株式会社セブン-イレブン・ジャパン 代表取締役社長 最高執行責任者(COO)  井阪 隆一 氏

井阪:
実は私も、同じ経験をハワイでしております。1990年から1994年までハワイのセブン-イレブンに赴任していたのですが、驚いたのは向こうではサンドイッチなどを全部店内で作っていたのです。私も10日間ほど店舗に入ったのですが、1人が5役、6役をやらなければいけません。商品が納品されたら検品し、それを売り場に並べて、接客はもちろん、レジ打ちもします。その合間に掃除もしなければなりません。加えて、決められた時間が来たら、売上を締めてキャッシュレポート(現金収支報告)を作り、商品の注文を出す必要もあります。

財部:
なるほど。

井阪:
次から次へと、ありとあらゆる作業があって、もうサンドイッチなど作っていられないのです。作っていたらお客さんが来て、レジを打ち、手を洗って、サンドイッチを作る。またお客さんが来て、の繰り返しです。どんなに頑張っても、1時間に10個ぐらいを作るのが限界で、効率は最低でした。だからハワイで手がけた仕事は、まずサプライチェーンの構築から始めたのです。最初は、ケータリングの機内食を作るオグデンという会社にサンドイッチのレシピを渡し、素材の指定とコストの確認して、製造を依頼しました。それで作るところは見つかったのですが、運んでくれるところがない。物流を引き受けてくれるところを探して回ったのですが、チルドの物流を手がけているのは牛乳屋さんぐらい。「セブン-イレブンのわずかなサンドイッチを運んだところで儲からないから、やりたくない」と言われて断られ、最終的に引き受けてくれたのがアイスクリーム屋さんでした。


財部:
アイスクリーム屋さんですか。

井阪:
アイスクリーム屋さんのトラックはフローズンなのですが、温度を高めに設定するとチルド帯の商品が運べるので、そこに物流をお願いしたのです。

財部:
井阪さんがサンドイッチを作り、レジを打ち、サプライチェーンも物流も手がけられたというのは、想像するだけでも凄いことですね。

井阪:
ハワイに赴任する前は、商品部で商品開発を担当していたので、製造工場や物流の仕組みについては理解していました。ですが、セブン-イレブン・ジャパンという会社が1973年に創業してから、なぜ専用の工場や物流センターを始めとするサプライチェーンにこだわって多店舗展開してきたのかを、本当に理解したのはハワイに行ってからなのです。私が当社に入社したのは1980年で、当時はもう、ある程度の基盤ができていましたら「こういう仕組みなのだ」と思っていたのですが、ハワイに行って初めてインフラが何もないところで仕事をさせてもらったことで追体験ができて、「なるほど、だから(こういう仕組みが)必要なのだ」と腹に落ちました。大変素晴らしい経験をさせていただきました。

財部:
またローソンサイドの取材から見て、セブン-イレブンが圧倒的だと思ったのは、今は状況が変わっていますが、かつての親会社であるイトーヨーカドーとの関係です。ダイエーとローソンの関係と、イトーヨーカドーとセブン-イレブンの関係は全く違いますね。

井阪:
はい。

財部:
(当初、イトーヨーカドー側では「コンビニエンスストアが日本で成功するわけがない」という声が多かったこともあり)最初から人事の交流は難しかったのでしょうね。実際、イトーヨーカドーから全く人を入れずに、販売の素人である15人の従業員を採用して、ヨークセブン(現セブン-イレブン・ジャパン)をスタートさせました。

井阪:
そうです。

財部:
ローソンの新浪さんは「うちは雑多な品種で、セブンさんはピュアブラッド(純血)だ」と話しています。私は、「セブン-イレブンもピュアブラッドとまでは言えないだろう」と思ってあちこち聞いたのですが、流通業界の宿命として全体的に人の出入りが多い中で、「ローソンとの比較という点では、セブン-イレブンの方が純血だ」と言うのです。それはどういうことかと尋ねると、「鈴木さんは最初から、セブン-イレブンとはこういうものだという定義を明確に決めて、その思想を基に人材を育てていった」というのです。

井阪:
事前にいただいたアンケートで、「尊敬する人」を、鈴木敏文会長と書かせていただいたのですが、私は、鈴木会長は1つの産業を築き上げた人だと思います。もちろん「コンビニエンスストア」という業態名はアメリカにあったのですが、中小小売業の活性化につながるフランチャイズというシステムと、オリジナルのサプライチェーンという2つの基盤に支えられたコンビニエンスストア産業は、鈴木会長が世界で初めて作ったものだと思うのです。新しい産業を築いた人は、なかなかいないではないですか。そういう意味で(セブン-イレブンは)ピュアブラッドなのかもしれません。

財部:
いろいろ取材をしていると、コマツの坂根会長や東京エレクトロンの東会長を始め、この厳しい経済状況の中でもいまだに競争力を保っている企業の経営者が、共通したことをおっしゃっていて、「アメリカにライバル企業がある業種は強い」と言うのです。建設機械はキャタピラー社、半導体製造装置は工程ごとに優良企業が2社、3社で静かにシェアを競っている。米国の会社に共通しているのは、いかに収益モデルを維持するかを重視しているかだというのです。つまらない価格競争をして自ら収益モデルを壊すようなまねは決してしないというのです。

井阪:
なるほど。

財部:
日本の製造業は、調子づいてライバル企業を皆打ち負かしたは良いが、収益モデルを明確に意識してこなかった。価格競争に巻き込まれ、利益が出なくなり、人も技術もどんどん流出してしまった。ところが世の中にはIT化しようが、デジタル化しようが、隆々としている会社はたくさんあります。私は、セブン-イレブンは、アメリカのトップクラスの企業に匹敵する収益モデルを掲げている、日本でも数少ない企業の1つではないかと思います。

井阪:
ありがとうございます。

財部:
これは私が本当に思っていることなのです。実際に、セブン-イレブンは明確な収益モデルを作り上げ、ずっと革新を続けていますよね。井阪さんは、そこは明確に意識していらっしゃるのですか。

井阪:
アンケートの「座右の銘」に「不易流行」と書かせていただいたのですが、変化対応と基本の徹底を最初から叩き込まれました。商売の基本と言えば、とにかくお客様が気持ち良くお買い物ができる場と商品の提供。その意味で、鮮度が良く、美味しくて、品質が良い商品を、いつもほしいだけ、買いたい時に買えることが重要で、私たちは基本4原則(「クリンリネス(清潔)」「フレンドリーサービス」「鮮度管理」「品揃え」)という言い方をしています。それからもう1つ、小型店の宿命は、世の中の変化や季節の変化にいつでもフレキシブルに対応できるかということだと思います。だから、この2つを常に念頭に置いてコミュニケーションを行ったり、政策判断をしたり、戦略を組み立てたりしています。

財部:
どのように戦略を立てていかれるのですか。

井阪:
たとえば今の日本は「課題先進国」という位置付けで、高齢化や限界集落が増えて、あるいは女性が働きづらい環境といったさまざまな課題を抱えています。不便さを感じている人が増えている一方で、生活のための拠点が減っているというパラドックス現象が、社会環境における今一番大きな課題だと思うのです。それに対して、自分たちは何ができるのかと考えると、「課題=ニーズ」ということになる。たとえば働く女性は何に困っているのかと言えば、買い物、あるいは炊事・洗濯・掃除といった家事。それに対して、どんなソリューションを私たちは提供できるのかということなのです。

財部:
なるほど。

井阪:
私たちが持っているサプライチェーンで提供できたのは、「食の外部化」というニーズへの対応でした。「ミールソリューション」という1つの軸で商品構成を強化し、2009年から始めて以来、ずいぶん客層が変わってきたのを実感しています。ローソンさんは新浪社長を中心に「生鮮コンビニ」を展開していますが、それも課題を感じていらっしゃる新しいお客様を取り込んでいこうという戦略です。ラインロビング(商品構成を特定のテーマに特化させること)したカテゴリーは私たちとは違いますが、やはり課題をニーズとして捉えてソリューションを提供するという部分は共通していると思います。

財部:
新浪さんの真意を探っていくと、セブン-イレブンが新規顧客獲得のために、先に惣菜を手がけているので、後発で追いかけても勝機はありません。生鮮食品を扱うというのは間違いなくニーズだと思いますが、やるのは簡単ではありません。でも、あえて難しいことをやることで、独自性を出そうという選択をしたのだという感じがしますね。

井阪:
そうですか。