株式会社DeNA 南場 智子 氏

会社は起業家にとって「マイベイビー」か

財部:
こうやって素晴らしい仲間が集まってきたのも、そもそもの背景があればこそだと思いますね。それはたとえば南場さん個人の魅力というか、彼らが南場さんに期待するものも当然あったでしょう。それから90年代末は、世の中全般は暗い雰囲気でしたが、皆が「もしかしたら自分でも上場できるんじゃないか、こんなチャンスは二度と来ないかもしれない」という夢が持てたという意味で、日本社会の中でも特異な時代でしたよね。

南場:
そんな時代です。私は、何もわからないで起業したんですが、本当に運が良かったんです。

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財部:
僕は、起業の時期としては本当に良いタイミングだったと思うんですが、そこで南場さんの周りに、こういう優秀な男性が集まってきたのはなぜだと思います?

南場:
私は合議制で、いろいろなことを相談しながら進めていましたね。今から冷静になって振り返ると、私はそれしかできなかったんですが。もし起業の経験があり、会社経営に慣れている経営者であれば、まあ「黙って俺についてこい」ということもできたでしょうが、私の場合は初めてのことばかりだったので、すべてマッキンゼー的に論理的にものごとを解決しようとしていました。つまり、思考のプロセスなり問題解決のプロセスも、結構論理的に皆に見せながらやっていく。そして皆から意見や情報を得ながら、ファクトを収集して分析を行い、そこから結論を出していくという、コンサルタント的なプロセスでやっていて――。

財部:
なるほど。

南場:
要するに当社は、勘や経験に頼るとか、あるいは「これは若い人に言ってもわからないことだからね」というようなアプローチをするような組織ではなかったんです。だから、わかりやすかったのではないかと思います。もちろん、さっき財部さんがおっしゃった90年代末の時代背景もあったけれど、彼らは皆「この会社なら自分が活躍できそうだ」という気持ちで入ってきていますから、論理的かつコンサルタント的なプロセスのほうが、わかりやすくて見えやすい組織運営だった、ということだと思いますね。

財部:
私も同感ですね。

南場:
とはいえ、それがゆえに、はまってしまった落とし穴もたくさんあるし、彼らも私たちも、将来はまたバラバラになっていくのでしょうけれども――。

財部:
バラバラになっていくんですか?

南場:
まあ、そうだと思います。皆それぞれに個人の事情がありますからね。でも社員は皆、最初はこういう概念すら受け入れてくれなかったですね。皆、私の元に来たと思っているし、彼らがDeNAを辞めるということは、それこそ私を捨てていくことだというような気持ちになっていましたから。ところが、春田(総合企画部長)から「DeNAは『マイカンパニー』とするのか、『公器』としていくのか、スタンスをはっきりしてくれ」という話があった頃から、考え方が変わってきましたね。

財部:
会社ははたして「自分のもの」なのか、ということですね。

南場:
そうなんです。それから以前、財部さんとお会いしたときに「南場さんにとってDeNAとは何ですか?」と言われて、私はとても正直に「自分の子供みたいなものです」と言ったんです。そうしたら、財部さんはもの凄く暗い顔をされて――。それがなぜか心にずっと残っていて、加えて春田からもああいう質問をされながら、「たぶんこれはとても大事なことで、会社を『マイベイビー』と思うか『公器』と思うのかということは、相当に大きな違いなんだな」と気付いたわけです。そこから、大いに考えるチャンスをいただきましてね。

財部:
そうでしたか。

南場:
でも私の場合、頭から「『マイベイビー』だと思ってはけない」と結論を言われたのではなく、「これは一体どうなんだろう」というところから考え始めたものですから、自分でじっくりと「心のジャーニー」ができたようで、結局「私は、この会社にとってベストである限り、社長をやろう」と割り切れました。それからは、社員との付き合いが「究極的には、1回会って離れていく関係」であるにせよ、それが凄く腑に落ちて、気持ちよく社員を送り出せるようになりましたね。そんなこともあって、いまDeNAには「南場さんのために仕事をする」という人は誰もいなくて、「自分のために仕事をしている、それが当たり前だ」という前提で、組織も人事もすべて構築できるようになったのは、良かったと思っているんです。

財部:
ある意味、それが強い組織なのではないでしょうか。

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南場:
今でも創業社長の方に会うと、非常に違和感があるのですが、彼らの中には自分が辞めるタイミングなどを、平気で他社の社長さんに喋ったりする方もいます。たとえば、あと何年ぐらいで(引退を)考えているとか、後継者のことについて平気で話します。でもそれは、やはり最後の瞬間まで、自分の心の中にまで留めておいたほうがいいと思うのです。それから、私が「辞められたあとは何をするんですか」と聞くと、「会長になって、自分は社内で○×をやる」という。やはり「会社は自分のもの」だという考え方から離れられないというか、それに対して何の疑問も抱かずに、「自分はもう細かいことはやりたくないから、誰かに権限委譲しよう」というぐらいの勢いで(後継者を)決めていらっしゃったりするようなんです。

財部:
うーん。

南場:
でも、私は先ほど話したように、気持ちの整理が済んでから結構長く経っているので、「それはやはり違うなあ」、「でも、昔の自分もそうだった」と思っていますけどね。

財部:
じつはそれについては、女性だけでなく男性も同様で、会社のことを「マイカンパニー」というのは情緒過多なわけですよね。そこからどう離れられるかということが、経営者としての本当の勝負だと思うんですが、そこが南場さんの場合、非常にうまくいっていますよね。

南場:
いやあ、私の場合は、結構駄目だったことが多かったと思いますね。

財部:
たとえばどんなところですか?

南場:
細かいことに口を出しすぎなんです。それでいて、組織をあまり重視していなかったもので、「フラット」という美名のもとに、社長である私自身がマネージャーなどの管理職をバイパスして現場に行き、「こう書け」とか「ここでこう動かせ」、「全部変えろ」と言っていたことがありますね。ただし社員が非常に優秀で、そんな私を「何とかうまく使わなければ」という気持ちで対応してくれていたのですが、やはり私は当時、細かいことを言い過ぎていました。まあ、今にして思えば、そういうことが必要なタイミングでもあったんですが、今はもの凄く我慢しています。自分の判断の方が社員よりも正しいと信じることもあるし、「こうした方が10%向上する」ということに自信を持っていることもある。でも、私が現場に対して直接そう言うことによるデメリットの方が、その「10%の向上」よりも大きいと感じたときに、黙っていられるようになるまでには何年もかかりましたね。

財部:
ほお。

南場:
もともと私のいたマッキンゼーは、アウトスタンディング(outstanding:卓越した)、アバブスタンダード(above standard:標準以上)、スタンダードというように、定性的に人を評価する組織でした。パートナーになるとまた違うのですが、決して人を売上で評価するような会社ではなかったんです。私はずっとそういうカルチャーで育ってきて、それが(独立して会社を興して)初めて、成果が全てだという立場になったんですが、「自分が正しいことを言い、社員の間違いを直すことは評価に値する」という気持ちがまだどこかにあったんでしょうね。

財部:
なるほど。

南場:
そのせいか、さっき話したように、「自分が、自分が」という意識がなくなるまでには非常に時間かかりました。ところが、年月をかけて頭でわかってくることもあれば、(見方や考え方の)スコープが大きくなっていくうちに、そうせざるを得なくなったこともある。それに、周囲には自分よりも優秀な人がたくさんいるということを、その過程で実感したとか、いろいろなことがあいまって、自分はあまり口を出さなくなりました。その代わり、ラインの社員まですべてを巻き込んで、「A案、B案、C案と、それぞれメリット、デメリットがあるけれど、B案の方がC案より少しいいかな」というように、話し合うようになったんです。

財部:
そうなんですか。

南場:
ええ。ただしそれをやると、もの凄く不安になるラインの人がいるということもわかったりしまして(笑)。要は、私が相談しすぎなのですが、たとえばプロジェクトが現在B案で進んでいるときに、「B案の方がC案より少しいいかな」と、私が本当はC案との間で迷っているところまで見せてしまうと、人によっては「えっ」と不安になるということなんですね。そこでもう最近は、その辺も含めて、自分の弱さもさらけ出せる相手を限定しています。

財部:
ところで、新サービスの「モバゲータウン」は、非常にエポックメイキングな試みでしたね。

南場:
そうですね。これは、私が企画に初めて――初めてじゃないですね、2つ目ですね――全く絡まないで出てきたサービスです。これは大成功ですね、本当に。

財部:
僕も、「モバゲータウン」は凄いなと思っていたんですが、やはり人の人生然り、会社にしても「法人の人生」というのがありますよね。

南場:
そうですね。

財部:
会社には会社として、発展していくステップというものがあります。そのステップステップで、いろいろな意味での運に恵まれていなければ、会社がうまく発展しない。また運に恵まれていても、ブレイクスルーが来ない会社もあったり。そう考えると、DeNAという会社の経営は、南場さんからすれば苦労の連続なのでしょうが、客観的に第三者として見ていると、DeNAはそうしたステップを非常に理想的に突破してきているような気がしますね。

南場:
まあ会社の歴史を考えると、オークションという非常に難しい事業を、なんとか力ずくで黒字にしました。それからようやく「モバオク」が、携帯オークションというニッチな領域で1番になりました。そして今度は「モバゲータウン」が出てきたわけですから、非常にチャンスが広がっているという意味で、前向きな成功を達成できていると思います。

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財部:
南場さんは最近、いろいろなところで、「携帯のポータルサイトになる」とおっしゃっていますが、やはり「ビッダーズ」への思いが裏にあるんですか。

南場:
そうですね、パソコンの世界における「Yahoo!」の立場にどうしてもなりたいですね。というのもPCにおける「Yahoo!」とは、「何をするにもまずYahoo!」という「デフォルト」になっているわけです。その立場で、要するに2000億円の売上高で1000億円の利益を稼いでいますからね。だから「Yahoo!」は、PCにおけるインターネットのドミナント・プレーヤーなのであって、現時点で日本では「グーグル」さえもかなわない。そこまでのインフラになっているわけですよね。そういう立場になるのが、やはり憧れですね。

財部:
憧れですか。

南場:
ええ、なりたいですね。

財部:
次の目標としてね、売上高1000億円という、現在の7、8倍の数字を挙げられていますよね。そうすると、そこに至るまでのプロセスも当然、南場さんの頭の中にきっとあると思います。それから別の記事では、DeNAはグーグルよりもクールな会社になるという話もありますし、一方では突然、旅行や保険というサービスも出てくるわけですね。このあたりは、どのようにリンクしているんですか。

南場:
たとえば、そのベースとして、携帯ポータルサイトの「モバゲータウン」があります。その中に、コンポーネントをいろいろと載せていくわけですね。もちろん、そのコンポーネントは他社が作ったものでもいいのですが、とりわけ発展性があり、面白くて儲かるものは自分たちでやっていきたいわけです。その意味で、旅行や保険は自分たちでも手がけていきたいコンポーネントなんです。すでにその分野で強力なプレーヤーがいたり、コンテンツをどなたかにやっていただいたとしても、われわれのポータルサイトとしてのトラフィック(ネットワーク上を移動する文章、画像、映像などのデータの情報量)の強みを活かしていけば、かなり良い条件を引き出していけると思います。

財部:
あの発想は、南場さんだったんですか?

南場:
じつは旅行と保険の両方をやっている会社がありまして、そこをM&Aするかどうかを検討したとき、私は、旅行はいいなと思っていたのですが、「保険も面白いですよ」という意見が社内にあったんです。それを聞いていると、何か面白そうだったと思ったので「やってみようか」という話になったんですが、そんなに簡単ではなかったですね。やはり少額・短期の保険の引受けから始めて、保険商品はすぐに携帯サイトに載らないので、いまだにPCでもやっていたりとか、意外と苦労しています。

財部:
でもじつは、「なぜ保険と旅行なんだろう」というのが、僕のファースト・インプレッションでした。そこで僕なりに資料をいろいろ読んでみて、南場さんが「通常ならば、コアな事業の周辺から新規事業を立ち上げるのが王道でしょう。でもあえて、今回は全く違うことをやっていくんだ」という明確なお話を、ある記事でされていたので、それはそれでいいかなと思ったんですが。その辺はどう考えていらっしゃいますか。

南場:
そうですね、今「モバゲータウン」にくくりつけて話してしまいましたが、確かに「モバゲータウン」は非常に強くて、そのサービスの広がりをみると「Yahoo!」1社に匹敵するぐらいの奥行きと幅があるんですね。実際、「モバゲータウン」は今四半期の売上構成比率の50%を超えるまでになってきています。ところが、われわれとしては「『モバゲータウン』1本の会社にはなりたくない」という気持ちがあるのも事実なんです。

財部:
なるほど。