれだけ引いている。おたくはいくら引いてくれるの」という感じになります。非常に苦しいですが、踏ん張っています。値引きするという業者さんはもう「撤退宣言」ですからね。