株式会社DeNA 南場 智子 氏

南場:
ただ、先にも話したように、「Yahoo!」はポータルサイト1本の会社でありながら、売上高が2000億円になっていて、それが単一のサービスではなく、いわば「お皿」です。その意味で、「モバゲータウン」も「お皿」としてのボラティリティ(変動性)をなくしていく必要があると思いますね。要するに、「『モバゲータウン』1本ではリスキーだ」と言われないように、さまざまなコンポーネントを載せていきたい、という考え方があり、それと同時に「やはり他の事業もやっておきたい」という気持ちもあるんですよ。

財部:
それはリアルビジネスで、ということですか?

南場:
いえ、そういうことではなく、ウチが勝てるものをやりたいんです。その意味で、保険は企業規模が小さくても勝てると思ったんですが、現在いろいろと苦労しています。一方、旅行はこれからですね。必ずしも「モバゲータウン」にぴったりくっつく話ではないのですが、旅行分野ではやはりeコマースが強いですから。いずれにしても、eコマースの限界は、結局はパソコンからラーメンなどの商品が出てこないということなんですよね(笑)。

財部:
そうですね(笑)。

南場:
ところが、旅行や保険は「情報商品」なので物流がありません。要するに、たとえば予約という情報行為がそのまま購入になるという意味で、旅行はeコマースにとてもマッチしています。じつは保険もそれと同様で、業法的にはいろいろ課題があるのですが、意外と勝てる方法があるのではないかと思っています。

財部:
そうですか。でもそこには、主たる顧客の年齢層と商品のギャップがありますよね。

南場:
そうなんです。でも旅行については、たとえば卒業旅行が「モバゲー」のユーザー層にもマッチしていたので、まだよかったのですが――。

財部:
旅行はまだしも、保険については、ユーザー層がよく知らないのではないかという点がちょっと心配ですね(笑)。

南場:
携帯電話だけで加入から支払いまで行える「お守り保険」とか、携帯電話をなくしたときの保険など、いろいろと開発したのですが、まだ苦労しています。

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財部:
ただ、長い目で見ていくと、今の10代の人たちが最初に保険入るのは、保険のおばさんからではなく「モバゲータウン」からになる、という展開も考えられますが、短期的にはちょっとミスマッチな感じがしないでもないですね。

南場:
そうですね、今回は私たちにとっても初めてのM&Aで、旅行事業と保険事業がセットで入っていたこともあり、こうした「情報商品」の取り扱いをやってみよう、という意味での良いチャレンジでした。それから私たちは、もともと金融業に入っていきたかったんですが、やはりコンシューマーファイナンスの分野に入らなくてよかったと思います。やはり当社とは目指すところが違うな、という印象もありましたし、ネット証券の業態もすべて検討したのですが、今から参入するのはやめようと判断しました。たまたま保険業法の制度改正(2006年4月)があり、小額短期保険業制度がスタートしたタイミングに当たったので、ちょっとやってみようという事情もありましたしね。いずれ保険分野でも面白いものができるのではないかと思います。

「秩序を壊し続ける」ことが、組織にとって必要だ

財部:
そうですか。でも、先ほど話した「違和感」に戻るのですが、じつは僕が抱いた違和感というのは、ある意味では「10年後の会社の姿」に対する認識です。以前、僕は「サンプロ」で三菱商事の改革について特集をやったのですが、同社は80年代から「冬の時代」と言われ、駄目になっていったわけです。彼ら自身もその頃、極めて総合企画部的な発想で「これからは金融や情報通信の時代なのではないか」といって、大規模な新規投資を行ったわけですよね。

南場:
そうですね。

財部:
そういって手がけた「パチンコカード」は偽装問題があって早々に撤退。情報通信分野では「ITだ」「サーバーだ」といって参入し、やはり最後には退いていくという失敗をした。三菱商事に限らず、あれだけ人もいて資金力のある総合商社でも、知らないことをやるとだいたい失敗するという、好例ですよね。その意味で、バブル崩壊とは、バブル時代の投資が引き起こした失敗の償却の歴史だった、ともいえるわけです

南場:
なるほど。

財部:
ところが三菱商事をみると、この3年ぐらいで非常に売上を伸ばしているんです。

南場:
ええ。

財部:
いま三菱商事では、小島社長が「バリューチェーン・ビジネス」という美しいビジネスモデルを掲げているわけですが、それはけっして頭の中で考えてできたものではありません。過去の失敗を鑑みて、やはりこれはこのようにやった方がいいのではないか、仲介ビジネスのビジネスチェーンの中で、ここを買ってみよう、というように事業を進めていくと、結果として「バリューチェーン」ができあがることになるわけです。これをDeNAさんに当てはめて考えれば、そもそも会社としての歴史がまだ――。

南場:
浅いですからね、はい。

財部:
だから難しいなあと思ったのは、会社本来のコアビジネスからせいぜい半歩程度足を踏み出すビジネスだけでは、ほとんど同じ領域の中でしか事業が広がっていきません。ところが、たとえリスクはあっても、DeNAさんがそこをブレイクスルーしたときに光り出すのが、旅行と保険という、本来のコアビジネスから離れた事業なのではないかと思うんです。以前、南場さんは「第2の起業」とおっしゃっていましたが、それぐらいの根性でやらないと駄目ですよね。

南場:
そうですね。私たちは旅行と保険のほかにも、新規事業をいくつか手がけているんですが、会社の体力がついて「甘えよう」と思うと甘えられる部分があるがゆえに、わざと厳しい環境でやっていますので、とても大変なんです。

財部:
とにかく、会社の業績が順調な時にそういうことをやるのは良いことですよ。逆に、会社が傾いてから新規事業をやり出すと、さらに悪化していくものですからね(笑)。

南場:
おっしゃる通りです(笑)。現在わが社は「量的」な部分だけを見られていますが、「質的」にもさまざまな新しい変革をしているんですよ

財部:
そうなると新しい人材もさらに必要になってきますね。

南場:
はい。今年の新卒の応募でみても、今年度は、私自身も1万人以上の学生さんと会い、47人を採っているので、競争率が100倍以上です。本当に、凄い人たちが集まっているんですよ(笑)。

財部:
それはなぜだと思います?

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南場:
そうですね、まず新卒採用を会社を挙げてやっています。あとはやはり、新卒学生の皆さんに、わが社の社員との接点を大いに持ってもらうことですよね。実際、わが社の社員は非常に面白いんです。もちろん退屈そうな社員を出さない、という、こちらの配慮もあるんですけど(笑)。

財部:
それはまあ、各社そうだと思いますけどね(笑)。

南場:
そうすると、学生の皆さんは「こういう人たちと働きたい」と思って頑張ってくれるんです。たとえば、今25歳ぐらいのある若手社員が、営業で抜きん出て1番になり、『ネッシー』という新規事業を立ち上げているんです。彼なんかは、面接した学生が「僕、三菱商事とかリクルートとかと迷っているんです」と話すと、「俺より凄い奴がいたら行ってもいいよ」と言ったりするんですよ。

財部:
ははは。

南場:
それを周囲の大人が聞いていると、鳥肌が立って「不遜にもほどがある!」と思うんですが、当の学生はずっと彼と話していて、「この人は凄い人だ」と感じて、もう目がハートマークのような状態になっているんです(笑)。こういうことを、わが社の若手社員がきちんとやっているんですから、凄いものです。私自身、マッキンゼーのパートナーとかハーバードという、要するにマスコミにとってキャッチーな言葉がくっついている人間で、さまざまな媒体に登場しているじゃないですか。だからかえって、社員たちは「やはり南場さんだからこそできる、という状態はキモい」と思い始めているんですよね。

財部:
そうなんですか。

南場:
そこで私も、仕事の上でのさまざまな役割を、なるべく分散させているんですが、それが最近うまくいっています。たとえば私自身、会社説明会には必ず出ることにしているのですが、そこでは、たとえ熱があってもお腹が痛くても、学生さんに向けて一所懸命にパフォーマンスをしています。それを見て、学生さんたちは当社を「もの凄く面白い会社だ」と思っていただいているわけですが、私の仕事はそこまでなんです。というのも私は、立食パーティーが苦手。そこで「悪いけど、私は今日の立食パーティーには行けないから」と話すと、わが社の社員が大挙して出てくれて、パーティーを盛り上げてくれるんですよ。

財部:
いいお話ですね。

南場:
すると学生さんたちも、「この会社は南場さん1本ではない」ということを、非常に良くわかってくれる。当社の社員は8割方が男性なのですが、彼らは学生さんたちとも年齢が近いので、学生さんたちが「この人を目標にしたい! 乗り越えたい!」という人も出てくるわけですね。

財部:
若手に活気があるのは、非常に良いことですね

南場:
私は最近思うのですが、会社にとって、人はもの凄く重要である反面、優秀な人材を会社にどろどろと定着させないというように、従来の秩序を壊し続けていくことが大事なのではないでしょうか。たとえば優秀な人をどこかでバーンとはねのけたり、うまくいっている部門をあえて解散させたりというように――。実際、去年の3月には「ディレクター制度」という執行役員制度をきっぱりやめて、「みんな平社員だ!」ということをやってしまったんですよ(笑)。

財部:
そこまでやるのは珍しいですね。

南場:
そのように、従来の秩序を壊して新しい動きを作っていくことは、文字通り手探りですよね。私自身、あまりビジネス書を読むのが好きではない方なので。

財部:
ビジネス書はあまり好きではないんですか?

南場:
自分の経営者仲間が書いたものはパラパラ読みますけど、それ以外のビジネス書では『ビジョナリーカンパニー2』とか『ロンおじさんの贈り物』以外は、あまり心打たれたものはありません。私自身、時間があったら生物学や数学、あるいは歴史の本とか、より広いジャンルのものを読みたいと思っている方なんです。だからビジネスそのものについての座学がないので間違っているかもしれないし、理論や理屈のうえで正しいと証明されているわけでもないのですが、何か、すでにできあがってしまったものを壊してみようとして、いろいろと試行錯誤をしてやっているつもりですね。

財部:
それでいいんじゃないでしょうか。じつは僕も、ビジネス本をほとんど読んでいません。むしろ、いろいろなジャンルの本を読むということは、広く考え方を学ぶという点では良いと思っています。

南場:
そうですよね。

財部:
くどいようですが、僕自身「モバゲータウン」の旅行サービスは非常に可能性があると思っています。もちろんそれは、DeNAさん が自前で開発力を持ち、良い人材が集まってきているという前提ですが。実際、旅行会社各社のサイトをみても、パッとしたコンテンツがほとんどありませんしね。

南場:
ウチもまだまだですが、最近大きく変わりましたよ。

財部:
いずれにしても旅行は、業界を挙げて、開発余力のある分野なんですよね。だから本当に、システムの開発力で勝負できるのではないかと思います。

南場:
頑張ります。

財部:
今日はありがとうございました。

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(2007年10月3日 渋谷区笹塚 株式会社ディー・エヌ・エー 本社にて/ 撮影 内田裕子)