レオス・キャピタルワークス株式会社 藤野 英人 氏

財部:
そうですか。厳しい言い方をすれば、日本の金融機関は、口では「社会貢献」や「顧客利益」を語ってはいるものの、それをきちんと実行しているとは言えません。つまり理念と行動が、まったくかすったこともないぐらい、一致していないわけです。こういう体たらくだから、日本の金融はいつまで経ってもグローバルに戦えない。金融分野における技術的な能力不足以前に、いったい本質部分でどういう理念を掲げ、どのように会社を形作っていくのか、という視点が欠けているので、いつも流行に乗ることしかできないわけです。その点、レオスキャピタルはまだ小さな存在ですが、そういう考え方が1つのムーブメントとして育っていったら、本当に素晴らしいだろうなと思いますね。

藤野:
独立系の運用会社で言うと、先輩であるスパークスさんとか、澤上さんがやっているさわかみファンドさんがあり、それが本流だと思っているんです。もちろん僕には僕のやり方がありますが、彼らは彼らで、他の資産運用会社に比べたら、はるかに自分流のスタイルや考え方を貫いている。それはやはり独立系であり、彼らが「こういう考え方でファンドを運営したい」ということに対して、心から賛同している人たちが集まっているからでしょう。だから当社も、彼らに負けない会社になりたいし、同様に、彼らの後に続くような会社がもっと出てきて然るべきではないかと思っているんです。

オフィスを仲間への「感謝の気持ち」で満たす

藤野:
じつは当社には面白い制度があって、社員全員が「グラッチェカード」というものを持ち、どんな些細なことについても、お互いに「ありがとう」という想いをそのメッセージカードに書いて渡すんです。1つには、僕らはチームでやっているんだという意識を浸透させること、もう1つは感謝の気持ちを大切にすることを、きちんと形にすべきだろうと考えました

財部:
社内でですか?

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藤野:
社内です。コメント欄にメッセージを書いて渡すんです。本人に直接渡すというケースもありますが、朝出勤して「何だろう」と思って見てみると、パソコンのキーボードの上に「グラッチェカード」が刺さっているということもよくあります。毎月、それを一番多く集めた人が「月刊MVP」として表彰され、年間を通じて「グラッチェカード」を最も多くもらった人は「年間MVP」ということで表彰され、集めたポイントによって金一封が授与されるという制度なんです。

財部:
ほお。

藤野:
これはかなり定着しています。社員たちも、この制度で皆がお互いに「ありがとう」というメッセージを贈り合っている、だから自分はレオスが好きだ、と思ってくれています。これがまた、レオス的なカルチャーの1つなんですね。こういう部分を大切にして、想いと心を伝えていくことを、形に残していきたいと思います。

財部:
これは金融機関の発想ではないですね。これまで御社がずっと見続けてきた、製造業の発想でしょう。

藤野:
そうなんです。僕たちは製造業と同じような形でナレッジを積み重ね、それを共有していきたいと思っています。そしてその共有したものを、実際の運用の世界に落とし込んでいくことにも挑戦してみたいですね。ある意味、たとえばトヨタ生産方式で活用できることを、当社の運用にも採り入れたいと思っているんです。実際、ホワイトカラーの生産には非効率性がありますし、金融業自体にも大きな非効率がある。それから企業には、縦割り組織がもたらす情報共有の不徹底による弊害も数多くありますから、それらを崩したいんです。

財部:
なるほど。

藤野:
それから、企業のブランディングにはさまざまな要素がありますが、まず重要なのは、「社員が自分の会社を好きであること」だと思うんです。社員たちが「ウチは本当にいい会社なんだ」と感じていること以上のブランディングはないはずで、その視点で考えれば、社員とのコミュニケーションを大切にして、定着率をなるべく高めたいと考えています。実際、当社では離転職者が非常に少ないんですよ。

財部:
非常にステディですよね。原理原則を大切にされている。

藤野:
僕は、ジャーディン・フレミングとゴールドマン・サックス時代に「カリスマファンドマネージャー」と、さんざん言われたんです。でも僕自身は、その言葉が大嫌いでした。というのも「カリスマ」といえば、何でもわかっていて、何でも自己決定して、ワンマンでやっているイメージがすごくある。だったら、それこそ逆に外資でずっと仕事をして、1人で結果を出せばいいわけで、自分で会社を作っていろいろな人を採用し、会社の中でいかに社員に伸びてもらうかという、しんどいことをする必要はまったくないですよね。

財部:
そうですね。

藤野:
僕がやりたいのは、やはり日本に良い会社を作ること。かつ、それも僕がいなくなってからも、その会社のカルチャーが残り、拡大生産していくような会社を作ることで、そうでなければ面白くないんです。だからその意味で、ガッと儲けて南の島に行くようなイメージは僕にはまったくないし、いわゆる「ビジョナリーカンパニー」として永続する会社をいかに作るかという、仕組み作りが僕の最大の関心事です。実際に創業時から、「どうすれば運用会社として永続できる良い会社になるのか」ということに対してコミットし、皆で一致団結してやってきました。

財部:
ある意味で、入り口から正しかったんですね。

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藤野:
はい。大なり小なりなのですが、僕が壊したいのは、「時間とストレスをお金に換えている」という日本人の勤労観なんです。じつは金融教育をやるときに、「投資することの意義は何かと言えば、会社を応援することによって、世の中を良くしていくことなんです」と話すと、それを理解してくれる人が半数で、残りの半数は納得してくれません。なぜかといえば、彼らにとって会社は応援する価値のないものだから。要するに、会社嫌いの人が、世の中に多いんですよね。

財部:
そうでしょうね。

藤野:
だから、会社は自分の「成長の場」であるどころか、本当は自分が選択しているはずなのに、何か強いられて働いているような勤労観を持っている人が非常に多い。そういう人たちに、「企業を応援して投資し、世の中を良くするんだ」と言っても、まったくピンとこないんです。要は会社を創り、プロジェクトをつくり、その中で実際にお金を調達し、それをどう運用するのか、というのがファイナンスです。でも、そのお金がどこから出ているのかわからず、しかも会社の規模もよくわからない中でポートフォリオゲームをしても、結局ただの「金融ゲーム」になってしまうので、非常にマイナスなんですよ。

財部:
なるほど。

藤野:
そもそも金融とは、(社員たちが)汗水をたらして働いた結果生じた企業価値の中から出たお金をどうするか、というところに本道があり、それを抜きにしてはあり得ません。そうするとお金、あるいは会社とは何か、ということに対する世の中の理解というものが、そもそも間違っている。しかも残念なことに、日本にとっての問題は、時価総額上位50社の中で、30年間以内に設立された会社がソフトバンクとヤフーしかないということです。つまり少子高齢化は生身の人間にとって大きな問題ですが、同じように日本企業の少子高齢化も甚だしいのです。かたやアメリカでは、グーグルは8年間であれだけの規模の会社になりました。またマイクロソフトにしろシスコシステムズにしろ、社歴の若い会社がアメリカ企業の時価総額上位を占めているのに、日本では時価総額上位200社ぐらいの中のほとんどが、オーナー不在の持ち合い会社になっている。だから結果的にいうと、オーナーシップというものをわかってない経営者が、出世競争の中でトップになっているんです。加えて官庁のエリート然り、日本の政治家の大半も2世、3世の時代になっているので、いちからファンディングして何かを作り上げることの価値や意味を、体で知っている人たちが、ほとんどいなくなっているんですよね。

財部:
ゆゆしき問題ですよね。

藤野:
僕は今年の年初にインドに行き、インドの経営者に話を聞いて思ったのですが、現地の上位企業にはほぼすべてファウンダー(創業者)がいて、彼らは「自分たちはどういう経営をすべきなのか」ということを、絶えず話しているわけです。たとえばインフォシスの会長は、「われわれが存在しているのは、世界のIT投資を効率化するためである」というわけです。またランバクシーの経営者は「僕たちは、安価な薬を世界に普及させることで、薬による格差をなくし、皆を幸せにするんだ」という話をする。ウィプロという会社のプレムジ会長に至っては、「成功とは何かといえば、長期的な人間関係を築き、人に奉仕をすることだ」というわけですよね。これは凄いことで、こうした成功観が日本の経営者にあるのかどうかが、非常に疑問です。やはり世界や人間、あるいは歴史というものをより深く考える経営者が少なくなっていますね。

財部:
そうですね。

藤野:
しかも、ホリエモンや村上ファンドの問題が生じて以来、日本のベンチャー企業の層はいっそう薄くなりました。ベンチャー経営者と話をしてもそうだし、他でもそうなんですが、そもそも彼らはフィロソフィーとか歴史、文学というものをあまり勉強していなかったりします。でも、はたしてそれは、ベンチャー企業だけの問題なのかどうか。日本の経営者のトップエリートには立派な教養人も大勢いますから、また話は違ってきますが、やはり全般的に言うと、日本人の教養の薄さは非常に深刻な問題です。むしろ、よく言われる少子高齢化などはテクニカルな問題で、それよりも人の志や思考の奥深さ、あるいは突き詰めて考えるという力が非常に弱くなっている。それは日本の経営者もそうだし、政治家、もちろんジャーナリストも然り。どこか一部の問題ではなく、総合的にずしんと層が下がってきているので、そこを復権しなければいけないと思っているんですよね。

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財部:
私自身、それをずっと言い続けてきたという思いがあります。それから今の話でふと感じるのは、たしかにインドのトップクラスの企業の経営者には、素晴らしい人が多いですね。歴史的にみていくと、国がこれから成長していこうという大きな時代背景がありますから。一方、日本でも戦後間もない昭和20年代や30年代には、素晴らしい経営者や役人たちがいた時代があったわけです。ところが、彼らは高度成長期に達成感を得てしまって、それから次第に崩れていった。その意味でつくづく思うのは、この「失われた10年」はほとんど意味を持たないと思うんですね。

藤野:
僕もそう思いますよ。

財部:
一番大きかったのがですね、バブル崩壊後、資産が収縮していく中で、いわば経営者から末端の社員に至るまで、志や理念、哲学という部分までもが収縮してしまったことです。

藤野:
そうなんです、そこなんですよ!

財部:
それで社会、政治に自己保身ばかりが蔓延し、そこに折り悪しく、コンプライアンスというものが乗りかかってきたために、そういう「収縮」が助長されているような姿になっている。もちろんコンプライアンス自体は正しいわけですけれどね。

藤野:
そうですよね。

財部:
BRICsを取材して本当に驚いたのですが、まさに日本企業全滅ですよ。つまり、未開の市場を開拓する力が、日本企業に乏しくなっている――。

藤野:
でも歴史的にみると、日本にはウミヒコの時代とヤマヒコの時代という、海外雄飛した時代と、内部に引っ込んだ時代がありました。要は、海外雄飛の時代がウミヒコで、内部に引っ込んだ時代をヤマヒコと言っているんですが、(日本の歴史はその間を)スウィングしています。源氏と平家で言えば、平家がウミヒコで、源氏がヤマヒコ。それから江戸時代はヤマヒコだし、室町なんていうのは、まさしくウミヒコだったと思うんですよね。それから時代が下り、明治時代はウミヒコでしたが、戦争が終わってからヤマヒコになった。そして今、日本はふたたびヤマヒコからウミヒコに転換せざるを得ない状況になってきています。もちろん、まだ日本にはヤマヒコ的な価値観が残っていますが、日本は歴史的にみると、そういう転換に非常に成功している国なので、僕は今後5年、10年の間に、必ず日本は大きく転換するだろうと思っているんです。

財部:
同感ですね。

藤野:
僕はジャーナリストでも映画人でもありませんが、山田長政とか、ああいう人物を描いてみたいですね。彼は大きな夢を描いてシャムに渡り、苦労を重ねて成功し、像の大軍団を率いて、並み居る敵を蹴散らしました。まさしく海外で雄飛していく人物の姿がそこにあるというか、彼自身、もの凄い国際心の持ち主ですよね。やはり、もともと日本には、そういうカルチャーがあると思うんです。

財部:
海外に雄飛する日本人が、もっと出て来ていいはずですよね。

藤野:
僕は、日本古来の文化というものを、戦前とか先の戦争の部分で云々するより、もっと時代を遡ったところで語るべきだと思います。それこそ、日本人がもともと持っていたウミヒコの価値観で、海外に雄飛していった姿にスポットを当てて――。日本人はおとなしいと言われながらも、じつはもの凄いチャレンジャーの集団であり、そういう「チャレンジャーのDNA」を呼び起こすにはどうしたらいいのかということを、僕は最近重要なテーマとして考えているんです。

財部:
今日はありがとうございました。

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(2007年8月17日 千代田区 レオス・キャピタルワークス株式会社 本社にて/ 撮影 内田裕子)