ユニ・チャーム株式会社 代表取締役 社長 執行役員 高原 豪久 氏

財部:
話を戻しますが、この「ユニ・チャームウェイ」のバインダーはすごい分量で、これを皆で携帯しましょうというのはある意味すごいですね。

高原:
でも非常に効率的なのです。いまから何ページに書かれているこの事柄について喋ります、といえば聞き手も話し手もみんな分かります。各人のあいまいな理解やアドバイスはなくなりますし、各国語版にも同じことが書かれているので、外国語でもぶれません。話し言葉はとにかく効率的に伝える必要があると思います。しかも1回伝えるだけでは忘れられてしまうので、同じことを100回ぐらい繰り返し言わないと駄目なのです。

財部:
なるほど。これは部署に関わらず、皆が持っているのですか。

高原:
はい。今では新入社員から全員が持っています。

財部:
でも、これは結構コストがかさみますよね。

高原:
そうですね。当初は「ユニ・チャームウェイ」を推進する部門を人事部門の中に入れていたのですが、現在は私の直下に配置しています。人材を開発することこそ経営者の最重要課題ですから。

財部:
さまざまな企業が理念や考え方を共有するために、努力している姿を見てきましたが、ここまで合理的に共有化を実現できている企業はなかなかないと思います。「ユニ・チャームウェイ」を推進することで、明らかに変わってきたことはありますか。

高原:
人はそれほど簡単に変わりるものではありませんので、即効性はあまりないと思います。ただ私としては、皆が「ユニ・チャームウェイ」をベースに議論できることが最大の成果だと思っています。この仕組みによって成果がもたらされることをすべての社員が実感するのは難しいかもしれないですが、あと10年ほど経ったら、実現できると信じています。

財部:
成果はどういう形で上がってきているのでしょうか。

高原:
毎年、全社員を対象にアンケートを取っているのですが、これによって成果が出たという社員はまだ3割程度ではないでしょうか。上の方人間は高めに答える傾向がありますが、若い社員はまだまだです。部門によっても格差があります。ただ、先ほど申し上げたように、これまで「ユニ・チャームウェイ」を10年推進してきて、「社長はやめない」と社員は思ってくれていますから、必ず成果は出てくるでしょう。しかも当社は今アジア地域で、開発もマーケティングもどんどん現地に密着させていこうとしています。東京では2、3人の部下だった人が、いきなり(現地で)5人や10人の部下を持つこともあります。そうなると彼らも「ユニ・チャームウェイ」に書かれている事柄がいかに重要なのかを実感するので、考え方もガラッと変わるのです。非常にアナログですよね。

財部:
これこそが本質的な共通言語になるということですね。

高原:
そうです。でもこの中に書いてあることは、トヨタさんのモノづくり経営や京セラさんのアメーバ経営、P&Gさんの戦略開発手法などで、ユニ・チャームオリジナルのものはほとんどないのですよ。

財部:
でも、それは洗練された価値を集約しているということですよね。

高原:
自分たちが信じるところに合わせてリフォームしているのです。ある意味で、これも日本的な経営における1つの強みですよね。日本からも欧米からも吸収し、それをより良くしていきながら、自分たちの形にリフォームしてくということです。

父親に似てきたと言われる

財部:
事前にお送りしたアンケートのご回答も、メディアに露出している高原社長のイメージとは大きく違っていました。メディアに露出している高原社長の言葉は非常に論理的で、経営手法もシステムに落とし込んでいくことで、誰がやってもうまくいくというものに年々昇華しています。そのため私は、高原社長は非常に合理的な性格の方なのかと思っていましたが、アンケートを拝見すると非常にウェットで、人間的な感じがしたのですが。

高原:
今日は素のままでお話をさせていただいています(笑)。

財部:
「人生に影響を与えた本」として挙げられている『坂の上の雲』には特別な思いがありますか。

高原:
そうですね、やはり愛媛県人ですからね。今では愛媛に住んでいた時間よりもはるかに長く他で住んでいるのですけど、やっぱりそういうものはありますよね。ユニ・チャームの企業文化も、愛媛といいますか、四国といいますか、表現すればユニ・チャームの社員というのはすごく人見知りなところがあってですね、だけれども一旦仲間にはいってしまうとめちゃくちゃウェットになるというか、それと粘り強いだとか、辛抱強いだとか。ちょっと古いですけど最近リバイバルして映画になる「おしん」だとか、ああいう感じに非常に近い。それが結構モノづくりの現場を支えているのだと思っています。

財部:
いや海外展開している時なんか、本当に『坂の上の雲』の一シーンを思い浮かべたなんてことはあるのですか。

高原:
日本海海戦の前の、日清戦争の際、中国の最新鋭の戦艦と機能は圧倒的に当時の日本海軍よりも上だったけれども、中の水兵さんの士気というか、風紀がめちゃめちゃ乱れていた。外面がすごくよくても、中で酒を飲んでいたり、麻雀をやっていたりしたのを秋山真之が見ていますね。これってまさに会社と同じだなといつも思います。そういうのはよく思いだしました。

財部:
あと、映画もいろいろな答えがあるのですけども、「オールウェイズ・3丁目の夕日」。良い映画で私も好きな映画ですが、あげた方は少ないです。

高原:
「あすなろ」が好きなのでしょう。やっぱり。青雲の志みたいな、まさに坂の上の雲というかですね。アジアの社員のハングリーさや向上心はすごくて、(ユニ・チャームウェイへの)取り組み方でも違います。日本人はユニ・チャームの社員でもどこか冷静なところがありますが、それに対して中国やインド、台湾などの社員は心底食いついてきます。これをやったら自分が成長できるという風に。その辺は逆に人材交流させることで相乗効果も生まれています。だから本当に東京タワーがどんどん積みあがって、高くなっていくような、三丁目の夕日も最初のやつが一番良いなと。

財部:
そうですね。なぜだか妙に泣ける映画ですよね。時間ができたら「世界中でがんばっている社員のところを行脚したい」ということですけど、海外でのビジネスがそのぐらい大変だということを理解しておられるということですね。

高原:
そう思っています。役員の半分強がなんらかの形で海外を経験したことがあるメンバーです。ということは海外駐在で、エンジョイできるところも、しんどいところも、両方わかっています。でもそれを認識していないトップはつらいことのほうを言うことが多いと思います。社長、こんなにつらいのですから給料あげてくださいとか、もう少し福利厚生を増やしてくださいだとか、ああそうだ大変だなって。楽しい事はあまり言いません。

財部:
そうですね。車もつくし、お手伝いさんもつくし、ゴルフも多い。サラリーマンとは思えない待遇ですよね(笑)。

高原:
私は両方わかります。つらいこともわかる、でも楽しいこともあるよという話を現地にいっていろいろ聞いています。ただおかげさまで、海外駐在への意識は大きく変わりました。私が行っていた頃はそれこそ拝み倒して、「工場長、あと半年いてくださいよと、機械まわらなくて大変ですから」と言っても「家庭の問題で帰らなきゃいけない。妻から言われている」、と帰ってしまったりしたけれども、今は「もうちょっとやりたいです」とか、「自分の右腕の○○に後を継いでもらいたい、そのためにあと2年下さい」とか言ってくれますね。もちろん場所や時期にもよります。「今のインドはしんどいからいやだ」とか、「サウジは大好きなお酒飲めないからいやだ」とかいうこともありますけれどね。でも昔に比べたらずいぶん手が上がるようになりました。

財部:
宝物は手作りの「日米国旗友情クッション」。

高原:
そうです。これは留学を決めるきっかけにもなったのですが、私は高校生の時に2週間、アメリカに研修旅行に行きました。1ドル=360円時代にしては珍しく、費用は中学に入った頃から積立をしまして、シアトル近郊にあるヤキマというリンゴの生産で有名な町に行ったのです。リターンビジットという交換訪問制度があって、私がお世話になったホストファミリーが、日本にやって来るアメリカ人学生に託してくれたのが、そこのお婆ちゃんが縫ってくれた手作りのクッション。アメリカの星条旗と日本の日の丸を半分ずつ縫い込んだもので、今でも汚れない様にビニール袋に入れて自分の書斎の上に置いてあります。

財部:
普通、高校時代の持ち物というのは引越をししたり、結婚したりで、いつの間にかなくなってしまうものですよね。それが残っているということは、相当大切にしているのでしょうね。

高原:
そうですね、当時はそこまで思っていなかったかもしれません。ただ手製でおばあちゃんが刺繍してくれたというね、買ったものだったら違っていたかもしれませんね。それで留学を決めたという単純な理由なのですが。

財部:
高原さんの人間性を象徴するお話ですね。

高原:
妻からは「断捨離」が全然できないと言われますけど(笑)。いろいろ捨てられますけどこれは捨てないでくれと。

財部:
尊敬する人はご両親ですか。お母さんの影響も大きかったですか。

高原:
そうですね、息子ですからね。母親の影響というのはあるのでしょうね。経営者としては父親はまったく自分とは別種の人間だと思いますけど、だからこそ学べるところがあるのだと思います。それでも最近、幹部社員さん達には「似てきたね」と言われますが、それは体型だけだろうと(笑)。

財部:
私のうっすらとした記憶では、お父様は優しいお人柄で、創業オーナーというとやはり相当厳しいところを生き抜いて来ているわけですが、高原さんは人間的なものをかもしだしておられたという印象があります。高原さんの悪口を言う人はほとんどいません。そこは創業者には珍しい。

高原:
極端な性格で好き嫌いが激しいところもありました。ただ本質的に人を介して仕事をする、それで会社を大きくするという鉄則を1つの型として昇華させたのだと思いますね。ですから人に絶対に悪く思われない、箸が転んでも人をほめたりしますから、この人のために仕事をしようという人が増えますよね。そういう点は逆立ちしても追いつけないという感じはします。時代もありますよね。

財部:
やっぱり戦後の20年、30年、40年くらいまでずっとやってきた方は皆さん違いますよね。それはやっぱり時代が作ったという所はありますよね。

高原:
そうですね、高度成長期だから真面目に一生懸命やればそこそこいくのですよね。普通の人間というのはそこそこでいいと思ってしまいますが、ごく一部の人間はもっともっとという風になっていったと。そのような背景があるから、私からすると当時の経営者は、今の時代の経営者よりよっぽど楽だなと思ったりしますけどね。さっきのあすなろじゃないけれども、ずっと右肩上がりで将来は明るいと信じて皆やってきているから、面倒くさい説明をしなくてもいいですよね。

財部:
そうですね。経営はどんどん複雑になり、難しくなっていきますね。最後の質問です。天国で神様に会った時なんと声をかけてほしいか。「たくさんの人を幸せにしてくれてありがとう」、という。これも過去に例のないお答えなのですけど。

高原:
はい。今、ユニ・チャームの対象顧客である赤ちゃんからお年寄り、ペットも含めてですね、生きとし生ける全てに対して、どういう貢献するのかといったら、それこそ3000万人以上が65歳を超えた今の社会の中で、お年寄りも小学生も一緒に暮らせる、過疎化ではなく、隔離じゃなく、一緒に暮らせるような共生社会の実現というのを目指そうと言っているのです。

財部:
なるほど。

高原:
例えば、大人用の紙おむつでシニアも介護が楽になる、ペットを飼う高齢者は身体のコンディションも改善する、お子さんは紙おむつをはいてくれて健やかに育つと。お母さんも育児の労苦を削減されて自分の時間が創出できる。だから風が吹けば・・・じゃないですけれども、ユニ・チャームの製品があることで、世界中に共生社会を促すことができたら良いと思っています。人間というのは一人では生きられませんよね。若い人だけも、シニアだけでもなくて皆でね。だから3丁目の夕日も好きなのでしょうかね。あれはたくさんの人を幸せにするという共生社会のイメージなので。ちょっと格好良すぎますかね。

財部:
いえ、とても素晴らしいと思います。今日はどうもありがとうございました。

(2013年10月08日 東京都港区 ユニ・チャーム株式会社 本社にて/撮影 内田裕子)