株式会社タカラトミー 代表取締役社長 富山 幹太郎 氏

富山:
おもちゃ自体が本になるとか、おもちゃのビデオがあってもいいはずで、アメリカのCGアニメーション映画の『トイストーリー』は、まさにそういう世界を地で行っています。『トミカ』ブランドの商品には、Tシャツはもちろん、お弁当箱や車の形をしたかまぼこ、海苔1枚1枚に車の形の切り抜きを施した『トミカ焼きのり』などもあります。おもちゃ売り場にはこれらすべてを置くことはできませんが、「トミカショップ」ならいろいろなものを置けます。実際ショップでは、おもちゃ以外の商品が売上の半分を占めています。

財部:
これ(変形するロボット玩具『トランスフォーマー』)も、タカラトミーさんで作っているのですか?

富山:
これは外部で。1984年から米国でハスブロ社が発売を開始しました。ハズブロ社は世界第2位の玩具メーカーです。『トランスフォーマー』はグローバル情報発信商品で、ハリウッド映画にもなりました。世界的なヒット商品となり、3500万個を出荷しています。

財部:
このアイディアの原点は何だったのでしょうか。

富山:
もともとは、旧タカラが当時人気の"ミクロマン"や"ダイアクロン"を中心とした一連の変形合体玩具を同一の世界観を持ったシリーズとして再編成したもので、もう25年前の話になります。映画に登場した、『シボレー・カマロ』からロボットに変形するキャラクターの『バンブルビー』は、変形させてもまたバチっと『カマロ』に戻るんです。(変形させても、パーツ間に)隙間がないように設計するのは、当社の強みだと思っています。

財部:
(実際に商品を動かしてみて)結構、感動的ですね。実際に触ってみると、複雑感が見事に伝わってきます。

富山:
ところが、これは海外では売れているのですが、日本では『ガンダム』に負けています。だから、国内でも『ガンダム』に負けないコンテンツに育てていこう、と社内に発破をかけています。

財部:
普通は、海外で売れると必ず日本にUターンして戻ってくるものですが…。

富山:
海外で大ヒットしたおもちゃで、日本で売れたものは何でしょう。『スターウォーズ』ですら勢いは今一つです。あとは『ルービックキューブ』、『ディズニー』…、意外に少ないですね。逆に、日本で大ヒットしたものは、海外では芽があるのですが。

財部:
芽がある? チャンスが。

富山:
はい。ヒットする芽があると思っています。まさに『ベイブレード』はそうですね。

財部:
少子高齢化がどうのと言われているこの時代に、海外のマーケットにビジネスをどんどん広げられているのは素晴らしいことですよね。

富山:
当社は合併して5年目ですが、これまで合併効果を出すことをテーマに、さまざまな事柄に取り組みましたが、ようやく落ち着いてきました。日本の市場も着実に取れ始め、あとやり残しているのは世界市場です。そこで今、私は社内で「ガラパゴス症候群から脱却しなければならない」と話しています。今後グローバルに展開していくうえで、また何かを捨てていかなければならないと思いますが、大きな変化を起こしたいですね。

財部:
日本のアニメやゲームがあれほど世界で売れていて、おもちゃが売れないはずがない、という感覚が私にはあります。そういう意味で、今後海外展開を強化するというお話がありましたが、それ以外にタカラトミーさんが目指していく方向とは、どういうものですか?

富山:
そうですね、私たちの強みはおもちゃですし、皆おもちゃが大好きですから、その強みをまずは世界で発揮できるかどうかが課題です。言葉ではやろうと言っていますが、実際にそのように変化できるかどうかについては、非常に困難が伴います。たとえば、これ(『トランスフォーマー』)は世界仕様で作ってありますから、日本でも世界でもワンプロダクトでいけるのです。しかし、『トミカ』は1個360円ですが、日本仕様なので、これをそのまま海外に持ってくと「高い」と言われます。いわゆるオーバースペックですね。他の会社でも、そういう事例はありましたか?

財部:
日本のエレクトロニクス業界は、全部オーバースペックになっています(笑)。

富山:
そうですか。『トミカ』はドアが開くなどのギミックがありますが、海外仕様ではドアは開かなくてもいいのです。サスペンションも付いていますが、それも取ります。

財部:
それは信じられないですね(笑)。

富山:
加えて、塗装も減らしていくと、さらにスペックを落とせます。ところが、そうやって海外仕様に合わせると、今度は国内のメンバーが「国内で売れなくなってしまう」と言い始めます。だから、ワンプロダクトで全世界を狙うのは、意外に難しいということがわかりました。その意味で、ワンプロダクトでグローバル化に成功したアップルは凄いと思いますね。

財部:
確かにそうですね。でも日本のエレクトロニクス業界が駄目になった最大の理由は、ワンプロダクトでグローバルを狙ったことにあるのです。

富山:
ああ、そうですか。

財部:
ええ、実は。これはそう単純な話ではないのですが、97年にアジアで通貨危機が起こり、アジア経済が軒並みダウンしました。その時に(日本の家電メーカーは)リストラ策として、インドでもインドネシアでも、タイでも工場を閉めました。「アジア地区には、市場が大きくレベルも高いマレーシアから輸出すればいい」と考えたのです。日本人からすると、「マレーシアもインドネシアも、タイも同じだろう」という感覚でしたが、アジア諸国ではそれぞれ国情も市場環境もまったく違っていました。

富山:
はい。

財部:
にもかかわらず、コストダウンのために、アジア向けの製品はマレーシア中心、会社によってはタイ中心に生産を行い、現地でモノを作らなくなった。現地に合った冷蔵庫や洗濯機などの製品を作らなくなり、「皆さん、これに合わせてください」という方針に転換したのです。さらに、そこに輪をかけて、2000年初からテレビやレコーダーのデジタル化が進むと、日本メーカーは先進国と日本向けの仕様で薄型液晶テレビやPDPを作り始めました。そしてアジアには、各国の国情に全く合っていないにもかかわらず「営業努力で売ってこい」としたわけです。

富山:
なるほど。

財部:
結局それが失敗し、今日本のエレクトロニクスメーカーは、各地でもう一度生産工場まで持つという、これまでとは全く逆の形に戻しつつ、巻き返しを図っている状況です。一方、自動車産業は、ワンプロダクトによるグローバル展開を突き進め、何かかもできる限り共通化する方向で進んできましたが、それでもかなり地域差を意識しています。

富山:
そうですか。考えてみると、当社はアジア市場も代理店任せで、小売価格についても今まであまり関知していませんでした。アメリカ市場もヨーロッパ市場もそうですが、今後は小売価格も含めてどう設定していくのかという、国内では当たり前のことができなければなりません。たぶん企画も根本から変える必要があるでしょう。これを海外メーカーの人に見せたら、「こんなもの、高くて売れないよ」と言われるでしょうね。

財部:
海外の人にしたら高いですよね。1つ面白い話がありまして、米GEがリーマンショックを機に、従来のビジネスモデルを大きく変えました。それは「リバース・イノベーション」 です。GEは医療器械や航空機エンジンなど、付加価値が高く世界シェアの高いものしかやらないのですが、「超音波診断装置」という医療機器があり、価格が1000万円から2000万円と高価で「これはとても中国の農村部には売れない」と思われていました。ところが、「中国の農村部でも売れるものを作ろう。アメリカ本国の本社で開発するのではなく、本当に根の部分から、どういうアイディアで、どんな技術で作るのかも含めて、すべて現地で考えよう」ということになった。そして、価格を150万円ぐらいに抑えた農村向けの製品ができたのです。結局、彼らが中国で作ったものは、パソコンのUSB端子にマウスのような形をした機器を差し込み、それを体に当てて使うような装置でした。

富山:
ほお。

財部:
この製品の本当に素晴らしいところは、たんに低所得地域に安価な製品を提供しただけではなく、あまりにも付加価値が高いので、先進国にも逆流して大ヒットしたことなんです。それが「リバース・イノベーション」なのです。先進国でもニーズはいくらでもあるといいますからね。それから、従来の超音波診断装置のプローブ(探触子)をパソコンのマウス型にしたのも、凄い技術です。しかし何と言っても、現地のニーズに合わせて商品を開発するという、その根性の部分が素晴らしい。その意味で、タカラトミーさんには、本当に素晴らしいノウハウや技術があるわけですから、たとえば開発の場所を変えるということが、今後全く違った商品を生むための、1つのヒントになるのではないでしょうか。

富山:
やはり、日本だけで動くことには限界も感じていますから、中国はもちろん欧米に開発拠点があってもおかしくないですね。グローバル化に向けたプロセスの中では、そういうことを先行して手がけていかないと、変わることができないだろうと思います。

財部:
そうですね。やはり、何もかも全て日本で完結するというのは極めて日本的な考え方で、「ガラパゴス症候群」の原因はその辺にあると思います。ちなみに、この『トミカ』の本の中にも建設機械がありますが、コマツの建機が中国で大ヒットしたきっかけは、建機にGPS機能をつけたことにあるのです。当初は、本当に中国らしい理由で、建設現場からの建機盗難を防止するためにGPS機能をつけたのですが、今ではそれがグローバルスタンダードになっていますよ。

富山:
なるほど、そのためなんですね。

財部:
だから、一概に中国が貧しいからということではなくて、世界のどこかの場所にグローバルスタンダードの種があるかもしれない、という意味で、製品開発を行う場所を変えてみる意義は非常に大きいという気がします。今ものづくりの世界でも、一体何が先進的なのかがわからなくなっているぐらい、ビジネスモデルが大きく変わり始めているのですから。

富山:
なるほど。「画面の解像度は良くても値段が高い」ということとは、違う方向があるわけですね。

財部:
そうなんです。日本は「画面の解像度」ばかりを追い求めて、勝負に負けてしまったという話です。今日は本当にありがとうございました。

(2010年11月26日 東京都葛飾区  タカラトミー本社にて/撮影 内田裕子)