株式会社堀場製作所 堀場 厚 氏
photo

堀場:
これもやはり、「おもしろおかしく」という当社の理念につながっているんです。ひと昔前は、開発だけが「おもしろおかし」かったんですが、たとえばうちの生産技術部門には表面実装機(プリント基板にチップなどの電子部品を直接ハンダ付けする装置)があります。当社では、月に10枚しか出ない製品でも表面実装機で全部組み上げているんです。他社だと1カ月に1000枚作らないとあわないものも、自前でたった1枚でも流すことができる。ただそれをやるには当社の生産技術部門と表面実装をやる会社が組んで開発するのですが、新しい技術がどんどん持ち込まれることになります。そうすると、うちは本来そういう製品がメインではなく、生産技術部門の人間も少ないけど、生産ラインについては日本一、おそらく世界一のものを持つことになるわけです。

財部:
ええ。

堀場:
また先のM&A部隊も、担当者の数は少ないんです。実際に買収にまで至った会社はそんなに多くはないですが、そういう作業を日本主導でやれるのはよかったと思います。実際、デューデリをして、買収を断った会社も数多くあります。当社の場合、外国企業のM&Aをするときは、日本の社員に加えて、アメリカやドイツなどの社員が相手先企業に行ってデューデリをやります。うちのそういう対応に対して、面白いことがおこるんです。たとえばデューデリの最後の方になると、相手先の重要なディビジョンで、「じつは――」という話が出てくるわけです。その「じつは――」という言葉は、結果的に「買い」ではないことを意味します。そういう言葉が最後に出てくるのも、うちの人間が直接赴き、誠心誠意でデューデリすればこそなんですね。人任せで1カ月や数週間でその会社を評価しようとしても、そういう本音の部分まではみえてこないですよね。

財部:
いやあ、そういうお話は初めてお聞きしました。

堀場:
だから、こだわっているんです。われわれも、その部隊を「君らは日本一、世界一だよ」と評価しているので、彼らも非常にプライドを高く持って仕事をしてくれますね。

財部:
だから海外のM&Aが、結果としてみれば皆うまくいっている、というわけですね。

堀場:
3年前、ドイツのシェンクという大企業の自動車の部門を買収しました。当社は比較的に小型で付加価値の高い製品を作っているんですが、その部門は実験用の風洞や、車を乗せて負荷をかけて、さまざまな測定を行う大型の装置が多いんです。ですから社風が全く馴染まないということで、私は当初買収に反対でした。でも当社の自動車部隊は「どうしてもラインナップに加えたいので買収したい」という。そこで、私はあまり乗り気ではなかったのですが「取りあえず現地をみてほしい」といわれて、行ってみた。向こうからは20人ぐらい幹部が出てきて、食事をしたあと、「1人ずつ話を聞こう」といって、いろいろと質問をしました。そうしたら、まだ買収が決まっているわけでもないのに、その幹部連中は「HORIBAのもとでこんなことをやっていきたい」と、訴えるように喋るんです。普通は、こういう関係になるのに、5年や10年はかかるもの。幹部全員がもうその気になっているんで、これはやはり買わなければならないな、ということで買収を決断しました。

財部:
ほお。

堀場:
それで、今度はどういう会社名にしようかという話になるわけですが、私は「HORIBAシェンクにしよう」と提案した。ところが彼らは、「『HORIBAオートモーティブテストシステム』にしてくれ」という。つまり、シェンクの名前を自ら外そうというわけですよ。日本である企業を子会社にしたとき、私がその会社に「HORIBA」の名前を付けるまでに10年かかったんです。日本人相手に、それも私自身が社長を兼任しての話です。ところがそのドイツ企業の場合、買収する前からそういう雰囲気でね。今年で3年目に入るんですが、すでに3年目で収益はほぼトントンになるんですよ。

財部:
なるほど。それはM&A部隊に限らないと思いますが、堀場製作所さんの持っている良い企業文化を体現し、伝えることができる人たちが育っていく要素は、どこにあるんでしょうか? あるいは御社では、どうやって人を育てているのでしょうか。

堀場:
私自身、日々どうしたらいいのかと考え続けているので、そういう質問に対しては非常に答えにくいですよね。でも、決してこれが理想的な状態というのではないですが、いろいろやってみてわかったことは、コミュニケーションの大切さです。じつは、当社は「日経ビジネス」にも「一番宴会の好きな会社」として紹介されていて、ついこの間もNHKで日曜朝の8時から、関西だけですけども、30分ほどテレビに出してもらったんです。ところがそれも、まず会社の紹介は宴会のワン・シーンからなんですよ。

財部:
そうなんですか、意外ですよね。

堀場:
じつは社内に「ブラックジャック・プロジェクト」という改善提案プロジェクトがあって、これも10年にわたって実施しています。こういう活動を「改善提案」というと「おもしろおかしく」ないから、トランプのブラックジャックで最強のカードである「21」にちなみ、「21世紀に向けて最強の企業を目指す」という意味合いをこめて、そう命名したんです。社内では「BJ」で浸透していますが、いま500チームぐらいがさまざまな改善提案を行い、実際に活動してくれています。その中でいろいろと話を聞いていると、同プロジェクトを通じて、いままでまったく話す機会がなかったような人たちが「これを改善しないといけない」と話し合っている。特別何か新しいことをするのではなくても、そうやって話し合うだけで多くの問題が改善するんです。ということは、やはりキーになるのはコミュニケーションなんですよね。

財部:
あえて、社内横断的になるように仕掛けていこう、という考えはあったんですか?

堀場:
たとえば「誕生会」は社内横断的なイベントですね。要するに、ここ(本社)ですと、毎月誕生会をやっているんですが、毎回グループ社員が100人ぐらい出てきます。私が最初に15分ぐらい、1カ月間限定のトピックスを話します。これも1つのノウハウで、あえてここに来ないと聞けない新鮮な話をするわけです。

財部:
そうですか。

堀場:
少なくとも、いつも「わが社はこうでなければならない」という話はしないわけですね。たとえば自分自身の経験から、最近ですと「北京に行ってみて、初めて北京の周りに山があるというのがわかった」とかいう話をします。私はかれこれ20数年北京に行ってるんですが、スモッグもなくなり、ホテルから山並みがみえたのは初めてなんです。まあそういう話とか、他では聞けないような話をして、そのあと立食のパーティを1時間半やる。そのとき、新入社員を始め、多くの一般社員人と話ができるんです。なぜかというと、そこには管理職は一切招待しませんからね。

財部:
それはどうしてですか。

photo

堀場:
管理職もいれると何が起こると思われます? 普段あまり報告しない人が、そんなときに限って来るんです(笑)。だから、そういう人にはご遠慮いただいて――。そうすると、新入社員でも誰でも直接話ができるんです。まあ、やはりこういう場での、何気ない話から出てくるフィードバック情報がまた大切なんです。たとえばラインでは「全部できています」と報告しているけれど、じつはできていないとか、一般社員と話をすると「そんなん社長、今日初めて聞きますよ」というのが結構あります。もちろん悪気はないのだけれど、管理職が途中である情報をブロックして、先入観の下に行っているディシジョンは、案外多いんですよね。

財部:
そうなんですか。HORIBAさんのところでも、そんなことがあるんですね。

堀場:
いやあ、もう、それはもう毎日のことですよ。これを遡っていくと、私が最初に海外子会社で、末端のサービスマンとして赴任したとき、いかにヘッドクォーター(本社)が前線のことを知らないで指示を出しているか、あるいはヘッドクォーターが前線から送られているシグナルをいかに受け取ってないか、ということを体感しましたから。ですから私の中では、まずヘッドクォーター、つまり「参謀本部とはとんでもない部隊」だという認識から始まっているんです。そこで当社ではフロントライン(前線)を重視していて、企業規模からしても破格なぐらい、海外出張などに経費を使っています。フロントラインに足繁く通うのがうちのポリシーなのです。最近ビジネスが活発化している中国においても同じくです。

財部:
それが一番のポイントですよね、中国では。

堀場:
同じ中国でも、もちろん北京と上海では全く事情が違うことは把握していますし、だからこそ当社では、中国でビジネスを一律にやらないんですよ。

財部:
なるほど。そうすると、いま社長が一番の課題として捉えているものは何ですか?

堀場:
以前からの課題であった売上1000億円、および営業利益率10%はなんとか達成できました。そこでいま掲げているのが、2010年12月期に1500億円の売上高達成という数値目標です。ひょっとしたらサブプライム問題など外乱が足かせになってしまうかもしれませんが、いまのところ2年前倒しで達成できそうな勢いです。ですが私は、「今の体質では、自分の体重、すなわち自重で会社が潰れる。だから体質を変えましょう」と話しています。そのための1つの施策として、いま行っているのが基幹システムの導入。これにも巨大な費用をかけているのですが、われわれのようにグローバルにそれぞれの特徴を活かしながらシステム運用をしている会社は、世界的にまだないのです。授業料が高くて頭が痛いんですが、あえてチャレンジをしていますよ。

財部:
ほかに改革を進めているのはどんなことですか。

堀場:
開発や営業など、いろいろと細かいことはありますが、現在の体質のままでは、当社の次の目標である売上高2000億円は到底達成できません。だからもし「体質を変えられなければもうこれ以上会社を大きくしない。ならば、いまの企業規模で収益が上がるように持って行くべきだが、皆それでいいのか?」という言い方をしてるんです。私自身はどちらでも構わない。いまのままでも、結構高収益でそれなりのパフォーマンスをキープできるでしょう。「しかし、ここからさらにチャレンジしようと思えば、当然ある程度のリスクを負う必要がある。さらに社員1人ひとりが、自分たちの持ち場で、それぞれクリエイティブな仕事をしないと、そういう体質にはなりません」といっています。

財部:
企業が成長するたびに、社長がそういうプレゼンをされているということですね。

堀場:
だから私は、本来なら一番今喜ぶべきときに、一番厳しい言葉を発しているのかもしれません。

財部:
なるほど。そのマインドの背景にはやはり、堀場製作所はこれからグローバル企業としてさらに成長を遂げていくんだという、明確なビジョンが感じられますよね。

堀場:
そうです。それともう1つ、私がいつも強調しているのが「オープン・アンド・フェア」という考え方の重要性。本社だからとか、日本だからとか、あるいは強い部隊だからどうというのではなく、「すべてをオープンかつフェアにジャッジします」という明確な姿勢を持つことが大切です。だから些細なことかもしれませんが、グローバル企業を目指すなら、決算を世界的に最も多い12月期に統一することがフェアな判断であり、それを海外子会社に対して「日本本社の3月決算に合わせよ」というのはアンフェアです。私自身、そういう点には非常に気を遣っていますが、すべて理想通りにはいかないかもしれません。しかし、フランス人にしてもドイツ人にしても、中国人にしても、アメリカ人も日本本社のディシジョンがフェアになされていると、彼らの士気は落ちないものですよ。

財部:
それが海外のM&Aを成功させる1つの理由でもあるのでしょうね。今日は本当にありがとうございました。

photo
(2007年10月26日 京都市南区 株式会社 堀場製作所  本社にて/ 撮影 内田裕子)