株式会社サムライ  代表取締役 佐藤 可士和 氏
尊敬する人:スティーブン・スピルバーグ
…もっと読む
経営者の素顔へ
photo

能動的に何かをやろうとしている人は「創造者」だと思う

株式会社サムライ
代表取締役 佐藤 可士和 氏

財部:
最初に、楽天の三木谷浩史会長とはどんなご関係なのですか?

佐藤:
三木谷さんとは結構長いですね。東京・六本木ヒルズにある「TSUTAYA TOKYO ROPPONGI」は、カルチュア・コンビニエンス・クラブの増田宗昭社長からのご依頼で、ロゴや空間ディレクションなどを僕が手がけさせていただきました。三木谷さんは興銀時代に同社の担当をしていて、増田社長とはその頃からのお付き合いだったそうです。

財部:
そうなんですか。

佐藤:
当時、楽天は本社を祐天寺(東京都目黒区)から六本木ヒルズに移したばかりで、三木谷さんは「ブランディングをしっかりやりたいので、可士和さんを紹介してほしい」と増田さんに話したそうです。それで3人で食事をしたのですが、三木谷さんと僕とはちょうど同い年だったので、増田さんは「2人とも年代が同じだし、これからの日本を背負って頑張っていってほしい」と仰って紹介してくださいました。

財部:
今回、この「経営者の輪」のリレー対談で、辻調理師専門学校の辻芳樹理事長に三木谷さんをご紹介いただき、初めてゆっくり話をしました。その際、「友達を紹介してください」とお願いしたところ、佐藤さんのお名前が出てきたのです。

佐藤:
友達ですね。僕も、IT企業としての楽天は知っていましたが、最初は(三木谷さんは)どんな感じの人かなと思っていました。ところが実際に会ってみると、ビジョンが非常に一致したのです。それで「ぜひ一緒にやりましょう」となって、色々な話をしてみると、ものすごく強い意志と熱意を持っていて、そしてものすごく頭がいい。非常にわかりやすい話なのですが、彼は一橋大学でテニス部のキャプテンを務めていました。それは僕にとっては彼を理解するのにとても大きな要素で、要するに、鬼キャプテンだったらしいのですよ。

財部:
鬼キャプテン。

佐藤:
非常に厳しい体育会のテニス部のキャプテン。三木谷さんは「みんな、行くぞ!」という体育会系の主将のような人で、そのまま楽天をやっている感じですよね。だからスポーツと同じで、(社内が)非常に一致団結しているのです。彼自身もスポーツマンなので、(僕は楽天が)サッカーや野球のチームを持つのはとてもいいことだと思いました。僕は今回、スポーツマーケティングの戦略に初めて関わったのですが、あの時期に野球に参入するというのはなかなか凄い決断です。三木谷さんに「可士和くん、野球をやるのはどうかな」と相談されたんですよ。

財部:
そうなんですか。

佐藤:
クリムゾングループがヴィッセル神戸のオーナーになって間もなかったのですが、楽天の知名度をもっと上げたいという課題を抱えている中で、テレビコマーシャルをばんばん流すのはちょっと違うなと。それで、「パリーグで球団を持つと、年間数十億円の赤字になると聞きますが、それは平気なのですか」と尋ねたら、三木谷さんは「大きく儲かりはしないけれど、ちゃんとやれば3年もあれば黒字にはなると思います」と言ったのです。僕はその時とても驚いて、『あ、この人は僕がデザインをパっと見て、どうしたら効果が上がるかがわかるように経営を見ることができる人なんだな』と思いましたね。

財部:
可士和さんは、これまで楽天でどんなお仕事をしてきたのですか。

佐藤:
楽天はセブン−イレブンやユニクロのように店舗を持たないので、一般的には若干見えにくいのですが、2003年の冬頃に三木谷さんにお会いし、まずは楽天のロゴをデザインしました。実際にあのロゴが世に出たのが2004年なので、約8年が経っています。それから楽天の事業やフィロソフィーをデザイン化しました。今年7月にチーフクリエイティブディレクターに就任しまして、今後はもう少し内部に入って、グローバル戦略を含めたブランディングをどんどんやっていくという形ですね。

財部:
天のロゴマークにはどんな特徴的があるのですか。

佐藤:
あのロゴ自体がかなり「彼っぽい」のです。シンメトリーな漢字のロゴで、赤い丸は日本発だということを表現しています。強く堂々としていて安定感もあるイメージが、非常に三木谷浩史という人物を表していると思っていまして、三木谷さんも一発で気に入ってくれました。楽天のブランドコンセプトの五カ条である四字熟語の「大義名分」「品性高潔」「用意周到」「信念不抜」「一致団結」とロゴを一緒に組んだら、バシッと四角くコンサバティブになりました。このコンセプトで、三木谷さんの考えているイメージをうまく伝えられると思いましたので、社内に貼ったりしながら、この(ロゴと五カ条の)組み合わせを使っていくことにしています。会社を拡大していくプロセスで、意思がバラバラになりがちで、(M&Aなどを通じて) いろいろな文化も入ってきますので、だからこそ強固なコンセプト、強烈なブランディングが必要なのだと、今でもことあるごとにそう話しています。デザインは外部に向けてだけではなくインナーに向けても大事なもので、そのためのブランディングだと言っても過言ではありません。「自分たちはこのために(会社を)やっている」という部分は、大きな会社になればなるほど共有しにくいものです。まだ楽天、ユニクロなどは創業者が第一線に立っていますから「イズム」が伝わりやすいと思うのですが、会社がもっと大きくなって代が入れ替われば「自分たちは何のために(会社を)やっているのか」が非常にわかりにくくなってしまいます。

財部:
グローバルに展開しようとするなら、なおさらですよね。

佐藤:
そうですね、グローバルになると言葉でそういうものを共有するのが難しい。その点デザインは言語を超えるので、ビジョンやアイデンティティをビジュアル化し、コミュニケーションに役立つものを作っていくことが今後ますます重要になると思うのです。

クライアントの思いを引き出すことが「クリエイト」の原点

財部:
(佐藤氏がデザインを手がけたプロジェクトの写真を見ながら)これはお父さん(建築家の佐藤明氏)の血ですか?

佐藤:
影響はありますね。以前、ふじようちえん(東京都立川市)の園舎リニューアルプロジェクトのクリエイティブディレクターを務めた時、建築家の手塚貴晴さん、由比さんご夫妻に設計を担当していただいたのですが、面白かったです。完成した新園舎は、円周が約140メートルのドーナツ型の平屋で、園児たちはみんな元気に走り回ってくれて、なんと平均1日に6キロも走っている計算になりました。園長先生もとても面白い方でした。

財部:
ふじようちえんは素晴らしいですね。写真を拝見しただけですが、本当に子供たちの育ち方というか、気持ちが見えてくるようなデザインです。細かいことかもしれないですが、子供たちが、ドーナツ状になっている屋根の上に座って外側に足を投げ出していますよ。あれは、子供たちが本当にやってみたいことでしょうね。

佐藤:
そうですね。手塚さんとも話したのですが、「やってはいけないんじゃないか」とは思いつつも、屋根の上で遊びたくなる年頃。そういう心理をうまく捉えて設計にも活かしていますが、屋根に設けられた柵は7センチと、子供の足が入っても頭は入らないようして、安全面には配慮しています。

財部:
僕は、あんなことがよくできたものだと思って、非常に感心しましたね。

佐藤:
園長先生と、1つずつ常識を疑っていったのです。たとえば最近、引き戸の手がかかるところに、子供たちが指を挟まないように工夫されている戸を設けている幼稚園もあるらしいのです。でも園長先生は、「そうしたら指をはさむと痛いということが学習できませんよね」という考えで、指をはさんだら痛いから気をつけようと子どもにわかってもらうことの方が大切だ、と話し合いました。そういう作業を積み重ねて、ディティールを1つひとつ検証していったら、非常にユニークな建物ができたのです。

財部:
僕の生家は日本式の家屋でしたが、2階から1階の屋根がせり出していて、そこで弟とよくひなたぼっこをしていました、あの幼稚園を見ると、そんな記憶が蘇ってくるのです。 今はツリーハウスなんていう綺麗な言葉になってしまってますが、木に登って段ボールで基地を造ったり、高いところで何かするのは、子供の好奇心が最も高まりますよね。

佐藤:
ツリーハウスはただの空間なのですが、そこにいるだけで物凄く楽しい。特別な遊具がなくても、実はこれが大きくなるだけで特別な感じがするだろうなと思いました。建て替え前のふじようちえんでは、2階建ての園舎と平屋の園舎と別棟が「コの字」型に配置されていました。その2階のベランダから見渡すと、長い屋根が広がっていて、すぐ近くに大きな木があり、葉っぱに手が届きそうな感じだったので、「子供たちが屋根の上に登って遊べたら楽しそうですね」と園長先生に話したところ、園長先生も、確かにあそこを走り回ったりしたら楽しそうだと話が弾んだんです。そこから僕は「園舎自体をそのまま遊具にできないか」というコンセプトを考え始めて、そこで手塚さんに入ってもらおうと思ったのです。おそらく、こういうフィーリングやイメージをリアルに共有することができたので、ああいう形にできたのだと思いますね。

財部:
佐藤さんは、クライアントの持っているイメージを正確に言語化していくという表現をしていますよね。言ってみれば、クライアントはお金も口も出しますが、(自らの持っている)イメージを明確にわかっていないケースが多い。だから(そのイメージが)「なんとなくこういうものだ」ということを受け取り、それを言語化する前に、共通認識を築くプロセスが重要になるのでしょう。今の園長先生とのお話もそうなのですが、その部分はどう対応されているのですか。

佐藤:
まさにその作業が最もクリエイティブなところです。実はひとくちにクリエイティブと言っても、いろいろなフェーズがあり、今財部さんがおっしゃったような「クライアントの思いを引き出す」作業がいちばん重要なところです。おそらく(クライアントに)イメージが何もなかったら、依頼もしてこないでしょうから、何かやりたいことが必ずあるはずなのです。ところが、それをうまく言葉やビジュアルにすることができないので、(僕に)頼んでいるということなのだろうと思います。

財部:
そうですね。

佐藤:
やはり多くの場合、そういう思いやイメージは無意識下にあるもので、意識には登っていないのです。何度も話し合いを重ね、「たとえばこういう感じですか?」といろいろな角度から球を投げていくうちに、「うーん、そうではないですね」「ではこうですか?」「あっそういう感じかな」と、課題の輪郭がぼんやり見えてきます。ですから、おそらくクライアントの方も、いつ見えてきたのかがロジカルにはわかっていないかもしれません。僕と1回、2回、3回、4回と合って話していくうちに、現状やそれに対する施策、そしてゴールイメージを共有できて、「そうそう、最初からこうでしたよね」という雰囲気になるケースが多いですね。

財部:
イメージを収斂させていくのは大変ですよね。話せば話すほど何が良いのだかわからなくなってしまって、おかしなものが出来上がってしまうケースもありますよね。

佐藤:
僕は、要所要所で「これは本質にかかわるポイントだ」という内容を議論の中からつかんでまとめ、「前回はこう話してこうでしたよね」ということを相手に提示して確認をしています。すんなり「そうですね」となる場合もありますし、時間が経って改めて考えてみると「やっぱり違う」となる場合もある。そうすることで、いつの間にか違う方向に進んでしまうことは避けられます。また、経験も数多くあるので、たとえば、僕が手がけた別の事例や世間一般の話をだして、比喩をしながら見立てていくことで、立体的にイメージができあがっていくのです。たぶん、人は自分たちだけの話をしていてもなかなかピンとこないものですから。

財部:
だから、他の業界なり分野の事例を交えて、イメージを明確化していくわけですね。

佐藤:
はい。教育業界や幼稚園業界の話ばかりしていても、イメージが全然湧かないのですが、自動車業界やコンピューター業界、ファッション業界の話に置き換えたりすると、普段からいち消費者として冷静に見ているのでパッと理解できるのです。カウンセリングにかなり近い部分がありますが、そういうことをいろいろな角度から積み重ね、自分の立ち位置を把握していただくという作業が重要であり、それがいちばん面白い部分でもありますよね。

財部:
そうでなければ、あのふじようちえんのような建物はできませんよね。あれを園長先生が考えているとは到底思えないですしね。

佐藤:
はい、園長先生はたしかにあの形は考えてないんです。でも、ちゃんと園長先生が言ったとおりになっていて、ここが結構面白いところです。園長先生も僕に会う前に、建設会社に頼んだりして、同じ話をしているはずなのです。けれど全然違うものが図面として上がってくる。「なんか違うな」ともやもやしている所で、聞き手がぼくに変わって、どんどん思いが具現化してくる。そのかわり時間も非常に使いました。企業と違って幼稚園は全然わからないので、ゼロからヒアリングしました。半年くらい通って、少子化の話から日本の教育の制度の話まですべて聞きましたね。一回行くと7時間という時もあって(笑)。もう話が止まらないんですね。またそれが面白くて僕もどんどん聞くので、「可士和さんと話していると、ずっと喋っちゃう」と。でも、幼稚園はOECD(経済開発機構)が発表する「世界で最も優れた教育施設」に選ばれ、今も世界中から見学者が絶えないんですよ。