凸版印刷株式会社 代表取締役社長 金子 眞吾 氏
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「印刷テクノロジー」をベースとした日本発のトータルソリューションを
開発・提供する

凸版印刷株式会社
代表取締役社長 金子 眞吾 氏

財部:
最初に、ダイエーの桑原道夫社長とのご関係をお教えいただけますか。

金子:
数年前、日本経済新聞の裏面にある「交遊抄」に「浦和レッズの応援で、埼玉県立浦和高校の仲間とアウェーに観戦に行っています」と書いたのですが、その記事を読まれた桑原さんからすぐに電話がありました。「金子さんは僕の2年後輩だね」という話から始まり、それからお付き合いをさせていただいています。

財部:
今回、資料も頂戴し、改めて勉強させていただいたのですが、凸版印刷さんほどの規模でありながら、本当に小さなベンチャー企業のように、新しいことを次から次に手がけられているのは驚きです。去年、金子社長は2013年に向けて「(ビジネスモデルを)どんどんを変えていく。紙媒体の印刷という主力事業を維持しながら多角化を進めてきたのと同じやり方では、もう成長は難しいだろう」というお話をされていて、変化のスピードの速さを感じました。

金子:
そうですね。当社は1900年創業ですが、ちょうど2000年までの100年間は日本のGDPの伸びを若干上回るぐらいの成長を遂げ、うまく時流に乗ることができました。その時もイノベーションに力を尽くしています。たとえば、まだ日本になかったパッケージ用フィルムの印刷技術をアメリカから初めて導入したり、株券などの有価証券、たばこのパッケージから、セールスプロモーション、出版の世界へと入っていきました。ただ、大きな流れとして、創業から2000年までは、新たにスタートした事業がなくなることはあまりなかったのです。新しい事業を付加し業容を拡大してきたので100年やってこれたというのは事実ですね。

財部:
そうですか。

金子:
ところがここ10数年、とくに最近4、5年の変化が激しいのです。したがって今まで手がけてきた事業でも、採算が見込めないものは、やめなければなりません。経営資源がいつも潤沢にあるとは限りませんから、やるやらないを判断し、会社を筋肉質にしていく必要があるのです。これまで当社はエレクトロニクス系で、液晶向けカラーフィルターと半導体製造用フォトマスクの2つの事業に相当投資しましたが、結局リターンを得る前に、戦略の転換を含めた慎重な判断が必要な状況になっています。その事業で大きな利益を得るのはもう難しいとなると、次に何で食べていくのかを考えなければなりません。

財部:
そこを、私は伺いたいと思ったのです。エレクトロニクス業界はパナソニックに限らず全般的にずっとみてきましたが、シャープも同じ状況で、かつてテレビ事業がデジタル化を通じて業績を大きく伸ばしました。ところが、投資を回収するはるか手前でマーケットが崩壊してしまったのです。私たちは当初、凸版印刷さんは見事にエレクトロニクス系事業にコミットし、従来の印刷業の枠を飛び出して、急速に拡大するマーケットに入り込んだと思っていました。これだけ大規模な設備投資は、長い時間をかけて回収してから、やっと収益に振り替わるものですが、短期的にマーケットがシュリンクした場合、どのように対処していかれるのでしょうか。

金子:
もちろん厳しいですよね。特に大型カラーフィルターの事業は投資したとたんに見通しが厳しくなり、結局、堺ディスプレイプロダクトに事業を移管しました。われわれとしては、ああいう経験はもうしたくありません。今になって反省しているのは、外部の意見に惑わされずにわれわれが自分たちで、もっと厳しくリスクを判断しながらやっていかなければならなかったという点です。

財部:
リスクを読みながら、やっていかないといけないということですね。

金子:
凸版印刷の1番の強みは、4、000名以上の営業マンが、あらゆる業界のお客様に毎日お邪魔していることです。北海道から九州まで、それこそラーメン屋さんや酒屋さんから一部上場企業まで、あらゆる企業に足を運んでいるので、さまざまな情報が入ってくるのです。そういう情報を自分のものとして消化せずに、ただお預かりしているだけでは、何のために私たちはビジネスをしているのかわかりません。逆に、その情報を俯瞰して見る仕組みを作ると、お客様のビジネス課題をはじめ、あらゆるステークホルダーが持つそれぞれの課題、社会的課題が非常によくわかるのです。

財部:
そういう情報を、ビジネスにどう活かしているのですか。

金子:
たとえば出版社の女性誌、化粧品メーカーに加え、新たに化粧品を市場に投入した富士フイルムさんも2、30代の女性層を攻めています。また自動車メーカーも、同年代の女性ユーザーを意識した軽自動車を販売するなど、各業界がさまざまなアプローチをしていますが、ターゲットは同じです。実を言うと、そのアプローチの仕方をわれわれは知っているのです。お客様と一緒にセールスプロモーションを行い、毎日お手伝いをしていますから、どの会社が、どういうやり方で行ったらうまくいったのか。状況が変わっているにもかかわらず、変化に気が付かないのはどこで、そこにいち早く気づいてしっかりと実行しているところはどこか、よく見ていると分かるのです。

財部:
では、凸版印刷さんの新サービスや新製品は、マーケットから出てきた声を形にしている、と。

金子:
そうです。われわれは、お客様の課題を解決する企業、できればそれ以上の企業になろうという志を持って、全社員が仕事に取り組んでいます。お客様の課題の解決は、その業界の課題の解決につながり、業界の課題を解決するその先に、社会的課題の解決が見えてきます。たとえば、われわれは教育産業を手がけていますが、少子化や幼児教育・保育の問題という社会的な課題を世間の「半歩先」に認識し、私たちなりに考えたソリューションをお客様や業界に提案していくと、企画コンペの勝率が上がるのです。

財部:
ある課題に対して「然るべきソリューションはこれだ」と決まった時に、社内の技術やノウハウだけではできないこともありますよね。

金子:
それについては、これだけお客様が数多くいますから、バランスはいくらでも取れます。その分野に強い技術を持っているお客様のところに行って「一緒にやりませんか」とご提案すると、「はい、ぜひ」と言っていただけます。それがうちの強み、コネクションということです。

財部:
凸版印刷さんにとって、お客様の裾野の広さが多様な情報源でもあり、アライアンスの相手の層の厚さでもあるということですね。

金子:
やはり海外事業も含め、これから1社単独でやれることはなかなかありません。われわれに優秀な技術があっても生産能力がない場合もありますし、各地に製缶・製ビンメーカーさんもいらっしゃるわけですから、「それなら一緒にやった方がいい」というさまざまなアライアンスの形があり得ます。それをわれわれは知っているのですよ。

ふれあい豊かなくらしに貢献する「情報・文化の担い手」

財部:
私は、BS日テレで『財部ビジネス研究所』(毎週日曜9:00〜9:54に放送)という番組を担当しています。先日、そこで電子書籍をテーマに取り上げ、凸版印刷さんも含めた各社の取り組みを紹介しながら、電子書籍は今後どうなっていくのかについて考察しました。

金子:
そうですか。今、グループ企業の(株)BookLiveが電子書籍ストアの「BookLive!」(http://booklive.jp/)を運営しています。これは日本最大を自負する電子書籍ストアで、16万冊以上のコンテンツを用意させていただいています。三井物産さんやNECさんにもご出資いただき、PCやタブレット、スマートフォン向けにコンテンツを配信している一方、2012年12月には電子書籍専用端末「BookLive!Reader Lideo(リディオ)」を発売しました。

財部:
その番組で、『ドラゴン桜』や『宇宙兄弟』などの爆発的にヒットした漫画の編集を担当した、佐渡島庸平さんという30代の若い編集者に取材したのです。以前、彼を取材した時に「僕は講談社を辞めません」と言っていましたが、結局辞めてしまったので、もう1度番組に来ていただきその理由を聞いたのです。

金子:
言っている事が違うじゃないか、と。(笑)

財部:
はい。やはり、彼が辞めた理由も、書籍の電子化でした。彼が講談社を辞めたあと、どんな職業選択をしたかと言うと、漫画家の代理業ビジネスです。いわばタレントのマネジメントをプロダクションが行うのと同じように、漫画の作品に発生する権利をすべて自分が管理します、というわけです。彼が「会社を辞める」と野間社長に言いに行った時、野間社長はあえて引き留めず、「自分に出資させろ」と話したそうです。私は凸版印刷さんの取り組みを拝見していて、今の時点でどの程度、電子書籍が普及しているかはさておき、大きな流れとして、今後世代が変わり、紙媒体から電子媒体へという動きは止められないと思います。漫画はまず間違いなく、電子に移行するでしょう。過去に読み、知っている作品も、カラーにすると新しいコンテンツとして認識されるのではないかという、電子化のメリットも期待できるのではないでしょうか。

金子:
(電子化の動きは)止められないですよ。たとえば今、財部さんがおっしゃったコミックのカラー化には、われわれも以前から取り組んでおり、中国で事業を行っています。現地で技術者を養成し、漫画の電子データを送ってカラー化してから日本に送り返させています。最後の「味付け」は、作家さんや日本人スタッフが行いますが、下手をしたら日本で手を入れなくても、すぐに作品として市場に出せるレベルにまで質が上がりました。最近では出版社でもコミックの電子化を手がけていますが、「低コストでカラー化してほしい」という、お客様の要求や課題に応えるために、こういう対策を取っています。

財部:
やはり、電子書籍はそういうニーズから出てきているのですか。

金子:
2012年における電子書籍の市場規模は約650億円ですが、その6、7割がコミックで、事実上コミックが市場を引っ張っていると言えます。以前、多くの人が携帯電話やパソコンでコミックを読んでいましたが、それが今ではスマートフォンやタブレットになり、カラー化およびデジタル端末の画面サイズに合わせた漫画の修正などの対応が求められています。漫画をいちいち書き直したのでは大きな手間とお金がかかるので、それをソフトウェアでどう自動的に落とし込んでいくかということも、すべてわれわれが手がけているわけです。最近では、デジタルメディアとペーパーメディアで同時に出版するなど、どんどん変化を遂げていますね。