株式会社タカラトミー 代表取締役社長 富山 幹太郎 氏

財部:
なるほど。トレードオフの関係にあるわけですね。事前にいただいたアンケートの中に、富山社長が尊敬する人物はお父様であり、お父様は本当に尊敬すべきおもちゃを作ってきた、というお話がありました。それは具体的に、どういうことを指しているのでしょうか。

富山:
親孝行は、親が生きている時にはなかなかできないものですが、亡くなって初めて父の凄さがわかる、ということですね。これが父の戦後第1号の作品ですが、進駐軍が捨てたブリキ缶を開いて塗料を落とし、それを材料にして作ったものです。父は多産系というか、非常にたくさんのおもちゃを自分で設計し、金型まで作って開発していました。

財部:
では、本当に職人的な技術とアイディアを両方持っておられた、と。

富山:
「おもちゃ屋の社長は絵がうまくなければ駄目だ」と父に言われましたが、私は絵がまったく描けません。父の美的センスは、初期の作品に現れています。

財部:
デザインの完成度が非常に高く、今見ても古臭い感じがまったくしませんね。

富山:
そうです。私もこのデザインが好きなのですが、このスポーツカーはゼンマイで動きます。父は金属玩具も手がけていて、こちらは自社で初めてモーターを作ったものです。こういう車、飛行機、動物のシリーズもあり、全部が動きます。さらに、マジックやロボットも手がけました。いわば当時のベンチャーです。資本はそれほど入れずにアイディアで勝負、というわけですが、これは父のおもちゃ人生の、最初の3分の1に過ぎません。

財部:
これで3分の1ですか。

富山:
はい。このあと『トミカ』も『プラレール』も、父が開発しましたから。驚くことに、『プラレール』は金属玩具の工場では生産できないので、工場まで造り替えたのです。そうやって新製品に合わせて工場を造るのですが、同様に『トミカ』を作る時も、亜鉛ダイキャストを鋳造機でガンガンやるために、工場を建てました。

財部:
そうですか。富山社長は、いずれお父様の跡を継いでいくんだという意識を、若い時からお持ちだったのですか。

富山:
父は反面教師のような感じで、開発というと私も一緒に(会議に)出ましたが、話が長いのです。だから私があまりしゃべらずに、「はい、わかりました」と言うと、「お前はなぜもっと言わないのか」と叱られたものです(笑)。父は開発面では強かったですが、厳しいリストラを行うとか変化を起こすという面では、優しすぎたのかもしれません。工場を造ることはできますが、工場を潰すというのは――。

財部:
まったく違うことですからね。

富山:
やはり、そういうことは少し難しかったですね。(工場は)自分で作ってきたものですから。私は、開発スタッフに「皆さんに給料をお支払いしているのは、ヒット商品を出すためです。だから早くアイディアを出してください。商品がヒットしたらボーナスをたくさん出しましょう」と言いました。

財部:
でも最終的な判子は、お父様が押すわけですね。

富山:
私は押していません。私のところに誰も(アイディアを)持ってこないのです。私が判をついていた時期もありますが、私が「これは売れる」と言うと売れずに、「これは売れない」と言うとヒットすることが多かった(笑)。その「売れない」商品というのも、私は何にしても凝る方なので、得てしてやりすぎになってしまうのです。また「『ああいうものは開発費がかかるから、やめておこうか』という商品を社内でプッシュしなければいけない」と思っていると、(ヒットの)打率が悪くなりますね。

財部:
先のお話では、商品を1000個出して本当に当たるのは、3個ぐらいだということでした。それは開発スタッフの才能の問題、ということになるのですか? あるいは、打率の良い開発者がいらっしゃるのでしょうか。

富山:
やはり、います。映画監督と同じではないでしょうか。良い映画と当たる映画があるように、「良いおもちゃと売れるおもちゃのどちらがいいのか」について議論する時がありますが、多くの人に支持されるおもちゃを出す人がいますね。

財部:
開発スタッフには女性が向いているとか、男性がいいということはありますか? あるいは、商品のヒットの打率に男女差はあるのですか。

富山:
08年に、新人の女性が新入社員研修で出した貯金箱の企画が『人生銀行』という大ヒット商品になり、彼女は日経ウーマンの「ウーマン・オブ・ザ・イヤー2008」のヒットメーカー部門で第2位を受賞しました。だから、過去の事例はあまり当てにならないのかもしれません。当社は、女性の数はけっして少なくはないですが、どちらかと言うとまだ男社会で、全社的に見ても女性の管理職はまだ数人です。だから、できればもっと女性が増えてほしいと思っていますし、実際に現在女性だけのプロジェクトチームを作って商品の企画・開発に動いています。

玩具のハードだけでなく、ソフトも含めてセットで売りに行く

財部:
最近、これだけ電子的かつゲーム的な商品が増えてくる中で、今後もいわゆるおもちゃ≠ニいうイメージ通りの商品開発を続けていくのですか。

富山:
おもちゃが金属からプラスチックに移行した時に、表現の自由度が非常に高まりました。それがテレビゲームに移ると情報量が飛躍的に増え、表現の自由度については(実物に)触れずに何でもできる、というところまで進化しました。たとえば『グランツーリスモ』という、プレイステーションのレーシングゲームがありますが、あれは(画面上で車を)走らせてレースができるし、コースも選べます。それから、レース開始の数分前になるとレースクイーンが登場し、スタートの直前には信号が点滅して(スタートに失敗すると)ペナルティもつく。これをプラスチックのおもちゃで実現すると、すべてがコストアップの要素になります。

財部:
なるほど。

富山:
ところがテレビゲームでは、基板の中にプログラムを入れるだけでよく、しかも従来のおもちゃとは比較にならないほど多くの情報を送れます。その意味で、おもちゃも昔のままでは駄目で、私もここ10年、15年ぐらい、「情報量を増やせ」と言っています。たとえば「『トミカ』の情報量を増やせ。本になるぐらいの情報を持っているのだから、それを出して(『トミカ』の)ブランド価値を高めよう」とか、「同じ(商品を)作るなら、単なる黄色いロボット≠ノするのではなく、映像と組ませよう」、と。つまり、映像の中で表現したキャラクターをおもちゃにしよう、ということです。単なる黄色いぬいぐるみ≠ナは売れないですが、『ポケモン』(ポケットモンスター)のピカチュウなら何百万個と売れる。これはもう情報の差です。だから単純に、おもちゃそのもので攻めるのではなく、情報を加えて、商品を世に出していくことが大事です。

財部:
そうですね。

富山:
商品が棚に並んだ時に、すでに勝負がついていると言ってもいいと思うのですが、『ドラゴンクエスト』や『ファイナルファンタジー』などのゲームソフトは、1日で100億、150億円のお金が一気に動くほどの販売力がある。ですから、おもちゃもそれぐらい、前もって情報発信をしながら販売してもいいはずですし、おもちゃ屋にもキラーコンテンツを作ることができると私は考えています。先ほどの『ベイブレード』も、マンガ誌に掲載していただいたあとにアニメ化するというプロセスを踏み、加えて大会(WBBAと呼ばれる公式団体が主催する『ベイブレード』の競技大会が定期的に開催されている)に向けて、「ここを工夫したらこう強くなる」とか「こういうパーツを買うと、ここが良くなる」ということを情報として提供しています。私はゲームの攻略本ならぬ、おもちゃの攻略本があってもいいと思っていますが、そういうものを含めて情報量を増やしていくことが、これからおもちゃでブームを作るためには欠かせません。

財部:
なるほど。『ベイブレード』はそういう視点で見ると、実によくできた商品なのですね。

富山:
そうですね。ですから、おもちゃの開発自体にはそれほどお金がかかりませんが、映像への投資などのコストがかさむこともあります。いわゆるパテントなども取りますが、だいたい15年ぐらいしかもたないですね。一方、著作物(の著作権保護期間)は50年ですから、今後はおもちゃメーカーとして、おもちゃ開発プラス、コンテンツの創造という視点で、セットとして開発を進めていく考えです。実は私は以前、「子供向けの乗り物絵本の半分を、『トミカ』の絵本にしよう」と話したことがあります。実際にどこまで売れるのかとも思いましたが、毎年『トミカ』と『プラレール』を合わせて100万部を超える絵本が、数社から出版されています。

財部:
そうなんですか。単なる車の本ではなく『トミカ』の本…。

富山:
それがブランドなんですよ。メインターゲットは、幼稚園の入園前から年少組までの子供たちで、年中組になると『仮面ライダー』などのテレビ物が人気です。

財部:
それは私も知りませんでした。昔からある商品に対して、そうやってさらに付加価値をつけていくことができるというのも、凄いことですね。

富山:
いや、こんなに売れるとは思いませんでした。父の時代よりも(『トミカ』を)売っています。ブランドと言えば、たまたま今日「トミカショップ」の大阪店がオープンしましたが、50坪の店内がすべて『トミカ』の関連商品で埋め尽くされています。おもちゃが半分で、半分はアパレル、日用雑貨、書籍、DVD、お菓子などトミカブランドの商品です。

財部:
アパレルとは何ですか? 『トミカ』に関するファッションですか。

富山:
そうです。私の息子が子供の頃には、キャラクターのイラスト入りの服はあっても、車好きの子供が喜ぶようなおしゃれなデザインの服はありませんでした。そこで「『トミカ』の服があってもいいはずだ」と思いついたのがきっかけで、もう10数年も手がけています。

財部:
『トミカ』のワンポイントがついているわけですね、男の子が喜びますね。

富山:
あとは「トミカ博」などのイベントも人気で、リピーターとして何度も訪れてくださるお客様もいます。『トミカ』は、中には変わっていくアイテムもありますが、長く売れ続ける商品です。われわれもここ15年ぐらい、「単純におもちゃを売っているのではない。ハードだけでなく、ソフトも含めてセットでおもちゃを売りにいこう」という方針をずっと貫いています。かつて先輩たちの時代は工場中心で、「できるだけ同じ商品を流したい」と考えました。しかしキャラクターは頻繁に変わりますから、「キャラクターには手を出すな」というのが、われわれの家訓でした。

財部:
そうなんですか。

富山:
ところが、今ご覧になっている『トミカハイパーシリーズ』は、来年で6年目を迎える比較的新しいコンテンツです。空想の世界に登場する『トミカ』を作り、それを本にしてもらったり、雑誌に載せるという情報発信を5年間継続しています。従来『トミカ』と言えば、実際にある車を作ってきたわけですが、そうではないものもやっていこうと考えました。

財部:
なるほど、面白いですね。おもちゃに関する情報量を増やすとは、こういうことでもあるわけですね。