学校法人新潟総合学園 総長 池田 弘 氏

財部:
いまのお話を聞いていて、人をぐっと引き込む池田さん特有の強いメッセージ性を感じます。またグループの中身を拝見すると、手がけられている事業が非常に手堅いですね。しかも、やたら飛び石的に「隣の芝生」に事業を広げるのではなく、業際的なところをきちんと押さえられている。非常にメッセージ性が強い部分と、精緻に押さえられている部分の両方がありますよね。

池田:
結果的にではありますが、私がやっていることは業際市場の開拓に近い部分があると思います。当グループでは、各種の専門学校でスペシャリストを養成すると同時に、各分野に関わる人材を招いて講師をしていただきながら、それぞれのフィールドについて調べています。たとえば、当グループの専門学校で介護士や社会福祉士の養成をしていた関係で、病院、老人ホームあるいは介護施設などに、さまざまな支援を行い、経営に携わることになりました。

財部:
そうですか。

池田:
たぶん、スポーツ系の専門学校(JAPANサッカーカレッジ〈CUPS〉)を作ったことで、サッカー業界への就職の話も増えているのだと思います。ただし、創業支援のために主宰している「異業種交流会501」は、さまざまな業種が集まっているという意味で、業際的とはいえません。ですが「501」では、どんな事業でも確実に黒字に持って行くという考え方が、1つのベースになっています。ベンチャー企業は、収支を合わせなければ長く持ちこたえることができません。そのための事業計画も含めて、ビジネスとしてきちんと収支を合わせることができるように厳しいアドバイスを行っていますし、本人にもそれを乗り越えられるだけの努力を要求しています。

財部:
この異業種交流会ですが、経営者個人が中心となって自ら力を注ぎ、若い経営者を育成するというのは、当たり前に見えてじつは珍しいことです。たしかに、多少は経営に関わるとか意見だけはいう、あるいはエンジェルになるという意味では、僕も何人か経営者を知っていますが、ここまで大がかりに面倒を見るようなケースは聞いたことがありません。池田さんはなぜ、そこまでやろうと思われたのですか。

池田:
行政にも一部そういう面がありますが、しょせんサラリーマン意識でやっている限り、成果が出るはずがないのです。その点、新潟市が非常に恵まれているのは、米菓を含めた食品関連の先進的なベンチャーが多く、周辺地域の燕三条や長岡市、上越市にはものづくり関連のベンチャーがたくさん出ていることです。そう考えると、べつに行政の手厚い支援がなくても、個人の意志や時代的要請などがあれば、素晴らしいベンチャー企業が必ず現れるはずですし、実際にこのエリアでは、銀行も含めて株式公開企業が41社あり、先人たちの多くが、すでに起業して成功しています。私はそういう環境の下で、経営者が自分の経験を糧にして、民間の力で側面支援をすれば、可能性が開けてくると思っています。

財部:
各地域で行われている官制の新規事業支援などは、口ばかりでたいした成果を上げていないですよね。

池田:
そうですね。私のもう1つの思いは、新潟の街をどう活性化していくのかということです。当社のビジネスに限っても、学校事業が成功するためには良い職場が地域になければいけません。その意味でも、既存の企業に頑張っていていただきたいという思いがあります。たとえば新潟の米菓産業は日本の6、7割のシェアを取っていますが、そういう基幹産業が地域に必要だということを、前回のバブルと今回のリーマン・ショックを通じて確信しました。やはり新潟に本社がない企業は、いざとなると地域住民を放り投げて撤退してしまう。新潟に本社を置く良い企業がなければ、地域社会もおぼつかないですし、私どもの学校も成り立たないのです。

財部:
僕も、同じような会から協力要請をいただき、実際にさまざまな支援も行っていますが、世の中にはじつに多くのビジネスモデルや技術があるものです。しかし、優れたビジネスモデルや技術があることと、現実に企業が収益を上げて存続していくのは別の話。皆が良いと言ってくれたら黒字になるというなら、誰が起業しても苦労はありません。その意味で、僕が本当に素晴らしいと思ったのは、ご著書にも書かれているように、池田さんがいろいろな場で「501」のメンバーを一所懸命に紹介しつつ、物心両面から多大な支援を行っていることです。

池田:
はい。

財部:
加えて、それ以上に印象が強かったのが、新潟・埼玉・東京でコンビニエンスストア「ローソン」を10店舗経営している(株)フュージョンズさんの話です。極端な話、コンビニエンスストアのフランチャイジーは誰にでもできる商売です。しかし、フランチャイジーを複数展開して収益を上げ、規模を拡大して上場を目指すという発想は、非常に面白いし現実味があります。アルビレックス新潟のチームカラーであるオレンジをあしらった「オレンジローソン」を展開し、アルビレックスグッズを店舗で販売されている点も、話題性に富んでいますよね。

池田:
同社はもう、上場寸前ですよ。

財部:
そうですか。僕は今回、ご著書でこのローソンのフランチャイジーの話を拝見し、池田さんに本当にお会いしたいと思ったのです。

池田:
あの話は面白いですよ。当時、フランチャイジーを多店舗展開するメガフランチャイジーについて調べたら、東証1部上場企業が1つと、非上場の企業がもう1社ありました。その頃、ローソンにはいわゆる「パパママショップ」しかなかったのですが、新浪さんに「他のコンビニにはすでにメガフランチャイジーがあり、われわれもいろいろと検討した結果、非常にやる気になっている」と話しました。フュージョンズのすごいところは、任される店舗をすべてAランクにしていくところです。フュージョンズの従業員たちも、本当にローソンさんのことを信頼しています。

財部:
あのアイデアは池田さんが出されたのですか。

池田:
まあ、そうですね。(株)フュージョンズの佐藤洋彰社長は、当時まだ大学1年生でした。僕は彼が大学1年生の時に初めて会ったのですが、彼は2年生の時に大学を中退しました。いきなり「大学を中退してきました」と言うものですから、これは大した熱血漢だと思いましたね。じつは、彼をあるピザ店のフランチャイジーの研修に出したら、落ちてしまったこともあったんですよ(笑)。

財部:
普通なら、そこで「もう駄目だ」ということになりそうですが(笑)…。

池田:
やはり大事なのは彼が本来持っている特性です。彼は若いながら、「今流行りのIT分野に進むつもりはない」とか「僕にはITは似合わない」とよく話していましたが、良い意味で泥臭いタイプの人間です。したがって、とくに優れたノウハウを持っているわけではありませんが、彼は他人をモチベートする能力が飛び抜けて高いのです。彼は人柄が良く、いわゆるニートやフリーターの若者たちに夢を語り、その気にさせるのが非常にうまい。実際、彼は青山学院大学に通っていた兄と、明治学院大学に通っていた友人を中退させて、3人揃って僕のところにやってきました。それだけ、兄も友人も、彼のことを買っているのです。

財部:
それは大きな才能ですね。

池田:
「筋がいい」とでも言ったらいいのでしょうか、周囲にいる人たちが、彼自身が持っている「気持ちの柱」を買っているところがじつに面白い。彼には、周囲にいる皆を友達にしていく力があります。実際、24時間のローテーションを組みながら、人材を育ててコンビニ店舗を運営していくには、相当「気持ちの柱」が立っていなければ難しい。そこでたまたま新浪さんを知っていたこともあり、「彼にローソンを任せたらいいのではないか」と思ったのです。アルビレックス新潟とのコラボレーションの下に「オレンジローソン」もできることになり、「面白いからやってみろ」と彼に言ったのですが、これは良い意味で、はまりましたね。

財部:
そうなんですか。

アジア地域を背負って立つ人材育成の場を作る

池田:
いま、セブン−イレブンさんが中国やベトナムを始め、アジア地域に進出を始めているように、コンビニ業界は海外戦略を本格化させています。そういう中で、ローソンさんもアジア進出の準備に取りかかっておられますので、われわれも海外フランチャイジーの将来の受け皿として、広くアジア地域から人材を雇っています。

財部:
ほお、海外進出ですか。

池田:
はい。現在、おもにベトナム人と中国人を採用していますが、非常に良い意味で彼らと意気投合しています。彼らも日本市場を見て、黎明期にある自分たちの国で、今後コンビニ事業や流通事業がビッグビジネスになり得ることをよく理解しています。彼らはいま店長をやりながら、必死になってノウハウを学んでいますよ。

財部:
そうですか。それにしても、ご著書を拝見して「501」は本物だと、つくづく思いましたね。新潟県以外の出身者も何人か入って創業されていますが、池田さんもよくおっしゃっているように、「学歴も何もない、地方出身者でも大丈夫なんだ」という考え方を、事実で証明されているからこそ、多くの人がついてくるのですね。

池田:
最近の数値はわからないのですが、10年ぐらい前だと、JASDAQ上場企業の経営者の平均学歴は8割近くが高卒あるいは高校中退、大学中退です。

財部:
そうですか、それは知りませんでした。

池田:
おそらくその数値は、現在でもそう変わらないはずです。もともと日本は、一所懸命に勉強して大企業や中央官庁に入った人がヒエラルキーの中心になるという、中央集権型の官僚社会。そこで昇進を重ねていくのが成功体験であり、それに乗れずにエネルギーを持てあまし、創業する人たちはアウトローだとみなされていました。

財部:
たしかに、起業はそういうアウトローがやるものだという偏見がありましたね。

池田:
はい。ところがアメリカでは逆に、優秀な人ほどベンチャーに行くわけです。要するに、彼らは起業するかベンチャー企業で働くことでヒーローになり、人生を桁違いに謳歌できると考えている。かたや官僚社会の日本では、東大卒を筆頭に、ヒエラルキーの中心に入って頑張れば一生ヒーローでいられると思われていた。だから「起業なんていう馬鹿なことは考えないで勉強しろ」と言われたわけですが、バブル期になると、東大卒などのエリート官僚たちが頭を下げて、続々と政界に入ってきましたよね。

財部:
はい。

池田:
そういう中で、若者たちは「何が自分にとっての幸せなのか」と模索を始め、放浪を続けているのだと思います。同時に日本ではいま、地方経済を始め、ありとあらゆるものが崩壊し、人々は何を頼って生きていけばいいのかわからないような世の中になっている。そのため、現在の日本社会には閉塞感が蔓延している、というのが私の見方です。

財部:
いまのようなお話を聞けば聞くほど、「異業種交流会501」のような活動が盛んになっていくことで、地方が劇的に変わってくるのではないかという気がしますね。

池田:
いや、そんなに簡単にはいきません。やはり事業を興すのは非常に大変なことです。実際、当グループでは「事業創造大学院大学」という専門職大学院大学を設立し、「地域の皆さんに一流の事業変革の場を提供したい」とPRしましたが、当初は「なぜそんな必要があるのか」という声が多く、ほとんど趣旨に共鳴してもらえませんでした。ところが、当グループ各校の卒業生や「501」のメンバーたちがそこで勉強をするようになったことが突破口になり、ほぼ定員に達するようになりました。いまその内訳を見ると、入学者の5割近くが外国人。地方都市である新潟の大学院に、ハングリー精神旺盛で優秀な外国人たちが集い、学ぶ場ができたことになります。

財部:
それは大きいですね。

池田:
そういう取り組みが功を奏し、たとえば先のフュージョンズでも、同校の卒業生を採用することができるようになりました。中にはベトナムの副大臣のご子弟もおられます。彼は、自分は将来、流通分野を担いたいということで、同社に入って勉強を続けています。ですから10年も経てば、彼はベトナムの流通業界の中心的な財界人になるのではないでしょうか。海外の留学生たちは、国を背負って立とうという大きなエネルギーを持っていますよ。